『大阪の神さん仏さん』 刊行記念トークイベント

釈 徹宗&髙島幸次

『大阪の神さん仏さん』
刊行記念トークイベント

8月21日(火)7:00PM〜
@ジュンク堂書店 大阪本店

 

ナカノシマ大学の人気対談講座『大阪の神さん、仏さん』が、満を持して単行本化! 全5回にわたる開講内容に加筆された読み応えたっぷりな一冊だ。発売を記念して、著者である釈徹宗先生、髙島幸次先生によるトークイベントがジュンク堂書店大阪本店にて行われた。残念ながら会場に足を運べなかったという方のために、当日の様子をレポートすることにしよう。

●神さまの性格は人間そっくり?

まずは終わったばかりの大阪の神社の夏祭りのお話から。天神祭に精通している髙島先生だが、今年は御霊神社の船渡御にも参加した。渡御とは、日頃は本殿の奥深くにおわす神さまが氏地の様子を見て回るものだが、御霊神社をはじめ多くの祭りを調べたところ、神体が2つセットになって巡幸するケースが多いことを発見した。

高島 「この2つはそれぞれ、荒魂(あらみたま)と和魂(にぎみたま)だと思うんです。つまり人間は、神さまにも荒々しくて恐ろしい性格と穏やかな性格の二面性があると考えているわけです。人間界にも怒りまくっている人や日頃から温厚な人、いろんな人がいるでしょう。我々人間だって荒魂と和魂の両方を持っている。つまり、人間世界の形を神様に当てはめているということなんですよ。例えば、〈神さん編〉その3でも話しましたが、天神祭の陸渡御や船渡御でも二基の神輿が登場します(本編P146)。ここにも、神さまである菅原道真を崇める気持ちと恐れる気持ちの両方が表れているんですよ」

釈  「たとえば、世界宗教の先駆けであるゾロアスター教がありますが、あれは多くの神様がいる中で、完全に善なる神と悪なる神の対立になっている。日本の神さんの場合は、同じく八百万の神々がいても、それぞれの神が両側面を持つ。これは日本独特の考え方ですよね」

 

●植生と信仰の結びつき。

続いて、5回にわたった対談をふり返る中で、植生が人間の信仰に与える影響についてのお話に。

釈  「〈神さん編〉その1に出てきましたが、神道と植生についてのお話は面白かったですよね」

髙島 「はい。大阪天満宮をはじめ、菅原道真を祀る天神信仰は、神道の数ある信仰の一つと考えられがちなんですが、実は平安時代中期に生まれてきた“新勢力”なんです。その証拠に、両者では明らかに植生とのつながりが異なっている。神道の神事には照葉樹林である榊が欠かせませんが、天神信仰においてはその役目を針葉樹の松が務めます。菅原道真の絵にはよく松が一緒に描かれるでしょう? あれは『神道とは違うよ』という天神信仰側からのメッセージじゃないかと思うんです」

釈  「照葉樹林文化と針葉樹林文化では、他にも違いが生まれてくるのでしょうか?」

髙島 「漆器を使ったり、紅茶を飲んだりするのは照葉樹林文化に特徴的ですね。有名な神話の『羽衣伝説』も照葉樹林文化から生まれたと言われます。植生が与える文化への影響は、今の我々には想像できない。その地域の文化を規定するのは植生だと言えるほどです」

 

●地域のエートスを宗教から読み解く。

お二人のトークはさらに、ずばり本書が持つ意味について。

釈  「我々の講座は『大阪を再読しよう』と、宗教から大阪の豊かさを読み取っていく取り組みだったわけです。近年の幸福度調査では、大阪は最下位に近かったでしょう。この本を改めて読みながら、『自分たちで褒めないと、大阪を褒めてくれる人はいないんちゃうかな?』とさえ思えてきました」

髙島 「大阪人はひねくれた部分がありますから、内心では『大阪が好き』と思っていながら、素直になれない(笑)。この対談でも感じたことなんですが、地域性のようなものを規定するのはまず風土、そしてもう一つは宗教なんですよ。地域に根ざしていた宗教や信仰がその土地のエートスを形づくっていくと考えるなら、釈先生が〈仏さん編〉で浄土真宗の教えから大阪のエートス(気風・特質)を読み解こうとした試みは成功していると言えますね」

釈  「〈仏さん編〉については話を通じやすくするため、旧大阪三郷と呼ばれる大阪市内中心部に限定しました。それらの土地が持っていたエートスを考える上で、生活様式や思考傾向に浄土真宗的なものが大きく影響していると思うんです」

 

●影響し合う神さんと仏さん。

トーク終盤には「実はこんな話もしたかった」という話題に。その中でも、『大阪の神さん仏さん』の大きなテーマである、互いに影響を及ぼし合う神さんと仏さんの複雑な関係性が明らかに。

釈  「朝鮮・韓国系の仏教教団が多い生駒山の宗教性についても話したかった。そもそも、大都市圏に生駒山ほどの霊山が隣接している例は珍しいんですよ。拝み屋もたくさんいて、仏事の際はきちんとお寺さんに来てもらう地元の人も、日常の悩み事は拝み屋さんに相談するらしいんです。まさに大阪の“苦悩の受け皿”。なかなか目を離せない動きがある場所です。あるいは、宗教を題材にした落語の話なんかも面白かったと思います。例えば『神道又』というネタでは、仏教を嫌って神道信者になった男が出てきます。神道を信じたおかげで死後に火葬されずに済んで生き返ることができたという筋なんですが、これなんてどう考えても、幕末の神道復興の気運から意図的に作られた話ですよね。仏教に対抗しているわけですよ」

髙島 「この本のポイントは〈水〉の存在と、〈西〉という単語です。そもそも大阪は、海のある〈西〉に向かって開かれた土地です。そこには単純に東西南北という方角を表す意味だけでなく、神道的には悪いものは〈西〉から入ってくるという思想がありました。けれども、仏教ではまるで神道のこういった考え方を打ち消すように、西方に極楽浄土があって、人間は〈西〉へ還っていくと説いている。ちょうど神道と仏教で相殺するかのようですね。このキーワードを思い浮かべながら読むと、もっと楽しめますよ」

 

●神さん仏さんコンビをつなぐ(?)霊性。

対談が1冊にまとめられた本書だが、最後はその対談の面白さについて、お二人らしいちょっと不思議な話題に。

髙島 「みなさんには対談を聴く際に、その意味のある・なしを見極めてほしいと思います。二人が言葉を交わしていて、1+1が2になるようでは意味がない。それなら一人ずつ話せばいいんですから。でも、この本は、1+1が5ぐらいにはなっていますよ。それは二人の間に、“得体の知れないもの”が行き交っているからです」

釈  「え、なんですかそれは!?」

髙島 「私と釈先生の間を“スナメリ”が泳いでいて、私が話している最中に『もういいから、早く釈先生に投げろ』と言うんです。すると、すっとスナメリが釈先生の方へ泳いでいく。しばらくすると、またこちらへ泳いでくるので、『あ、来た来た、私が喋らなあかん』となるわけです。そういう第三の存在であるスナメリが現れた時に対談は意味を持つんです」

釈  「変わったお知り合いがおられるんですね…」

髙島 「今日はどうですか。スナメリが見えていますか?」

釈  「まさか高島先生がそんなオカルティックなことを言うとは思いませんでした(笑)」

トーク終了後にはサイン会も。お二人の掛け合いも絶妙な『大阪の神さん仏さん』、ぜひ読んでみてください!