その31 そのスプーンを見た瞬間から、バーで正座をしなくなった。「ローハイド」

あー、初めてこのバーに行ったのは15年ほど前。ごちゃごちゃとした街角、細い道路から木造のようなビルのきしむ階段を上がったところにこのバーはあった。

その頃の俺はいろんなバーや酒場に行き倒す生活が10年ほどたった頃でたぶん酒や酒場に対してイキっていた。本格的で チョット手強そうなバーほど何やら肩をいからせてカウンターに座り、バックバーとバーテンダーに正座をするかのように向き合い、道場破りのように「たのもう」なんて感じだったに違いない。グラスの酒を飲むことよりも味わうことに軸足をおいていた。その時一緒に行った男も酒について1時間以上ひとりでしゃべることのできる奴と、遊ぶ場所がバーしかないような男の3人で、今想えばあまりに悲しい3人だった。

ローハイドにも「たのもう」で飲みに行っていたが、ある時テキーラサワーについて出てきたすり減ったかのような小さなスプーンを見た時にプワプワプワンーと空気が抜けて正座はやめた。そしてそのテキーラサワーに口をつけた時、「あー」という声が俺の胸の中で聞こえた。実際にそう声が出たのかもしれない。もちろんそのテキーラサワーは無茶苦茶にうまかったが、それは俺がバーで酒の味を求めなくなった瞬間だった。

それ以来、バックバーをにらむこともなくなったし、スカウターを使ってバーテンダーの戦闘値を見ることもなくなった。そして数年後、あの震災で店を移転したローハイドへ日の暮れから行った時、店の中から「赤とんぼ」が流れていた。山本さんは「いやあはっは、これ、いいんでね、はっは」と笑っていた。俺は酒場に行くことこそ生きる目的と言えるようにもなった。

ローハイド
汽車から降りたら 駅の向こうにローハイド。ここでは何かを必ずつかめる、そんな店。カクテル800円から。
神戸市中央区琴ノ緒町5-3-5 グリーンシャポービルB1 
電話番号:078-222-4054 
営業時間:5:00PM→0:00AM 
定休日:日・祝休

2009年07月18日 16:02

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