第3回 絵に描いた餅を喰う

photo もう一年の半年が終わったとかて、そんなしょうもない嘘つくのは誰え! 閻魔さんにいうえ!
 と、怒っててもしゃあないんで、まあ、せいぜい【夏越祓(なごしのはらえ)】なんぞでしっかり半年分の厄を祓うて、残り半分に備えんのが前向きな態度なんでしょう。といってもロンドン暮らしですから気楽に近所の神社に出かけるわけにも参りまへん。セント・ポール寺院で茅の輪潜りをやってるとか、テムズ河に穢れを移した人形(ひとがた)を流してるとかゆう話も聞きません。しょむないことです。

 というわけで、せいぜい儂(わし)ができることといえば縁起菓子の「水無月さん」を拵(こしら)えるくらいとなります。小豆を散らした三角形の素朴な味。もともとは平安時代の殿上人が暑気払いに食べた氷室の氷を模してあるのだとか。こればっかりは用意せねば!
和菓子を手作りするというと山の手の若奥様の優雅な趣味みたいに聞こえますが、これは海外在住者にとっては生きるか死ぬかの問題(笑)。普段いろいろ悪さしてる人間としては夏越祓くらいせんと寿命が縮むやもしれませんしね。
 儂はいつでも虎の子の小豆を常備しています。こちらにも中華街に行けば中国産のこまいこまい小豆が売ってるし、健康食品店を覗けば水煮の缶詰さえも見つかります。そやけど、これが見事にあきませんねんねわ。抽象的ですが「魂が入ってへん」ゆうんが一番正しい表現やと思います。

 ともあれ、この虎の子を水煮にして、指で潰れるくらいになったら茹で汁と豆の半分はのちのちにお善哉やら水羊羹にするため取り分け瓶詰めにしておき、残りを白砂糖と粗目のシロップで炊き上げます。
 生地はいわゆる外郎(ういろう)ですから簡単。儂は米粉を使います。小麦粉でもええんですが、こっちに人らは意外や米粉をよう焼き菓子などに利用しはるんで、わりとちゃんとしたもんが手に入るんですよね。
 実は儂、鶯豆の水無月も好きなんですけど、これも乾燥のエンド豆を発見。あんね、英国人はこれを塩味でどろどろになるまで炊いて件のフィッシュ&チップスの添えもん兼ソースとして食べるんです。「mushy peas」といいます。見た目は怖いけど悪ないえ。

 そんなこんなで毎年自家製水無月さんを食べてるわけですが、もちろん日本にいたらそんなことはしやしません。京都では[出町ふたば]さんのが基本でした。あとは[中村軒]さんとか。お薄と合わせるお茶菓子やないので、餅系の美味しい店の方が京都人の求める水無月らしい水無月さんの味が楽しめる気がしまんな。気のせいかもしれんけど、そんなんゆうたら厄除けなんてもんそのものが気のせーやし。
 京都にはほかにも、そらもう、ようけ縁起もんの和菓子があります。ひちぎり、おはぎ、柏餅(とくに味噌あん)、粽、みたらし、あんころ、お火焚き饅頭、などなどなど。さらには蓬餅や桜餅、花見団子、くず餅、水羊羹、わらび餅、鮎、月見団子、栗のお菓子や柚子のお菓子などなどなど季節のものが加わって彼ら彼女らは年がら年中「喰うとかんと帳面があわへん」甘いもんを追っかけてます。

 そやけど儂がどうしても喰いとうてこっちでモドキを捻くりだしてるんはお正月の「菱葩(はなびら)餅」くらいでしょうか。西京味噌で風味をつけた花豆の白あんで、甘うに炊いたごんぼが挟んである。ちょっと手間はかかりますが、これだけはしゃあない。様式美やし。柏餅なんかは皿に敷いた柏の葉っぱに、白味噌あんで和えた白玉を載せて“みたて”て終わりやったりするんやけど。
儂は新年に抱負を立てるような殊勝な人間とは違いますが、それでもやっぱりなんか気持ちを改めたいとかあるんでしょうね。

 個人的には【宗教】とか【信仰】というのは絵に描いた餅やと考えてます。いくら苦しいときに神頼みしても実際に手をさし伸ばしてくれはるわけやない。そやけど絵に描かれた餅には意味がないか? ゆうたら、そんなこともないと信じてます。上手に描かれていれば、それは心を動かします。
 水無月さん始め縁起もんを食べたがんのは、つまりは絵に描かれた餅を、それこそ“みたて”で現実に移して口果報とする行為やからやないでしょうか。神仏の功徳を五臓六腑に染み亘らせるというか。ほんなもんで少々華やかさに欠けても、もっと美味いやつが横にあっても、やっぱり縁起菓子は決まったときに口にしとかんと気が済まん、みたいな。
いや、よう知りまへんけど(笑)。

入江敦彦(いりえ・あつひこ)
1961年京都市上京区の西陣に生まれる。多摩美術大学染織デザイン科卒業。ロンドン在住。エッセイスト。『京都人だけ知っている』シリーズ、『京都人だけが食べている』シリーズ、『KYOのお言葉』『秘密の京都』『秘密のロンドン』など京都、英国に関する著作が多数ある。現在、本の雑誌で「読む京都」連載中。2015年9月に『ベストセラーなんかこわくない』(本の雑誌社)を刊行。