第6回「喰う気を読む」

photo 儂(わし)の趣味(というか、もう性癖に近いですが)に拉致監禁接待があります。この人はおなか減ったはるやろか? ごはんに誘たら迷惑やろか? 親しくなったばかりの人と顔を合わせると、とりわけ家に招いてお茶などしたときには、そんなことばっかり考えてます。

 親しゅうなった人とは当たり前やけど、たいがいはもっと親しゅうなりたい。ほんで儂の場合、そのプロセスは「一緒に食卓を囲む」「美味を共有する」という行為に集約されるんですわ。好意を持ってる人と、なんかウマイもんを喰うことほど人間関係をあったこうにするもんはないと信じてるんです。
 そやけど食事のお誘いはけっこうタイミングが難しい。年下の子らやったら「もう、準備してるし食べてくやろ?」とか脅迫じみた台詞を口にもでけますが、そうでなかったら相手さんにも都合があるやろし、遠慮の塊みたいな人らもいてはる。なかには擦り寄ってくるくせに頭を撫でようとすると逃げる猫みたいな人もいて、そんな大したおもてなしがでけるわけやないんやけど、ちょっとは気ぃ遣いますね。

 ところでタレーランゆう人、知ったはります? 「よい珈琲とは、悪魔のように黒く、地獄のように熱く、天使のように純粋で、愛のように甘い」の名言が有名ですね。フランス革命期、ナポレオンに仕えた外交官なんやけど、この人、いわゆる【美食外交】【接待政治】の元祖とも言われてはります。
 件の「ウィーン会議」において、メテルニッヒやウエリントン公といった各国元首を手玉に取り、敗戦国であるにもかかわらずって有利な決定を獲得した老獪極まりない人物ですが、彼の必殺技が「美味珍味満腹鱈腹マグナム!」であり「シャンパン呑め呑めギャラクティカ!」でした。とりあえず懐柔すべき相手は美食攻めで落とす。それがタレーランという政治家。
 自分に似たような〝気〟があるからゆうわけやないですが儂はこの人がけっこう好きやったりします。彼と、彼の左腕とも呼ぶべき料理人アントナン・カレームの関係は、はっきりゆうて萌え萌え。

 ナポレオンの欧州支配拡大路線に反対して失脚し、司教から選出された議員なのに教会財産の国有化を推進してローマ教皇から破門され、統治者の政治的傾向とは無関係に行政を摂った〝近代的知性〟と、貧民層の出身ながらレストランの下働きを経てやがて料理や菓子の装飾のために建築学を学び豪華絢爛の食卓を演出した〝異端の天才〟。
 本来ならば接点のなかったふたつの世界が、まるで互いに引き寄せあったかのごとくに出会い、ついには歴史をも動かしてしまったタレーランとカレームの関係に興味は尽きません。いつか自分の手で物語にしたいと思てます。

 むろん儂の接待には外交的政治的な目的なんぞありません。ひたすら感情的なもんです。ちゅうか、自分がカレームを兼ねてるんやし、その時点で相手を手玉に取るもなにもあったもんやおへん(笑)。そやけど、それでも儂の数少ない友人が美味しいもんの取り持つ縁で結ばれていることは事実です。

 前述したようにタレーランの基本的な外交戦略は、欧州列強の勢力の均衡を計ろうとするもんでした。ナポレオンの逆鱗に触れようが決して仏をヨーロッパの覇者たらんとせん間違うた愛国主義者やなかった。そら自分の国の不利益になるようなことしはらへんかったけど、そやからゆうて、あんましエゲツないことも考えはらへんかった。連合国間の利害の対立を利用して、しれっと漁夫の利を得はった。
 権力ちゅうもんの限界が見えてたんやろなーというのが儂のタレーラン観。加えて場の空気を読む天才で、読みやすいよう場の空気を美食によって整えた人、でもあるんでしょう。

 こういう人のことを調べてると、やっぱり政治家には品格というか教養というか、そういうもんが必須やなあと述懐せいでいられません。【美食外交】【接待政治】を世界で最も色濃く受け継いでいるのは紛れもなく日本という国ですけど、ほとんどの人がタレーラン的な感性を持ってもいないし、持つことが必要やとも考えてはらへんようなので、なんやゲンナリ。
 どっかで密談やらダンゴーやらしはるんやったら、せめて美味しい料亭に行ってほしいなあ。少なくともノーパンしゃぶしゃぶはやめてほしいなあ。とか思うのは贅沢でっしゃろか。なんとのう、ちゃんとした料亭で政治家が悪企みせんようなってから国政の質がだだ下がりしてもたような気がしてしゃあないんですけど。いや、よう知らんけど。

入江敦彦(いりえ・あつひこ)
1961年京都市上京区の西陣に生まれる。多摩美術大学染織デザイン科卒業。ロンドン在住。エッセイスト。『京都人だけ知っている』シリーズ、『京都人だけが食べている』シリーズ、『KYOのお言葉』『秘密の京都』『秘密のロンドン』など京都、英国に関する著作が多数ある。現在、本の雑誌で「読む京都」連載中。2015年9月に『ベストセラーなんかこわくない』(本の雑誌社)を刊行。