第8回「喰想現実」

photo 前回に続いて、また宣伝になってすんません。もひとつ新刊が出ました。『英国のOFF』(新潮社/とんぼの本)です。ちょっと前『考える人』ゆう雑誌に連載してたエッセイをまとめてもろたもんです。
 日本人て景気がよかろうと悪かろうと「休む」のんが苦手ですやん。こっちに住んで知ったことですけどイギリス人て上手なんですよね。「休む」んが。いろんな形、いろんな方法、いろんな哲学を持ったOFFがある。そういうのんを考察した――とかゆうたらたいそうですけど――一冊。写真いっぱいの綺麗な本やよって、どうぞ本屋を覗いたっておくれやす。
 で、こんなかでね、中年男が三人寄って年に一度、一年分のジャムを作るという章があるんですが、この習慣は、もう、十年以上続いております。なかなか愉しいイベントです。レシピも含めて詳しゅうは『英国のOFF』を読んでいただくとして、やっぱ食べもんのことを書くのて、ほんま面白いんですよねー。なんでやろ。二年ほど連載してて、いちばんノッて書けました。〆切りもちゃんと守った(笑)。

 映画と食についての原稿依頼は絶対に断らへんというポリシーが儂にはあります。もちろんふたっともが儂(わし)の人生において非常に大きな割合を占める〝お愉しみ〟やからですけど、書くことそのものに大きな快楽が伴うゆうんもあります。なにしろ好きすぎて仕事にしとうても、せえへんかったくらいです。
 映画監督も料理人もなろ思て簡単になれるもんやないんは解ってますが、それ以前に映画は一から十まで個人ででけへんさかい、食べもん関係は好きな人にしか作りとないんで、諦めました。プロになるゆうんはときに妥協も必要やし、マーケティングと睨めっこもせなならんもんやさかい、あんまし好きすぎることを仕事にすると、えらいストレス溜まりそうな気がして。「やんぺ」にしました。

 そんなわけで、もの書きしてるわけですが、映画のほうはともかく食べるもんに関しては文字にする作業によって料理人になりたかった願望を、そこそこ充足させてくれたりします。「絵に描いた餅」ならぬ「字で書いた餅」ですね。しょせんホンマに口にする美味の快楽には適いようがありませんけど、絵に描いた餅にも五分の魂ですわ(なんのこっちゃ)。まったく価値がないわけやないと自分では思てます。

 バーチャルリアリティを日本語にすっと【仮想現実】ちゅうことになりますが、【仮想現実】に物語を持ち込むと、コレは【空想現実】ちゅうもんになります。字で書いた餅は、コレ即ち【空想現実】の産物です。包丁を握り、鍋を振るって煮炊きするかわりにパソコンのキーボードを叩いて〝あり得べき〟美味美食を読者にお届けするのは、料理人になれなかった儂の、儂なりの「おもてなし」の心ですわ。
 もちろん、そんな自分ですよって他人さまが字で書いた餅も大好物。実際に仲良うにさせてもろてる藤田千恵子さんとか平松洋子さん、酒井順子さんや堀井和子さんもええですね。
 知らんかったけど酒井さんや堀井さんも儂の本を読んでくださってると担当さんから聞いて、食の好みに合う合わんがあるように、空想現実の味の好みにも合う合わんがあるんやろなあ、と、妙に納得したもんです。ほんで、きっと、そういう人らとは現実に会っても親しゅうなれる確率が高いんちゃうかとも考えたりします。

 そういう意味では、みなさん故人ですが向田邦子先生、吉田健一先生、池波正太郎先生、水上勉先生なんかも、よしんば知己を得れたらお付き合いできたかもしれません。逆に読んでも読んでもピンと来ん食エッセイを書かはる作家さんたちとは、いくらその方が書かれる小説や他のジャンルのエッセイを愛読してても多分一緒にいても通じあえるもんがないやないかという気がします。
 実は、そんな警戒心から「ファンでらっしゃるならセッティングしましょうか?」という編集者の心遣いをお断りした先生もおられました。穿ちすぎやろか? けど〝喰〟想現実から漂うてくる香りは、その人となりの情報をたっぷり含んでいると儂は信じてます。

 この連載を読んで、入江ゆうヤツはどーも信用ならん! とお感じになられたら残念ながら現実に顔を合わせても残念ながら友達になられへん可能性が高い。こればっかりは、しゃあないですね。でもまあ、あんじょう喜んでいただけるよう精一杯餅を書かせてもらいますよって、ひとつ宜しなに。

入江敦彦(いりえ・あつひこ)
1961年京都市上京区の西陣に生まれる。多摩美術大学染織デザイン科卒業。ロンドン在住。エッセイスト。『京都人だけ知っている』シリーズ、『京都人だけが食べている』シリーズ、『KYOのお言葉』『秘密の京都』『秘密のロンドン』など京都、英国に関する著作が多数ある。現在、本の雑誌で「読む京都」連載中。2015年9月に『ベストセラーなんかこわくない』(本の雑誌社)を刊行。