第11回「金喰い虫」

photo エンゲル係数が高いとビンボの証拠やそうですが、どうしてもどうしてもピンとこんのですわ。十八からひとり暮らし始めて、四十で結婚して、ずっとうちはエンゲル係数がめちゃ高いけど、自分がビンボやと思ったことないですよね。ビンボなんに気ぃついてへんだけかもしれませんけど。

 だいたいもう家あるし、こっち医療費タダやし、ロンドン生活に車いらんし、あんま酒呑まへんし、博打全般興味ないゆうか嫌いやし、英国は充分に生きてけるだけの年金貰えるし、子どもおらんし、総選挙で投票したい推しもおらんし。ぶっちゃけ喰うもんのほかに金かけるとこなんかあらしません。
 加えて歳のせいか本やDVD、CDなんかは読めるぶん観るぶん聴くぶんしか買わんようになってしもたし、芝居やオペラやライブは割ける時間がのうなって以前より減ったし、お愉しみゆうたら食べたいもん食べるくらいしかありまへんもん。エンゲル係数滝昇りになっても、しゃあない。

 ゆうても、こっちは一粒千円のサクランボやら、百グラム一万円の牛肉やら欲しても手に入らへんし知れてます。たまーにトリュフやフォアグラが恋しくなって大枚叩いてみたりもしますけど、そんなん毎日口にしたいわけやないしね。星のついてるようなレストランにも行かんことはないけど純粋に娯楽としてなら、もっと劇場に通いたいのが本音。
 たぶん、そんな儂が飼うてる一番の金喰い虫は器でしょう。ゆうてもコレクターやないんで、使うもん、使えるもんにしか興味はありません。なんぼ、えーなと思ても煮炊きしたもんを載せられんような器、割ったらお菊さんと一緒に数を数えんならんようなる皿はいりません。冥利が悪い。こんにち様に申し訳ない。

 そもそも料理人は、この儂です。そういうんはプロにお任せですわ。ただ上限がたぶん食器に構わん人からしたらちょい高いめに設けられてるさかい金喰い虫になってチンチロリンと秋の夜長を鳴き通したりしてるんやね。店先でパッと見て瞬間的に料理が脳裏に浮かび、それが味覚中枢を刺激してじわあと唾が湧いてきたらもう、あきません。
 つまりこの段階で器の類は食材と同じもんになってしもてるんですわ。贅沢品かもしれないし、珍しいもん、舶来もん、普段のおかず、懐かしい味、いろいろですけど、器というのは旬のもん同様にタイミングを逃すと次があるちゅう保証はどこにもありません。いや、一生巡り会えない可能性も高い。ほしたら少々無理してでも買っとかなあかんでしょう。
 そこでまず、することは自分で値段を決めること。その器がいくらまでやったら買うかを、ひっくり返して値札確かめる前に自分自身で設定するわけです。財布と相談するのも、この段階。そら、それでもしょっちゅう迷いまっせ。それに買うたあとで後悔することかて当たり前にある。けど、そんな当たり外れには八百屋や魚屋ででも遭遇してまうことやしね。

 脳内で食材と等しい位置づけがされてるさかい、ついつい食器に手ぇ出してしまう。この理屈はなんとのう(共感はでけんでも)理解していただける思うんですが〝消えもん〟でない以上、限度ちゅうもんがあるやろ――てな意見も聞こえてまいります。これは服と人の関係を例にすると分かってもらえやすいかも。つまり器は料理の服なんです。着たきり雀は無理。

 たいがいの人間は裸んぼーより服を着てるときのほうが魅力的やないかと儂は思います。馬子にも衣装やおへんけど、やっぱりちゃんとした恰好してると人間性まで違て見える。よれてても安もんでも白Tにジーンズでも見栄えよう映るんはピチピチしてるうえによっぽどスタイルに恵まれてる場合だけ。やけど、そういう外見の整うた人が、ちゃんと似合うたお洒落したらもっとよーなるんも真実。ですやろ?
 なんでもないおかずをご馳走にするオプチカルイリュージョンだけがええ器の効能やおへん。骨董でも作家もんでも、ええ器はね、ええ服ほど着回しが利くように汎用性があります。度量が広い。想像以上にいろんな料理が映える。しかも和洋中万能やったりする。一緒に並べる他の器とも馴染みがよろし。
 焼きもん道楽は喰いしん坊の原罪、のようなもんやね。早い話。なにが早いんか、よう知らんけど。

 そーいや、かつては服も儂が飼うてる金喰い虫の一匹でした。いまでも服は売るほどあります。自家製古着ばっかしで、もう、ここ数年はほとんどサラピンを買うことはのうなりました。いつか器も、それくらいは達観できるようになるんでしょうか。

入江敦彦(いりえ・あつひこ)
1961年京都市上京区の西陣に生まれる。多摩美術大学染織デザイン科卒業。ロンドン在住。エッセイスト。『京都人だけ知っている』シリーズ、『京都人だけが食べている』シリーズ、『KYOのお言葉』『秘密の京都』『秘密のロンドン』など京都、英国に関する著作が多数ある。現在、本の雑誌で「読む京都」連載中。2015年9月に『ベストセラーなんかこわくない』(本の雑誌社)を刊行。