第13回「喰わず嫌い」

photo 世の中に理解でけへんもんは仰山ありますが「喰わず嫌い」ほどワケ解らんもんはおへん。稀にワケ解らん事情でワケ解らん客に料理せなならんことがありますけど、かーなーりーストレスが溜まりますね。

 もう数年前の話ですが英国の東北地方に住む姪っ子に初のステディな彼氏がでて、一緒にロンドンに遊びにきたことがありました。この彼氏というのが、すごかった。想像を超えた食わず嫌い王。アンゴルモアの食わず嫌い王でした。
 だってね、一切、まるきり緑色のものを口にしないんです。いや、緑に限らず野菜がすべて駄目。どんなに細こう刻んであっても絶対食べない。一週間近く二人は居候してたんですが、このときほど困ったことはありませんでした。なにしろトマトケチャップですらぎりぎりセーフやゆうんやから。
 結局、滞在中の彼がまともに口にしたのはトーストとバターとベーコン、あとはチップス(フライドポテトを英国ではそう呼びます)のみ。ハンバーグの刻み玉葱や原形を留めないポタージュすら×。ちなみに魚介類も一切受け付けないそうでツナ缶すら無理ということでした。この子の好き嫌いは味や食感に起因していないので読めないが難儀やったな。
 ある晩、彼がオッケーの食材だけを使ってジャガイモとベーコンのトルティーヤを焼いたんやけど箸をつけない。なんで? と訊くと目玉焼きならいいけど、それ以外は駄目なんだと言われ、とっさに平手打ちしそうになりました。クロワッサンを朝食に出したら眉を顰めて丸呑みし、挙句、未知の食べ物を克服した自分に感動してはる。もーえーわ思いました。どうも、まともな食事習慣すらなさそうで、毎日大量のスナック菓子と炭酸飲料を摂取したはった。姪っ子曰く彼のご両親はもう匙投げたはるそうで。
 しばらくして姪っ子が別れたと聞いたときはツレと一緒に手を叩いて寿ぎました。その後、さほど間を置かず十代にしてできちゃった婚をしたと風の噂が届いたときは深く頷いたもんです。絶対に早死にするやろし、彼みたいなんがちゃっちゃと結婚して子どもを作るのは自然の理に適ってる。そやけど奥さんになった人はともかく生まれてくる子ォは可哀想やなあ。親の因果が子に報いを地で行くんやもん。

 俯瞰してみると英国人は食べ物の好き嫌いが多いような印象は確かにあります。ちゅうか食材の数が圧倒的に少ない。イギリス料理はリンボー先生的な意味ではなく、もはや実に美味いんですが、味覚のバリエーションは日本の足元にも及びません。まあ、世界中見渡しても日本が頭抜けてるだけなんやけどね。
 ただ、いっこ興味深い現象が。それはかなりの数の日本人の子どもが有する野菜についての喰わず嫌いがこちらの国には〝傾向〟として見られないという点。姪っ子の元彼みたいなのは野菜嫌いではなく、もはや精神的な障害の一種やと考えますが、一般的には野菜が苦手な子はそないおらん。とくに日本では「好き」といおうものならイジメの原因になりそうなセロリ、人参、ピーマンなどが、かなり愛されてたりしますねわ。意外でしょ?
 パーティフードとして野菜スティックに出会う確率が高く、またディップ類も豊富なので、スナック感覚でそれらを受け入れるに至る子どもがかなり存在しているのが大きな原因のひとつではありそう。あとね、こっちの人らは子どもに限らず「歯ごたえ」「口触り」に敏感。というか味よりもテクスチャー重視の一派がかーなりいてはる。日本の子どもの天敵野菜は、彼らが好むかりかりクランチーな食感を伴うがゆえ愛されてるんやないかなあと考察する次第。

 そういえば日本食材で好きなのは納豆に梅干という儂(わし)のツレは魚卵の炊いたもんが苦手。生タラコは平気だが焼いてあるとアウト。細かな粒々が舌に当たる感触が気持ち悪いからやそうで。
 英国人の食生活を論ったエピソードに「やつらはイタリアやスペインに行っても現地の料理ではなく中華やフィッシュ&チップスを食べたがる」というのがあって、困ったことにホンマやったりもするんですが、どうもいつもの食事でないと調子が出んという傾向があるのは事実みたいやね。ただ、それもゆっくりと変わってきてはいるようやけど。
 憎めへんのは彼らがそんなエピソードを自分で口にして自分で笑っているところ。笑い話にできないような偏食はトドの詰まり偏見でしかない。人種差別やホモフォビアの連中は、きっとめっちゃ喰わず嫌いがあると思うわー。偏見やけど。

入江敦彦(いりえ・あつひこ)
1961年京都市上京区の西陣に生まれる。多摩美術大学染織デザイン科卒業。ロンドン在住。エッセイスト。『京都人だけ知っている』シリーズ、『京都人だけが食べている』シリーズ、『KYOのお言葉』『秘密の京都』『秘密のロンドン』など京都、英国に関する著作が多数ある。現在、本の雑誌で「読む京都」連載中。2015年9月に『ベストセラーなんかこわくない』(本の雑誌社)を刊行。