第14回「喰い倒れ」

photo 京都人と大阪人の仲は、たぶん東京人や、あるいは正反対の性格といえる名古屋人と比べてもずっと険悪です。もしかしたら大阪人のほうは「あいつら気取っとる」とウザがりつつも「まあ、俺は三兄弟(末っ子は神戸人)の長男やからな」と亀田興毅のような気持ちで京都人を見てるかもしれません。おーきに。よう知りまへんけど。
 京都人にしてみれば東京は【都】としての後輩みたいな仲間意識があります。名古屋人はハナから相手にしていません。しかし大阪人に対しては、たまたま隣にいはるんで、なんやかや知らんわけではないけど、どっちかゆうたら積極的に関わりあいとうはない的な感覚があるんですわ。ちょっと厄介な町内会メンバー? みたいな?
 ただ、まあ、大阪の場合は地域ごとの気質がかなり違{ちゃ}うし、それこそひとくくりにすんのは無理があるし失礼な話でもあるんやけどね。吉本的な紋切り型を指して典型とされることに違和感のある大阪人もかなりいてはるはず。

 紋切りゆうたら「京の着倒れ。大阪の食い倒れ。」ちゅうのも、そうやね。日本人の大半がキモノを着てた時代ならいざ知らず。喰い道楽てゆう意味やったら、よほど京都の方が統計では喰いもんに金落としてるし。とか言うと「いやいや、そやないねん。高くてウマイは当たり前。安くてうまい店がようさんあるんが大阪なんや!」みたいな意見が出てくるかもしれません。けど、それ、喰い道楽とはいわんし。だいたいが、これまた紋切りやし。
 儂(わし)は「安くてうまい」を信じません。ちゃんとした料理人がちゃんとした素材でちゃんと手間隙かけた食べもんが「安い」わけないもん。てゆうか、そんなんが安かったら、むしろなんかイヤ。そやかて「安い」には必ず裏があるもん。「安い」もんにかて豊かな美味は潜んでる。値段が「安い」からといって侮ってはいけない。そやけど「高くてうまい」と「安くてうまい」を比較したり並列したらアカンわ。
 なんでこんなことを言うかちゅうたら、愚ルーポン(←単純な変換ミス。他意はない)たらいう「安くてうまい」を売るビジネスが流行したりする現代社会ゆうもんが気色悪うてしゃあないからなんやけど、ああいうのんを本気で信じたり利用したりする人らてなんなんやろ? 博打で身を持ち崩すほうがまだ解るわ。美味しいモンにありつくには安かろうが高かろうが、それに見合った適正価格がついてるかどうかの見極めがでけるようになるこっちゃと儂は思います。

 あ、でも、喰い倒れゆうのが「安くてうまい」もんがようさんあるさかい、ついつい腹八分めを忘れてしもて、しまいには道に倒れて誰かの名を呼び続けてまうような事態にならんとも限らんちゅう話やったら、これはようよう理解でけます。『喫茶Y』とか、やっぱし大阪ならではというか、大阪の〝佳きもの〟やと言うてええでしょう。ああゆうのんは京都には真似でけん、ゆうか京都からは生まれへんやろなー。
 この店のことを簡単に説明すんのは難しい。一人前のサンドイッチに卵を一ダース使う店なんやけど、ただの奇を衒ったメガ盛り店やないのんよ。大阪名物『くいだいおれ』亡きいま、喰い倒れの街を体現してるとこですわ。料理を一手に担うママさん、くいだおれ太郎より愛嬌あるし。五十の坂を越えた身としては、なんぼ肥えてても、もう一人前を平らげんのは不可能やろし、残して目ぇ潰れるのんも難儀なんで滅多と行けへんのが残念。胃袋のキャパシティに自信のある人は、ぜひとも食べてきてください。

 実をいうと、儂も食い倒れの気があります。自分が倒れんのと違ごて、人を倒れさせるんですわ。とにかくお客さんが来るとなったら、まあ、作ること作ること。とにかく量が多{お}い多{お}い。理由のひとつは大は小を兼ねる的な意識やろかね。足らんようなるのが怖いんですわ。もうひとつは拵えたもんの味が保障でけんぶんポーションで補おうてゆう魂胆。せめてお腹いっぱいにして帰ってくださいみたいな。
 もっとも喰い倒れ大作戦は裏目に出ることもあります。ある人に「こんなに量があったら、それだけで喰う気なくしちゃうよな」と面と向かって言われたのを三十年経っても覚えています。悔しいより哀しいより唖然としたなあ。そうホザきよったやつは箸をつけるなり、その場にいた誰よりも夢中で喰いちゃちゃくりよったんで、ある種、儂の勝ちなんかもしれませんが。それでも、いまだ思い返すといまだにムカつく。あいつを『喫茶Y』に拉致監禁してやりたい。

入江敦彦(いりえ・あつひこ)
1961年京都市上京区の西陣に生まれる。多摩美術大学染織デザイン科卒業。ロンドン在住。エッセイスト。『京都人だけ知っている』シリーズ、『京都人だけが食べている』シリーズ、『KYOのお言葉』『秘密の京都』『秘密のロンドン』など京都、英国に関する著作が多数ある。現在、本の雑誌で「読む京都」連載中。2015年9月に『ベストセラーなんかこわくない』(本の雑誌社)を刊行。