第17回「人喰い」

photo 昨年(2013年)に公開されたホラー映画で『肉』(日本では今年、5月10日より新宿武蔵野館ほかにて全国順次公開)ちゅうのがあります。すごい邦題ですけど、ポスターを見るとレーシーなレタリングで存外内容におうてます。というのも、いたいけなふたりの少女を主人公に据えたカニバリズムのお話なんですわ。これが、なかなかよかった。

 邦画にも『ひかりごけ』とかありますけど、やっぱし元々が草食人種やから食人テーマの作品はガイコクのほうが厚みがあるというか生々しいというか、おもろいもんが多い気がします。『食人族』みたいなゲテもんもありますけど、たとえば人肉を喰らいながらも圧倒的に魅力的なキャラクター、レクター博士が登場する『羊たちの沈黙』シリーズとか日本ではでけへん種類のもんやないでしょうか。ベアトリス・ダルがきれかった『ガーゴイル』とかね。
 もっとも、この手の映画は未公開のもんもけっこうある。監督がアントニア・バード(合掌)で、ロバート・カーライルにガイ・ピアースという人気役者を揃えた『Ravenous』もとうとうリリースされんままに終わってしもた。ええねんけどなあ。残念。
 グロやからとかタブー意識に触れるからとかいう明確な理由からやのうて、たぶん「人喰い」という行為の意味が日本人には解り難いんやないかちゅう気がしまんな。『コックと泥棒、その妻と愛人』のラスト、一切のモラルを無視してきた泥棒が、なんで人肉を食わされてから射殺されんのか、とか、いまいちピンと来ん人がいんのはしゃあないかもね。
 その点ではブラックコメディの傑作『Parents』なんか、どっか買い付けてもよかったん違うかなあ。日本でヒットした人食い映画ゆうたら『スウィーニー・トッド フリート街の悪魔の理髪師』とか『デリカテッセン』とか、どっかコメディ色が強いのが目立つさかい。『肉』は小難しい芸術作品やおへんけど、正統派のホラーやし、どうかなー。少女と人喰いの組み合わせに〝萌え〟を感じる人は、そこそこいてそうな気がせんでもないけどね(笑)。
 監督は『ステイク・ランド 戦いの旅路』のジム・マイクル。若手では珍しい職人的なディレクターやさかい、あんましホラーとかに興味ないゆう人にもぜひ映画館に足を運んでほしいもんですわ。

 さて食材には、あまり偏見のない儂ですが、さすがに人肉を食べたいと考えたことはありません。それこそ『ひかりごけ』的な極限状況に追い込まれたら生き残るために屍体を口にせんとは断言しませんが、普通に食べるもんがあるなら、いくら旨いんやでと囁かれても、ほな戴きまひょかとはならんでしょう。
 なぜ人が人を食べてはいけないかといえば、「自分は食材になって誰ぞの舌を悦ばせたい!」ちゅう人間がそないおらんからです。無理やり他人様の命を奪って己の食欲を満たすのは道理にあわんからです。モラルとか宗教的タブーの話を持ち出すまでもないシンプルな話ですわ。自分が食べられたないから、よそさんも食べない。つまりは他者とのシンパシー。優しさや労わりを学ぶんはそのあと。
 自分さえよければ、ゆう手合いがものごっつ増えてますけど、ああゆうのんは一種の人喰い人種やないでしょうか。ようは子供なんやろけど、いつまで経っても子供のままて怖いもんでっせ。『肉』にでてくる姉妹の弟は平気で人肉を口にします。閉鎖的な空間で歪んだ親に育てられると人は共振力が乏しくなって存外簡単に怪物になれるんですよ。

 そやけど人肉てどんな味なんやろ。という興味ゆうか喰いしん坊ゆえの好奇心は実はあります。純粋に味覚としてね。レクター博士とか客に料理して振舞うてはりましたが、トラウマを抉るようで申し訳ないけど、もし喰たことある人がいたら聞かいではおれんでしょう。鬼子母神の逸話から人肉の代用といえば柘榴(ざくろ)とされますが、あれは嘘やな。なんぼなんでも果物と肉の味が似てるわけはない。赤い色や質感がそれっぽいんでそんなふうにいわれているだけやわ。
 五十人以上の女性を殺して食べたとされる旧ソ連のシリアルキラー、ニコライ・デュマガリエフは猪のような味やとゆうてまっけど、件の佐川君はじめその他の人喰いたちの言葉に、味覚についての共通した証言がないあたり、そない美味珍味ゆうわけやなさそうな気はしまんな。たいがいは味つけの濃いシチュー(映画『肉』でもそうどした)にしたはるし、かなり癖があるんやろと予想。脂こそうやし。硬そやし。うーん、やっぱ別にええわ。

入江敦彦(いりえ・あつひこ)
1961年京都市上京区の西陣に生まれる。多摩美術大学染織デザイン科卒業。ロンドン在住。エッセイスト。『京都人だけ知っている』シリーズ、『京都人だけが食べている』シリーズ、『KYOのお言葉』『秘密の京都』『秘密のロンドン』など京都、英国に関する著作が多数ある。現在、本の雑誌で「読む京都」連載中。2015年9月に『ベストセラーなんかこわくない』(本の雑誌社)を刊行。