第19回「主役を喰う」

photo ここ数年じわじわと人気が出てきて、スーパーではまだ見かけへんけど近所の八百屋でも買えるようになったモンにHeritage tomatos があります。Heirloom tomatoとも呼ばれますが「ヘリテージ・トマト」のほうが一般的。【Heritage】は遺産とか相続の意味。【Heirloom】ゆうたら家宝とか先祖伝来みたいな意味ですわ。まだかなりの高級食材のようですが日本でも出回りはじめてるみたいやね。なんでか通称は「ヘアルーム・トマト」になったみたいやけど。日本語はLとRの厳密な区別がないさかい、なんや毛だらけの部屋を想像してしもて可笑しい気ぃがするなあ。まあ、ええけど。

 ほんで相続トマトてなんですのん? ゆう話ですが、まあゆうたら地域限定品種ですわ。ゆうてもバイオで開発された新品種とか門外不出とかそんな偉そうなやのうて、むしろベクトルは反対向き。
 早よ育つとか、虫寄せんとか、輸送に塩梅ええように皮が硬いとか、熟してんでも見た目だけは美味しそうに赤こなるとか、そういう売り手側だけの事情で手が加えられたもんやのうて、地産地消が基本やので、そういう改良(食べる側にとっては改悪)されないままの昔ながらの品種が、狭いエリアのなかで繰り返し育てられてきた結果定着した、ほんまに独自の〝変わりもん〟。それが相続トマトやのです。こう説明するとヘリテージちゅう英語がぴったりでっしゃろ? 原種に近い、野生種の特質を備えたおもろいやつらですわ。
 特徴はなんといっても、そのカラフルさでしょう。青系を除けばたいがいの色があります。なかには黒とオレンジの虎縞とか、外が紫で中が黄緑とか、黄色いんやけど種の周りのゼラチンぽいとこだけ真っ赤いけなんちゅうのもあります。ほんで味も香りもテクスチュアもみな微妙に違う。
 そやからね、いくつか異なる相続トマトを取り合わせるだけで、えらいご馳走(つっお)になりますねわ。薄うに切って平皿に絵を描くように広げ、軽く塩振ってオリーブ油をちゃーと回すだけで充分。やけど、トマトはトマトなんで、さして味の主張が強いわけやないので、ほかの素材を加えてゆく楽しみもあります。

 モザレラチーズとバジルを一緒にいただくイタリアの前菜がありまっけど、あれなんかも相続トマトでやると別モンみたいになりますわ。儂(わし)が好きなんは果物とのマリアージュ。プラム、ネクタリン、アプリコット、無花果、枇杷なんかもよう馴染みますわ。からっとローストしたスライスアーモンドとか散らしてもええし、バルサミコ酢をたらしてもイケるし、自由に発想を広げてゆける素材といえるんやないでしょうか。
 トマトサラダなんて所詮は添えもん。つけあわせ。脇役です。けど、相続トマトは主役になれんまでも主役を喰うような脇役です。
 さて、トマトに限らず生食できるラディッシュの類とか、瓜とかチシャ(苣=レタス)とか、あと野菜に限らずスモモやとか英国ではとりわけ林檎の仲間なんかも数限りなく相続もんがあります。地元の人に愛され、食べ続けられてきた「自分たちだけが知っている」味が、その魅力を知った人たちによって少しずつ全国に広がってゆく。なんか、そういうの、よろしな。

 そやけど、よう考えたら儂は子供のころから相続野菜で育ってきたようなもんやと気づきました。京野菜ゆうのんは元を糾せばみんな「路地もん」という言葉からも知れるように「京都人だけが知っている」もんやったんですから。塚原、西山、山城の筍、鞍馬の木の芽、堀川ごぼう、万願寺唐辛子、壬生菜、すぐき菜、加茂なす、山科なす、蓴菜、聖護院の大根と蕪、なんぼでもあります。どれもこれも京のヘリテージですわ。
 今日びはお役人さんが音頭を取って、それら相続野菜を「ブランド京野菜」とかゆうて品種目を限定したり高級化しようと目論んだはる。滑稽を通り越して腹がたちまんな。そやかて、そんなん本来の相続野菜のありかたと正反対ですがな。自由闊達で変幻自在、ルールに縛られへんのが相続もんの佳さやのに。
 たとえばよその土地で育てて、もとのんとは違う色、形、味わいの野菜になったとしても、それは京野菜なんやと儂は思います。その違いを愉しむのんが京野菜という相続野菜の醍醐味やないでしょうか。原型を護るだけが伝統違{ちゃ}うて京の職人たちは証明し続けてきたというのに、なんでそんなことも解らーらへんにゃろ?ブランド野菜(失笑)やて。鋳型にはまったもんばっかり食べてきはった人の発想やろか。よう知らんけど。
 儂は世界遺産に指定されてもおかしゅうないくらい京野菜には値打ちがあると思てます。そやからこそブランドやなくヘリテージであってほしいんです。

入江敦彦(いりえ・あつひこ)
1961年京都市上京区の西陣に生まれる。多摩美術大学染織デザイン科卒業。ロンドン在住。エッセイスト。『京都人だけ知っている』シリーズ、『京都人だけが食べている』シリーズ、『KYOのお言葉』『秘密の京都』『秘密のロンドン』など京都、英国に関する著作が多数ある。現在、本の雑誌で「読む京都」連載中。2015年9月に『ベストセラーなんかこわくない』(本の雑誌社)を刊行。