第20回「喰み子」

photo 日本酒のエキスパートで、何冊もの素晴らしい著書がある藤田千恵子さん。彼女は儂(わし)の自慢の友人のひとりです。なんでこんなに仲がいいのか気が合うのか解りませんけど、なんか共通の親友である吉野朔実さんに紹介されてからわりとすぐ、ちゅうか最初から妙な共鳴がありました。なんか生き別れの親兄弟と再会したような感じ。以来、なんべん精神的に助けてもろたやら。熱くて、賢くて、面白くて、真摯で、美人で、ほんま好き。
 さて、彼女の数ある名著のなかの一冊に『極上の調味料を求めて』(文春文庫)があります。お醤油やお味噌を始め、日本人の食卓に欠かせない醗酵調味料の数々を中心に、かっつお節やら昆布やらの出汁材料などについて紹介、考察を重ねた傑作。ぜひ、たくさんの人らに読んでもらいたい本です。
 ただ、たったひとつ、この本には不満があるんですわ。なんちゅうんやろ、どうしてここまで書いといて、この大切な一項目を忘れはったんやろ? みたいな。いや、もしかしたら忘れはったとゆうより、この著書には必要ないと考えはったんかもしらん。やとしたら、もっと哀しいなー。きっとケチャップやらマヨネーズやらの仲間に入れられたんやろなーと思うと、とても切ない。そう。この本にはソースについての一章が欠けてんのです。

 ソース、とりわけ日本のウスターソースは、本家である英国の『lea and perrins』社の製品を越えて、独自の進化を遂げた見事な調味料やと儂は確信してます。とりわけ京都人はウスターに特別な愛情を感じてますよって、この子が仲間はずれの喰み子にされんのが不憫でならんのですわ。醤油と同等とまではいかいでも一歩間違うたら味噌より大事な〝味〟かもしれません。
 ちゅうのも京都には、いまだに昔ながらのソース屋さんがしっかりと地に足をつけて生き残ってるんですよね。
 まずはレトロなラベルがかいらしい『ツバメソース』。「京都・東寺の味」と謳っているようにJR京都駅のそばにある小さなメーカーさんです。昭和五年創業で、このとき東京〜大阪間に国鉄寝台特急「ツバメ」が開通したさかい、この名がつけられたんやそうです。材料の旨味がぎゅーとつまった濃密な味わいは、ともすれば下手(げて)な印象がありまっけど、使こうてみると塩梅よう馴染んで料理の味を邪魔しません。
 こちらは『フレスコ』など、京都の食料品スーパーチェーンに置かれてるんで比較的よそさんにも見っかりやすいし、我々の食卓を彩るデフォルトの味、おばんざい的な味でもあるんで、まず京都ウスター初心者の方は、こっから試していただくのがええかもしれません。

photo つぎに『オジカソース』。こちらの創業は大正七年。京都で最初のソース製造メーカーさんですわ。ツバメが東寺なら、オジカは「祇園の味」。いまは山科に移ったはりますが、もともとは華やかな花街(かがい)にあったんですて。お味はとゆうと、本家に近いあっさりさらりとした上品さ。それもそのはず創業者の松本信太郎さんという方は、大阪高等工業学校(現大阪大学)の醸造部を卒業しはってから渡欧されて現地で製法を学ばれたんやそうです。当時のソースを再現した『復刻版』なんかは、ほんまにlea and perrinsに似てますわ。
 ソースだけやとツバメとは逆に頼んない気もするんですが、料理にかけると見事にその風味を惹きたてることに驚きます。かけソースというより調味料としての完成度が高い逸品。とかいいつつ、京都人の大好物である鱧フライや加茂茄子のフライなんかにもよー合いまっせー。そらそら、もー、たまりまへんでー。

 もひとつ我が家の常備ソースやったんが『パパヤ』さんですわ。宇治に会社ができたんは昭和二十四年。いちばん新しいメーカーやから、それゆえに独特の個性があるソースを作ってはります。もちろん前述二社同様に合成保存料や合成甘味料、合成糊料、合成着色料、カラメル、化学調味料なんかは一切使ったらへん天然自然の味覚であるんは変わらへんのですけど。
 製造の特徴は酵素の働きで材料を溶かしてはることで発酵製品ならではの旨味はどこよりも強い。ほんでね、酸い。京都人は酸い味が好きやからかもしれんけど酸い酸い。不思議やけど食べもんと一緒やとまろやかになるんやけどね。京都人は家で拵える、おいもさんやら竹輪やらの天麩羅は天つゆでも塩でものうてソースをじゃーっとかけて食べることが多いんやけど、その美味しさを知ってもらうにはパパヤがええでしょう。

 こないだもツイッターで京都人作家の菅浩江さんやら『吉田屋料理店』の裕子女将なんかとソース談義でめちゃめちゃ盛り上がったんですけど、ほんまに儂らはウスターが大好きなんやなと再確認しました。どうぞ喰み子にせんと大切に扱こうたげてください。

入江敦彦(いりえ・あつひこ)
1961年京都市上京区の西陣に生まれる。多摩美術大学染織デザイン科卒業。ロンドン在住。エッセイスト。『京都人だけ知っている』シリーズ、『京都人だけが食べている』シリーズ、『KYOのお言葉』『秘密の京都』『秘密のロンドン』など京都、英国に関する著作が多数ある。現在、本の雑誌で「読む京都」連載中。2015年9月に『ベストセラーなんかこわくない』(本の雑誌社)を刊行。