第23回「砂糖喰いの若死」

photo 「あんた、砂糖喰いの若死ゆうてな、そんな甘いもんばっかりいやしんぼしてたら早や死にするえ」と、さんざん叱られてきましたけど、儂(わし)の甘いもん好きは業{ごー}のよーなもんで、どないしょうもありません。親の因果が子に報いたか、前世が熊やったか蟻やったか(怠けもんやさかい蟻はないか)やと思います。
 スナック菓子にはさほど興味はおへんけど基本的には和洋中なんでもござれ。鄙びたもんも大好物で、わらび餅やら黒蜜の心太やら、番茶で練ったハッタイ粉なんかでも充分に幸せになれます。ああ、果モンかてもちろん好き。やけど、どっちかゆうたら「作った」モンがええかな。果モンでも一手間かけてあると嬉しくなります。儂的にはバナナはおやつに入りません。
 そんなわけで当たり前のように子供のころから肥えてました。「砂糖喰いの若死」ゆうんは母が太りすぎを気にして口にしていた、ま、脅し文句やと歯牙にもかけず半世紀を生きてまいりました。が、親の意見と茄子の花は千にひとつの無駄もない――とはようゆうたもんで、こいつはなにもデブ抑止力としてだけ唱えられていたのではないと思い知った昨今。まあ、皆さん聞いてください(©人生幸朗師匠)。

 実は今回の入院騒ぎではメインの病気の他にも細々問題が発覚しました。いくつかの検査の結果、糖尿病だと診断されたのも、そのひとつ。壊疽のバイキンくんが侵入したのは傷口からやけど、それが増殖して重篤な状態に陥ってしまったのは糖尿病だったことが要因として間違いなくある――と、診断されたんですわ。
 なーんか、それ、院内感染したときに見抜けへんかった病院側の言い訳ちゃうん? という気がしないでもおへんけど、まあ、血糖値が高めやったんは確かでして、ずーと9前後やった。ツレが5年前から糖尿を患ってますんで、時たま戯れに自分でも計ってたんで、それは知ってました。そやけど「砂糖喰いの若死」同様に、フン! てなもんですわ。なーんも気にせえへんかった。
 糖尿の数値設定が日本と同じかどうかは知りませんけど、英国では5〜8が健康体。5以下は低くすぎ。9以上は投薬の必要がある糖尿病、てことになってます。そやし、大丈夫て信じてたら大丈夫やわ、と、根拠なく自己判断して平気で甘いもんをがんがん喰うてました。
 ところが今回は状況が状況です。皮膚移植のために切った箇所を縫合しないまま放置しているので手術創を健康な状態に改善するためにでけることはなんでもせんとあきません。けど、でけることは存外すけない。膿まんように抗生物質は貰ってるけど、他はいうたらせいぜいプロテインをたくさん摂取して、なるべく血糖値を下げることくらいなんですわ。

 砂糖喰いの若死て、ほんまやったんやなあ……と、儂はしみじみ反省しました。母よ、あなたはエラかった。糖尿病は万病の元。怖いことは分かってたけど、知識なんて身に染みるまで理解してへんのと同じやね。
 病室には一日おきくらいにダイエティシャンが回ってきて、血糖値の変動を見ながらいろいろ相談に乗ってくれはりました。それでも一応ツレの食餌療法をやってきた一通りの経験のおかげで話は早よおした。一ヶ月でほぼ通常人並に落ち着いたんで有り難かったですわ。もちろん現在でも投薬は続いてます。とゆうか一生続きます。まあ、それくらいはしゃあないね。
 昔は糖尿になったら、もう、一切甘いもんは絶たにゃならんというのが定説でした、けど、この頃はバランスよい食生活を心がけ代謝を高める体質改善のほうが大切とされてます。ときたま糖分を摂取して血糖値が赤丸急上昇しても、翌日には通常に戻ればよいという考え。そら誰でもちゅうわけやない。患者の体質や糖尿のタイプにもよりまっせ。

photo 退院後、交通機関を利用しての外出許可が下りて最初に行ったんがBorough マーケット。目的は『Bread Ahead』のドーナッツ。いま英国は空前のドーナツブームで、ぎょうさん美味しいやつがありまっけど、ここは格別。実は救急車で運ばれる前日もドーナツを喰うておりました。もし、あのまま逝んでたら、最後に食べたもんはソレちゅうことになって、ソレはソレで悪うはなかったなと思います。ま、そんなん生き延びたからこそ言えるこっちゃけど(笑)。
 持ち帰る予定やったけど、なにしろ3ヶ月ぶりくらいの〝甘い毒〟。しんぼーたまらんようになって、その場で食べました。たっぷり鋳込まれたカスタードをこぼさんように首をヘンな角度に傾けながら、砂糖まみれ、クリームまみれ、アクメ顔で一心不乱に貪る姿はさぞや浅ましいもんでしたやろ。ひょっとしたら、もう儂は死んでいて餓鬼道に墜ちたん違うやろか。

入江敦彦(いりえ・あつひこ)
1961年京都市上京区の西陣に生まれる。多摩美術大学染織デザイン科卒業。ロンドン在住。エッセイスト。『京都人だけ知っている』シリーズ、『京都人だけが食べている』シリーズ、『KYOのお言葉』『秘密の京都』『秘密のロンドン』など京都、英国に関する著作が多数ある。現在、本の雑誌で「読む京都」連載中。2015年9月に『ベストセラーなんかこわくない』(本の雑誌社)を刊行。