第27回「黄泉竈喰ひ」

 柘榴、なんやいっとき日本でもブームやったみたいですけど、神社仏閣の多い土地で育ってますよって、ちいちゃいころから儂(わし)には馴染みがあります。木ぃに生ってるもんを捥いで食べんのは、なんでも美味しゅうに感じますが子供はなおさら。爆ぜてつやつやした赤い実を覗かせてる風情も、グロテスクでありながら耽美。鬼子母神の逸話を知り、柘榴は「人肉の味」といわれてると聞いてますます好きになりました(笑)。
 そやけど、そんなばくばく食べられるもんやなし、切ないなあと思てましたが、英国に来たら普通に八百屋さんで売ってて大喜びしたもんです。欧州では、ごくごく普通のフルーツとして人気があるんですよ。「グラナダの林檎Pomegranate」と呼ばれてます。
 イギリスで売ってるんはね、皮が薄うて、水けも多て味が濃い。名前通りスペイン産が主。種がちそて柔らかいんでこっちの人らは吐きださんと、そのまま噛み砕いて嚥下してはりますわ。儂も最初は違和感あったけど、いまは平気でこりこりごっくんしております。

 あんね、いま住んでる地域はロンドンで一等大きいトルコ人居住区の脇ですねわ。トルコ料理のレストランだけで何十軒とあんの。あちゃらの名物ゆうたらケバブのイメージですけど実際はほんまに味わいのバリエーションが豊かで、またこれがどれも日本人の舌によう合うもんでっさかいそらもう助かってます。
 いろんな個性がありまっけど、素材的にはやっぱり羊肉、それから赤ピーマン(パプリカ)初め様々なシシトウ類(京都の万願寺とうがらしそっくりのんもあります。さっと炙ってかっつぉ節とお醤油でいただきます)。ヨーグルトの使い方も特徴的でんな。そして、あとはなんといっても柘榴。トルコ料理では柘榴の実ィを煮込みに、サラダに、デザートにと多用するんですわ。
 フレッシュも年中食べてますが儂が重宝してるのは「Nar Eksisi」ちゅう柘榴ジュースをとろとろになるまで煮詰めたソース。これはもううちの食卓に欠かせません。グラッセしたバルサミコ酢に似てますが、あないに自己主張は強ない。甘みも果物に火を通したもん独特のジャム的に濃厚なものではなく、あと口さっぱり。こいつが、もー万能選手ですねわ。
photo ウースターソースを使うようなもんにはなんでも使えますが、決して代用品ではなく、これにしか出せない味わいを料理に与えてくれます。トマトをただ薄切りにしたもんに回すと、それだけでご馳走味になってくれはる。モザレラチーズと合わせたイタリア風の前菜も、このごろはこいつでいただいてます。あんなあ、へえ、なんのお肉によらずシチューなんかもNar Eksisiを大匙いっぱい加えると、まろやか、かつ深いお味になるんどっせ。
 そんなお高いもんやないんですが、まだ日本では見たことあらしませんねー。なんでやろ。ウエブで調べたら買えんこともないみたいやけど無茶なお値段になってんのが切ない。健康にもええはずやし売るとこありそなもんやのにな。儂が知ってる限りでは『吉田屋料理店』の女将、裕子がトルコ旅行の時に出会って惚れ込んで以来、日本に帰るときの彼女へのお土産はこれに決めてるんで儂が帰国した後しばらくは食べられるはずです。

 こういう、いっぺん口にしたが最後、もうそれなしではいられんようなる食べもんのことを【黄泉竈喰(よもつへぐ)ひ】と申します。地獄=黄泉の国の竈で煮炊きしたものを食べると、もう地上には戻れへんちゅう伝説から生まれた言葉でおます。イザナギさんが奥さんのイザナミさんを連れ戻しに冥界へ降りはったときの話ですわ――ゆうたら、なんとのう思い出さはらしませんか。
 どうやら天国のもんより地獄産のが美味しいゆうんは世界共通の認識らしく、ギリシア神話にもほとんど相似の物語が登場します。プロットも一緒。オルフェウスが奥さんを取り戻しに行くけど最後の最後に「あきまへんえ」てゆわれてんのに振り向いてしもて失敗するゆう筋。ただ、こちらのほうは料理やのうてくだもん。そう。柘榴を食べたんが仇であの世に繋がれてしまわはった。

photo 儂にとっては柘榴が、というより隣のトルコ人街そのものが黄泉竈喰ひのようなもので、よしんば宝くじに当たって大金持ちになったかて、もう、このエリアを動く気ィはついぞありまへん。料理好きにとってはロンドンでベストの街やと真剣に思てます。もしかしたら柘榴食べすぎかもしらんけど、かましません。
 お客さんがあってシャンパンでお出迎えするとき、うちではフルートに三粒五粒柘榴の粒を落としてお酒を注ぎます。赤い実が浮いたり沈んだり可愛いもんでっせ。もちろん飾りなんですけど黄泉竈喰ひした気分で、なるべく長居して貰えるようにゆう願かけでもあります。我が家は地獄の一丁目。あんじょう寛いでおいきやす。

入江敦彦(いりえ・あつひこ)
1961年京都市上京区の西陣に生まれる。多摩美術大学染織デザイン科卒業。ロンドン在住。エッセイスト。『京都人だけ知っている』シリーズ、『京都人だけが食べている』シリーズ、『KYOのお言葉』『秘密の京都』『秘密のロンドン』など京都、英国に関する著作が多数ある。現在、本の雑誌で「読む京都」連載中。2015年9月に『ベストセラーなんかこわくない』(本の雑誌社)を刊行。