第29回「まず喰え。話はそれからだ」

 エネルギーゆうかモチベゆうのか、なんか一仕事成し遂げようと思たら機動力みたいなもんが必要です。とりわけ年寄りになってくると集中力を欠いてきますよって、ほんまなにをするにも苦労します。儂(わし)は金銭欲とか名誉欲、権力欲なんかも乏しい人間なんでよけいですわ。睡眠欲や性欲なんかも人並みかそれ以下やし、もしかしたら欲望の器がちーちゃいんかもしれません。
 野心はあるけど、あれは欲望とは違うしな。あ、林真理子センセがススメてくれたはる野心は欲望そのもんやけど、あの人のモチベーションになってる「他人を羨む気持ち」もないとはいわへんけと乏しいよって。 と、まあ、ここまで書いて知識欲、なんかを知りたい! と欲する気持ちはそれなりにあると気がつきました。知識欲ゆうか好奇心やけどね。あと物欲もそこそこ。コレクターではないけれどモノが好きなんですよ。淋しがり屋さんやし(笑)。ミニマムな生活なんて絶対にでけへんタイプ。もしかしたら薄めの性欲を補ってくれてんのかもしれません。モノへの感情は恋愛に近いもん。

 それによう考えたら、よう考えんでもやけど、ほんまこの人(自分のことな。京都人は己を「この人」呼ばわりする癖があるんです)よう言わはるわ。どの口が言うんえ? 欲望の器が小さいやて。そんな言葉は自分の体重と相談してからいいよし。ちゅう話ですわな。
 たぶん儂の人生の、最大のモチベは食欲です。たかが人間の欲望なんて、その総量はさして変わらしませんのやないですやろか。金銭や名誉に食指が動かんぶん、食べたいもんには我慢がきかんのでしょう。
 いま書いたように食欲の対象は「食べたいもん」であって高価な食材や山海の珍味やないので、それを満足させてやんのにお金も権力もさほどいらんのが有り難いことでおます。必要なんは手間とアイデアと若干のテクニックのみ。それらも充分に備えているとは言い難いポンコツではありますが、そこは人並み外れた食欲でどうにかこうにかカバーしてまいます。

 こないだ薩摩揚げを家で拵えたときも「よう、そんな面倒くさいそうなことしはりまんなあ」と呆れられましたが、手に入らへんかったら作るしかおまへんがな。なあ? と同意を求められても困るかもしれませんが。
 日本にいてたら何ぼでも美味しいのんが売ってるし、なんなら日本中の銘店からお取り寄せもできる。けど、そやない環境にいて工夫を凝らすからこその発見もぎょうさんありました。第一号ははんぺんとの合いの子みたいな頼んないもんになってしもたけど、なんどか繰り返してるうちにコツや分量の塩梅も掴めてきました。
 薩摩揚げの命ともいえる、ぷりっとした食感を出すには、新鮮な材料を使うのはもちろんですが、それ以上に思い切った分量の塩気が必要なこと。フードプロセッサーの力を借りても最後には擂鉢で丁寧に艶がでるまであたってやらんとアカンこと。いろんな風味の野菜や歯ごたえの違う食材を混ぜることで非常に奥行きの深い味わいが創造できる料理であること。揚げもんではあるけれど、あまり油を吸わないので存外健康的な食べもんでもあること。ご飯が進むのは困りもんやけど。
 ベースの魚も鱈を中心に烏賊やの鮟鱇やのお鯛さんやのを合わせて、ぷりぷりのバリエーションを出せるようになってきました。とりわけロックサーモン(Dogfish)てゆう鮫の仲間の魚肉を使うと、ものすごええ食感になることを知り、よっしゃーっ! って感じ。小さい賽の目に切った蛸を混ぜんのもええね。噛み当てたときの喜びはなかなかのもん。なんにしても余分に揚げて、翌日に残りもんを甘辛ろうに漬けたり、刻んでモヤシと炒めて片栗でとろみつけたりアレンジを楽しみます。 photo

 行動のモチベーションを上げるための〝ご褒美〟を馬の鼻先にぶら下げる人参に喩えたりしますけど、儂の場合は、もっと端的にこの言い回しが当て嵌まります。たいがい怒ってても美味しいもんですぐ機嫌直してまいますし。食欲にはヒーリング効果もあるん違うかと儂は信じてます。美味いもん食わせて事を有利に運んだ18世紀フランスの辣腕政治家タレーランの「美食外交」ちゅうのも、つまりはそういうことでっしゃろ?
 まず、喰え。話はそれからだ。――と。
 金の亡者や業突く張り、えばりたがりの強欲じじい、そういう連中でさえ御すことがでけるのは食欲だけ! なんですよねー結局は。金銭欲の強い人間になんぼカネを与えても絶対に「もういらん」と断ったりはせんし、世界征服を果たしても権力欲は収まらへん。そないな手合いを説服・懐柔せんならんかったら舌鼓をポンポンポンポンポーン! と打たせて、こっちの調子に乗せるしかあらへんでしょう。イソップの『北風と太陽』みたいなもんや。これからも食欲パワーでがんばりまひょ。

入江敦彦(いりえ・あつひこ)
1961年京都市上京区の西陣に生まれる。多摩美術大学染織デザイン科卒業。ロンドン在住。エッセイスト。『京都人だけ知っている』シリーズ、『京都人だけが食べている』シリーズ、『KYOのお言葉』『秘密の京都』『秘密のロンドン』など京都、英国に関する著作が多数ある。現在、本の雑誌で「読む京都」連載中。2015年9月に『ベストセラーなんかこわくない』(本の雑誌社)を刊行。