第31回「世の中は喰うて糞して寝て起きて」

photo まあ、写真をごらんください。これが平均的かつ一般的な〝フル〟イングリッシュ・ブレイクファストです。
 基本は卵、ベーコン、ソーセージ。この三つは必ずついてきます。そやないと「フル」とは言えまへん。卵の料理法はスクランブルド・エッグもポピュラーやけど、基本的に英国人は目玉焼き派が多い気がします。黄身がとろーり流れ出る風情を好みます。個人的にはオムレツやポーチドエッグは、こと英国式朝食の皿上においては邪道やと考えてます。
 次に重要なのが焼きトマト。安食堂なんかやと缶詰トマトを温めたんの場合もあります。別に悪いもんやないけど、やっぱ生を焼いたんのほうが嬉しいね。その次がベークドビーンズ。白いんげんのトマト煮ですわ。『ハインツ』の業務用を使こてる店が目立ちます。ほんでからマッシュルームの炒めたん。これも、ほぼ必ず組み合わされてはりまんな。お洒落というか、ちょっとスノッブなカフェなんかやと代わりにポートベローちゅう平とうて大きいマッシュルームをグリルしたんが添えられてることも。なんでか必ず裏向きで真っ黒な腹をみせてます。

 こっからは店によって様々やけどブラック・プディングという豚の血ぃが混ざった太い太いソーセージを切って焼いたんとか、ハッシュドポテトがついてくるのはよう見かけますね。前者はスコテッシュ・ブレイクファストやったらデフォルトです。後者はガテン系のみなさんが来るようなカジュアルな店の定番。ボリュームアップのため。そやしチップス(フレンチフライ)がどさっと脇に盛ってくるとこなんかもあります。
 ここにトーストとミルク入り紅茶がついて完成。――なわけですが、長年こっちでこいつと対峙してますと、こう、いろいろと解ってくる。英国式朝食には「正調」の食べ方がある。んです。そんなん食べたいように食べたらええんやけど、ある種のお約束を守るとより美味しくいただけるのは事実。いや、ほんま。てなわけで、ちょっとそれを伝授いたしたく存じます。

 まず、卵に目玉焼きだけに塩を振る。他の食材はしょっぱいもんばっかりですさかい必要ありません。次にソーセージを縦割りして、ここにケチャップを垂らします。英国のソーセージゆうんはけっこうなクセもんでして、いつまでたっても内側が熱々なんですよ。そやからケチャップで温度を下げるわけ。続いてベーコンにはブラウンソースをかけます。トンカツソースの酸いのんみたいな味。これでベーコンの脂っぽさを中和するんですわ。ほんで最後に胡椒をぱらぱらまぶします。食材の表面温度が高い最初のうちに振ると粉が舞い上がってクシャミが出まっし最後がええんです。
 これで食べる準備が整いました。儂(わし)はここでトマトをナイフフォークで刻んでビーンズと馴染ませます。それで、ぐっと味がようなる。と、そこにおもむろにトーストを乗っけます。こっちのトーストは薄うてからからに乾いてるし、ビーンズ上に置いてしっとりさせるわけ。
 さらにトースト上に壊れんように、そうろと目玉焼きをおっちんさせます。これは流出する黄身を無駄なく味わうため。パンに染みこませて皿にこぼれんのを防ぐための手段。どうしても少量は滴りまっけど、下に敷かれたビーンズに混入するぶんには悪ありません。
 そんな感じで、トーストを切りわけつつ、卵→ベーコン→マッシュルームで口直し→卵→ソーセージ→味わいの増したビーンズを堪能(たんの)。以上を二回繰り返したら、もうおしまいです。
 イモもんがあるときは一枚目のトーストが終わった時点で、ソーセージやベーコンと一緒に食べるようにすると美味しおっせ。テクスチュアが変わるさかい、さらに飽きずに最後まで楽しめるようになります。
 とにかく重要なんは配分ですわ。トーストを食べきる前にベーコンとソーセージを全部平らげてしもたら、なんや空しい気分になるもんです。
 カレーライスでルーだけが先にのうなったときの、あの哀愁を思い出してください。すでに福神漬けもなく。ラッキョもなく、ただの素白ごはんが、一口であっても残ってしもたときの絶望感を想像してください。後悔先にたたず。きっちり同時に肉もんとパンが消費されるように計算を怠ったらあきまへん。
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The Breakfast Club

 金額的にはともかく健康を鑑みれば、高カロリーなイングリッシュ・ブレイクファストはたまにしか食べられない贅沢。余すことなく味わいつくすためにも、この正調を意識するべきやないでしょうか。て、誰に向って主張してんのか判りまへんけど、主張せいではおれません。
 煎じ詰めれば世の中は喰うて糞して寝て起きて……なんやろけど、なんやからこそ、そういうベーシックを大切にせんと世の中に生きる意味がないん違いますやろか。
 (参考文献:泉昌之「夜行」――『かっこいいスキヤキ』(青林堂)収録)

入江敦彦(いりえ・あつひこ)
1961年京都市上京区の西陣に生まれる。多摩美術大学染織デザイン科卒業。ロンドン在住。エッセイスト。『京都人だけ知っている』シリーズ、『京都人だけが食べている』シリーズ、『KYOのお言葉』『秘密の京都』『秘密のロンドン』など京都、英国に関する著作が多数ある。現在、本の雑誌で「読む京都」連載中。2015年9月に『ベストセラーなんかこわくない』(本の雑誌社)を刊行。