第32回「喰い道楽」

 儂(わし)は料理上手やと一般的に思われているようですが、自分で自分にそういう評価を与えんのは難しいですね。基本的な知識と技術、それから味の勘所が解っているだけです。それに知識ゆうても経験値が高うて〝ひきだし〟がようさんあるタイプやおへん。どっちかゆうたら分析的に食事をする癖があったせいで理詰めの料理がでけるようになったて、それだけのことですわ。
 儂的には料理上手の条件はふたつ。まずは機転が利くこと。失敗したとき、予定の料理に必要な素材が手に入らなかったとき、なんとかしちゃう能力。これは英国に長く暮らして「見立て」で料理をせざるを得ない環境に長くいたせいで何とか身に付きました。技術的にはともかく情報量でフォローでけます。
 けど、もうひとつの条件、いわゆるひとつの想像力ちゅうもんが儂にはないんです。新たな味覚を発見するクリエイティヴィティが備わってへんのは料理上手を名乗るに値しない決定的な欠点といわざるを得ません。
 もしかしたら儂メシを喰うた人のなかには「そんなことないよー」とゆうてくれはる方々もおられるやしれまへん。けど、たいがい儂が拵えた目新しいもんはオリジナルがあります。儂はそれを再現してみせてただけ。
 いっぺん食べたもんをリコンストラクションするんは若いころにちょびっと訓練してまっさかい現在でもでけんことはないんですよ。分子ガストロノミーちゅうのがおますけど、あれの逆。口の中で食べたもんの素材を分解してゆく作業やね。料理の隠し味を舌の上で探索するのは儂の娯楽でもあります。

 閑話休題。だいどこにおける想像力の欠如のせいか、それとももともとの頑なな性格のせいかは知りまへんけど、儂には、この食べもんは、これこれこういうスタイルやないとアカン! ちゅう些か偏執狂じみたこだわりがあります。すべてにわたってゆうわけ違うし、よそで自分の固定観念にあてはまらない、それこそ想像力を駆使したもんがでてきても、そやからて箸をつけんことはないです。が、自分自身が包丁を握る場合はあくまでオブセッションに忠実な男です。
 最たるものは京都のおばんざいの数々。これはもうヘンなアレンジがしてあると「いやー……面白いお料理でんなあ。けっこうやねえ。美味しいわー」などと言いつつ、心の中では( )にくるんで「いやー……(わけのわからん)面白いお料理でんなあ。(もう、)けっこうやねえ。美味しいわー(よう知らんけど)」と無言のツッコミ確実にをいれてます。

 ちゅうか京都のもんに限らずトラッドな味覚は同じ傾向があるケースが散見されまんな。パスタとかでもシェフの創作もんなら、どない怪体な材料が使われてても楽しめる自信がありまっけど、これがカルボナーラやったりすると話は別。グアンチャーレやパンチェッタがベーコンで代用されてんのは我慢でけます。けど、生クリームが混ぜてあったりすると心は星一徹。ボロネーゼがタリアテッレやフェットチーネでなくスパゲッティにで出てきた場合も卓袱台の端に手がかかります。
 なにも気取っているわけやおへんえ。ひっくり返せばナポリタン注文したのにハムやのうてグアンチャーレやったらそれはそれで嫌です。ミートソースに振り掛けるのは削ったパルミジャーノ・リッジャーノやなく粉状のパルメザンチーズやないと困るんです。

 そやけど儂の執着がいちばん凝り固まってんのはジャムサンドかな。大好物なんやけど、もう、絶対に譲れへん! ゆうポイントがありちゃちゃくり。パンは白パン。厚さは1〜1,2センチ、耳は必ず落とす。幅はともかく長さは10〜12センチの長方形。有塩バタはあくまで薄く片方のみ。ジャムは苺のみ。これまた薄く塗布。果実の塊が残っているものは不可。温度は室温〜室温の5〜6度下。飲み物はミルクティー(セミスキム使用)。
 と、まあ、こんな具合ですわ。この盲執が明けん限り儂は一生、料理上手にはなれそうもありまへん。
 そやけどやね、正当化する気なんぞさらさらやけど、阿呆らしゅうに見える「これやないと!」の数々はある意味【美学】でもあるんやないかと考えたりせんでもありまへんな。ほして【喰い道楽】ちゅうのは本来、そういった食べもんに対して美学があり、それに忠実な人らを指す言葉と違いますやろか?
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 喰い道楽を字引で当ると「うまい物や珍しい物を食べるのを趣味とすること。また、その人。しょくどうらく。」とあります。この語義においては儂はちっとも喰い道楽やおへん。そやかて生まれついての性質は趣味やないしさ(笑)。ただ美学にも似た食への撞着は、もはや道楽と呼ぶしかないのも確か。もっとも人様に誇れるようなもんやありまへんけどな。

入江敦彦(いりえ・あつひこ)
1961年京都市上京区の西陣に生まれる。多摩美術大学染織デザイン科卒業。ロンドン在住。エッセイスト。『京都人だけ知っている』シリーズ、『京都人だけが食べている』シリーズ、『KYOのお言葉』『秘密の京都』『秘密のロンドン』など京都、英国に関する著作が多数ある。現在、本の雑誌で「読む京都」連載中。2015年9月に『ベストセラーなんかこわくない』(本の雑誌社)を刊行。