第33回「粋が身を喰う」

 センスさえよかったらファッションにお金なんかいらん。――大嘘。そんなわけありまっかいな。もしかして若うてスタイル抜群やったら答はYESかもしれまへん。けど、モデルみたいなご仁はセンスさえ不要なんです。Tシャツにジーンズで充分。粋が身を喰うとはようゆうたもんで、やっぱり容姿を補うには、そこそこのお値段は覚悟せなあきません。ほんで「見た目に騙されるな」て言い聞かせんとあかんくらいは外見て重要なんですよね。外見は口ほどにものをゆいまっし。結構うるさいし。

 さて、服装ほどやないかもしれんけど、ふだんの食事も、これまた雄弁に人柄を物語っちゃいます。
――どんなものを食べているか言ってみたまえ。君がどんな人間であるかを言いあててみせよう。
 てなことをゆわはったんは18世紀末から19世紀にかけての司法官、ブリア=サヴァラン。美食家の元祖みたいな方で、この人の書かはった『美味礼賛』はいまだに読み継がれる、読み継がれるべき、美食の、いや、「食べること」が好きなすべての人間の教科書みたいな本。儂(わし)も枕元から動かせへん一冊ですわ。
――国民の盛衰はその食べ方いかんによる。
――新しい御馳走の発見は人類の幸福にとって、新たな天体の発見以上のものである。
――せっかくお客をしながら食事の用意に自ら少しも気を配らないのは、お客をする資格のない人である。

 これらのアフォリスムは200年経っても色褪せるどころか、いよいよ真理の輝きを放って怖いくらい。とまれ体質的にようけ食べられへん人はそらしゃあないけど〝食〟に興味のない淡白な人を前にすると儂なんかはどうしても構えてまうんですけど、それは「君がどんな人間であるか」が見当つかへんしやと分析してます。
『美味礼賛』というタイトルは意訳もええとこで、直訳は『味覚の生理学』。Physiologie du gout ou Meditations de gastronomie transcendante ちゅう長たらしい題名です。オリジナルも悪いわけやないけど、この意訳はほんま天才的やね。むろん谷崎潤一郎翁の世界的名著『陰翳礼讃』をもじったもんでしょう。
 ただ単にパロっただけでなくブリア=サヴァランの食へのアプローチと、日本の美意識を見極めようとする谷崎のまなざしは非常に似てます。ちゅうか、二人の解析手法、論旨や哲学はかえことしても通用するくらい、ほとんど相似形やったりします。併読したりすると途中から、どっちがどっちか判らんようなって、しまいには、どっちでもええか同んなじやし、と、思う。

photo 先日、京都『金網つじ』の若主人のジャイアン、もとい辻徹くんから到来物がありました。それは、こないだ彼が仕事で来英しやはったとき、いろいろ喋ってた中で生まれてきたアイデアを形にした鍋敷の試作品やったんですが、一目見て「おっ!」と唸りました。非常にシンプルなんですが、端正で、優雅。京都の言葉でいうところの「シュッとしてる」ゆうやつです。
 鍋敷なんて、ほんなん新聞紙でええやんゆう人もいはるでしょう。し、それを否定もしません。そやけど新聞紙使う人は、その行為によって「君がどんな人間であるか」を自ら語ってるて解っとくべきでしょう。その新聞紙をあなたは代用品やと考えてるかもしれませんが、実は、そういう鍋敷を〝選んでる〟んどっせ。
 ほんでですわ。そやけどホンマの意味で感嘆したんは鍋敷を使いはじめてからやったんですよねー。むろん形態として完成度が高いんでオブジェ的に卓上にポンと置いとくだけでもシュッとしてるし目が和みます。でも、上になんか乗せたときに生まれる何ともいえない間ァのよさときたら。ちょっとした驚きでした。
 寸胴や雪平、あるいは薬缶や急須、水差し、ティーポット、そうゆうのんを戴いて初めて姿を現す媚態。はんなりと奥ゆかしい。こういうのんがあるかないかで卓上風景はぜんぜん違てきまんな。機械編みのワイヤーネットには決して宿らん矜持が食卓にも宿るようです。
 まさに谷崎潤一郎のいう【余白の美学】そのもんや。

 もしかして新聞紙派の人らは、鍋敷を礼賛して余念のない儂らのような連中を指さして「そんなもんに金遣こうて勿体ない。粋が身を喰うちゅうやつやな」と嗤はるかもしれまへん。でもね、シュッとしたもんを拵えんのには手間暇がかかるし、手間暇にはお金がいる。なによりシュッとしたもん買う人がいんようなったらシュッとしたもん造る技術が絶えてしまいますわ。
 儂みたいな若輩がごちゃごちゃゆうててもアレなんで、新聞紙派にはサヴァラン兄貴のこの言葉を贈りまひょか。
――食卓の快楽はどんな年齢、身分、生国の者にも毎日ある。他の様々な快楽に伴うことも出来るし、それらすべてが消えても最後まで残って我々を慰めてくれる。

入江敦彦(いりえ・あつひこ)
1961年京都市上京区の西陣に生まれる。多摩美術大学染織デザイン科卒業。ロンドン在住。エッセイスト。『京都人だけ知っている』シリーズ、『京都人だけが食べている』シリーズ、『KYOのお言葉』『秘密の京都』『秘密のロンドン』など京都、英国に関する著作が多数ある。現在、本の雑誌で「読む京都」連載中。2015年9月に『ベストセラーなんかこわくない』(本の雑誌社)を刊行。