第34回「お喰い初め」

 こないな悠長なことやってんのは京都だけかいな思たら全国でやったはるそうでちょっとびっくりしたんが【お喰い初め】ゆう習慣です。WAHAHA本舗主宰したはる演出家の喰始さんとは違いまっせ。いや、喰さんは、きっとこっから名前取らはったんやろけど。

 お喰い初めゆうのんは赤ちゃんが生後百二十日目にする儀式。文字通り生まれて初めて母乳以外のもんを食べさせる「真似」させることで将来喰いっぱぐれんよう願いを込めるんです。京都では二百日くらいまで延長することが多いですね。【喰い延ばし】ゆうてね、これも長生きでけるように、ゆう縁起担ぎですわ。
 お膳に五つの塗りの食器を用意して一汁三菜。飯椀にはごはん(か、お赤飯)、汁椀におつゆ(蛤)、高杯に梅干しと小石、平椀にはお精進を炊いたもん、つぼ椀には紅白膾を載せ供します。あと、尾頭つきのお魚も出さはるとこもあるようでんな。その場合、京都では鯛やのうてホウボウです。お正月に眺めるだけで手を付けない睨み鯛よろしく、これも口にはしません。お魚屋さんで焼いたんを買うてきて、そのまんまお返ししたりもするそうな。わけわからんけど、いかにも京都やねえ。
 高杯の小石は歯茎に宛がって、丈夫なんが生え揃いますようにゆう【歯がため】のおまじない。お家の産土さんの境内で拾うてきて、お喰い初めが終わったら臍の緒と共に半紙に包んでしまっておくんが基本。その子が疳の虫を起こしたら舐めさせたり握らせると治まるゆう迷信もあります。神社のご利益くらいは効き目があると京都人は考えて大事に大事にいたします。

 お嫁さんの実家が家紋を捺したもんを拵えさせて婚家に納めるんが本来やったそうですが、これはもうそれぞれでええんちゃうんと思いますね。自分らご夫婦で揃えはってもええし、さらを注文しはるんやのうて骨董屋で探してきはってもええし、五椀かて汁椀ふたつに平椀三つてな変則でも全然構へん気がします。ようは我が子の将来を祈る気持ちを〝形にする〟ことが大事なんですわ。
 様式に当て嵌めるゆうんは鋳型にはめる行為やおへんえ。それは移ろいやすい感情、胸懐、想いの丈に普遍的な肉体を与える作業。バレエや歌舞伎の型と同じ。シークエンスがあるからこそ舞手は自由になれますのえ。
 そういう意味では、お喰い初めの器は、そのままお子さんの日用食器にしはってもええんちゃうかなー。そやかて使わな勿体ないし(笑)。漆は、塗りもんはよろしえ。きれいなんはもちろん子供にとっても、欠けたりせえへんし、軽いし、ありがたい。乾燥させへんかったらええだけで手入れ簡単やし。そら、プラッチックのお茶碗に比べたら高いかもしれんけど、『象彦』さんとかやなかったら値段かて知れてまっせ。
 あんね、お喰い初めをしても喰いっぱぐれがないか歯が丈夫になるかは当たり前やけど保証でけまへん。けど、ふだんにちょっとええ漆器で食事してきた子と、百円ショップの皿小鉢を宛がわれて育った子では情緒に大きな開きがでけてくるんやないかしらん。下手な習い事させるより、ずっと簡単な情操教育でっせ。

 そういうたら、こないだ儂(わし)はお喰い初めをいたしました。「おくいはじめ」やのうて「おくいぞめ」。この歳になって初めての食材を口にしたんです。それは冬瓜。わりと普通のお野菜やのに、なぜかいままで縁がありませんでした。もしかしたら、どこぞの料理屋さんで食べてるかもしれませんが意識したことはついぞなかった。
 ツイッターのTLに「暑い日は、これが最高!」と、きんきんに冷やした冬瓜スープが立て続けに上がってきて、これは神様のお告げかなんかや、努々疑うことなかれ……と中華食材の店に走りました。「瓜は金持ちに、柿は貧乏人に剥かせろ」という諺は知ってましたんで厚めに皮を削いで、すごい柔らかいゆう話やったんで丁寧に面取りしたら、あとはゆるゆる煮るだけ。めっちゃ簡単やった。味つけのコツいらず。
 鳥の挽肉と生姜を炊いた出汁、干し貝柱の出汁、干し椎茸の出汁を各同量。日本酒。味つけは塩。冬瓜が透き通ったら一晩おいてタッパに移して冷蔵庫。まるで上等のコンソメみたいなお味。いつものごとくようけ作ってしもたんで三日くらい連続でいただきましたがちっとも飽きひん。実はパンにもよう合う。ヘビロテ確定ですわ。
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 そやけど、あれやね、冬瓜の柔らかさて独特やね。淡雪みたいなんとも違うし、絹ごしの溶けてゆく感じとも、また違う。舌の上で凝ったスープが液体に変化するようななんともいえん快楽。歯のない年寄りでも歯がためをせえへんかったお子さんでも楽々食べられる。こんな美味いもんと無縁やったなんて人生えらい損してしもた。
 まあ、長い長い喰い延ばしやったちゅうことにして、せいぜい長生きしてこれからようさん食べさせてもらお。

入江敦彦(いりえ・あつひこ)
1961年京都市上京区の西陣に生まれる。多摩美術大学染織デザイン科卒業。ロンドン在住。エッセイスト。『京都人だけ知っている』シリーズ、『京都人だけが食べている』シリーズ、『KYOのお言葉』『秘密の京都』『秘密のロンドン』など京都、英国に関する著作が多数ある。現在、本の雑誌で「読む京都」連載中。2015年9月に『ベストセラーなんかこわくない』(本の雑誌社)を刊行。