第35回「犬も喰わない」

 現代社会の原動力には四つの要素があります。それは【利潤】、【理性】、【情緒】、【イデオロギー】です。
 かつてはここに宗教がはいってました。そらいまでも馬鹿にでけん力がありまっけど、もはや社会の動力源にはなり得まへん。宗教ちゅうのは即ちモラルでっさかい、時代の移り変わりとともに陳腐化すんのはしゃあない。コンドームへの拒否感が確実にエイズ蔓延の原因になってんのに奨励を拒む宗教なんか、どこのカミサンやとはいいまへんけど廃れて当たり前ちゃいますやろか。アホみたい。そんなもんただのドグマの濫用ですわ。
 そうゆうたら宗教の対角線上にあった哲学や行動規範を伴うイデオロギーも敵さんの衰退に伴ってそろそろ死に体やなあゆう印象がありまんな。フォロワーが阿保やからね。情緒が思想を選ぶ時代になってもて理論集が聖書化してしもてるんやもん。
 マルキシズムひとつとったかて「社会主義者の宗教」になってもたら、そら誰ァれも見向きせんようなりまっさ。傾倒してる人らの動機がただの嫉妬やったりしてね。それではネトウヨとなーんも違いないやおまへんか。おんなじ偶像崇拝でもジョン・スチュアート・ミルを「ミルルン師匠」と呼んでアイドル的に信仰したはる須藤凜々花(NMB48)のほうがナンボかましですわ。まだまだ内田樹センセには頑張ってもらわな。

 理想は理性と情緒のバランスが取れた世の中なんでしょうが、これはなかなか難しおます。たとえば茶の湯というのは理性に裏打ちされた情緒の世界で、それが肥沃なイデオロギーの土壌になる素晴らしいシステムなんですが、利潤を生むことに気を取られる人が多すぎて、なんやわけわからん近寄りがたいもんになってしもてますわな。ほんま住み難い世の中ですわ。
 智に働けば角がたつ、情に棹させば流される、意地を通せば窮屈だ……さすがに漱石センセはよう解ったはりまんな。ほな、どうしたらええねん? ゆう話ではありますが。つまり、なんにせよ、どっちゃにせよこの世の中は住み難い、て、解ってたらそれでええんちゃうやろか。
 儂(わし)は宗教の本も哲学書も喜んで読む人間やけど、どっかに傾倒するちゅうこと終ぞおませんでした。それらは住み難い世界で、いかに住み心地よう生きていけるかを探るための手引きでしかなかった。イエっさんも、マルクっさんも個人的な知り合いやおへんので、ようはどないな偉いセンセらの言葉でも自分に敷衍(ふえん)する作業は自分でするんが当たり前田のクラッカー。あんた、こんな大事なとこで思考をサボってどないしますのん。
 宗教でも哲学でも精査せず盲信フォロワーになるだけではセンセらも草葉の陰で泣かはりまっせ。

 いったいこの男はなにを言うてるのや? とお思いのかたもおられるやもしれません。これは喰いもんのエッセイとちゃうんかい?と。いやね、実はね、社会だけやのうてレストランちゅうもんも、その原動力は【利潤】、【理性】、【情緒】、【イデオロギー】なんやないかとここんとこよう考えるんですわ。レストランに限らず喰いもん関係の商売はみなそなんちゃうかなあ。
 利潤、利益が出えへんかったら、まず話にならんし、どんだけ美味いもん作る料理人でもこの感覚が欠如してたら店は成り立ちまへんわな。理性というんは食に対する科学的なアプローチ。分子ガストロノミーなんちゅうのが流行しましたが、あっこまで極端やのうてもプロの料理人は技術を裏打ちする最低限の理屈が解ってんと話になりまへん。勘だけではアカンのです。
 喰いもん商売における情緒というのは「こんなもん拵えたい」「こんなもん客に喰わせたい」ゆう感情論。このパートが完全にあらへんさかい儂は――みんながみんなやないんでしょうが――ファストフードを喰うもんやと認めへんのです。食は〝物〟やおへん。
 ほんでイデオロギーは、まあゆうたらコンセプトでしょうか。国籍やったり地方やったり、あるいは居酒屋、オーガニック、喰い放題といったカテゴリーなしに店は経営できません。なんぼ上手にでけたしゆうて寿司屋でカレー出したらアカンやろゆう話ですわ。

 レストラン批評はどうしても味の良し悪しに始まり、料理人の個性や店の雰囲気に終始します。ちゃんとした書き手でも『食べログ』の素人評でもそれは変わりません。儂は個人的に、あんた個人がどう思おうとそんなんドーでもええわと考えます、そこいらの判断は自分でするさかい、ほっといてーみたいな。そやかてサ、儂、書いてる人のこと直に知りまへんもん。
 フードレビューで好感が持てるのは店の根底にある四要素が丁寧に観察されているもの。というか、そやないとそんなに褒めてあっても貶していても信用でけんくなる。夫婦喧嘩やノロケ話は犬も喰わんちゅいまっけど、個人ブログに毛が生えたようなお店紹介の類も、いいかげん犬も喰わん気がしまんな。

photo あ、ちょっとお報せがございます。入江の新刊が発売になりました。『ベストセラーなんかこわくない』(本の雑誌社)。戦後、ブームを引き起こした数々のベストセラー本を現代の視点で捉えなおした一冊どす。どーぞよろしゅうお願いいたします。
 こちら出版元のウエブサイトで、ちょこっと味見ならぬ立ち読みもできまっさかい。お試しくださいませー。
http://www.webdoku.jp/kanko/page/4860112768.html

入江敦彦(いりえ・あつひこ)
1961年京都市上京区の西陣に生まれる。多摩美術大学染織デザイン科卒業。ロンドン在住。エッセイスト。『京都人だけ知っている』シリーズ、『京都人だけが食べている』シリーズ、『KYOのお言葉』『秘密の京都』『秘密のロンドン』など京都、英国に関する著作が多数ある。現在、本の雑誌で「読む京都」連載中。2015年9月に『ベストセラーなんかこわくない』(本の雑誌社)を刊行。