第41回「よく柿喰う客だ」

 日本やアジア圏独特のもんやと思てたら、あにはからんやこっちでめっけて驚いたり大喜びしたり、ゆうことがちょくちょくあります。温州ミカンをちいそうしたような【Satsuma】ゆうお蜜柑は、いかにも炬燵が似合う味で「へー」と思うたもんですが、もう30年くらい前から栽培されてて、もはや英国の冬の食卓に欠かせん味覚になってるんですよね。北風が吹いたら、その味覚が味蕾に蘇るちゅうくらい。
 確かに和食ブームで普通のスーパーでもお醤油やら(キッコーマンさんとかテレビCMしたはるもん)味噌やらが買えたりするようになってきてますけど、そういうのんは行くとこ行ったら前々からありました。ほんまのとこ食材そのもんはあんまバリエーションが増えたわけやない。使う方も日本料理をこさえるためゆうより既存の料理の隠し味的に考えてはる。
 そんなんで野菜とか果物なんかはブームの波に乗って新たに輸入されるようになったゆうより、それまで日陰もんのマイナー食材が再発見されて人気モンになったケースがおいように見受けられます。
 なかでも現在、ロンドンでめっちゃウケはじめてるのが柿ですわ。第二のSatsumaになる日も近いんちゃうかゆうほどの勢い。日本の梨(Chinese Pearゆうてるし正確には「東洋の」かな。二十世紀ぽいシャリ感のある梨です)も流行りはじめてまっけど質が安定せえへんのが難。そのへん柿は、ほらほらもー素晴らしいクオリティ。日本で食べるのんに比べても上等でおます。

 たぶん、いままで喰うたなかで最も美味しい! と唸ったのは京都の銘割烹『草喰(喰は口が食の上に載った作字)なかひがし』さんが秋場の水菓子として出してくれはる熟柿。薄い薄い皮の内側は楊枝で突いたら破裂してしまうんやないかと思うほど熟々に熟してます。これに青臭い人参葉のシャーベットを載っけて供されるんやけど、口に含んだ瞬間、法隆寺の鐘がごーんと頭蓋内で鳴り響く美味さやった。うわーと思たな。あれは。 photo  英国での柿の総称は、そのまんま【Kaki】。次郎柿や富有柿的な扁平でカリッと硬いのんは【Sharon fruit】、甲州百目、代白柿みたいな釣鐘状で柔らかいのんは【Persimmon】と名称を使い分けてたりもしまっけど、はっきりゆうて混同してはりまんな。そやけど、まあ、名前なんかどうでもええんです。この寒い季節の格別な味覚の華がこっちでも気軽に味わえるようなったことが儂は嬉しい。
 そやけどね、なによりも〝日本の味〟であることが、こんなにも気分をアゲてくれるんやないかなあ。

 国土の広さが違うさかい当たり前ゆえば当たり前なんですけど柿の生産量を見ると、もう断トツで中国が多い。韓国や日本がそれに次ぎますが十倍近い差があります。それでも柿はやっぱり和味なんです。柿喰えば鐘音が聞えてくんのがワタクシたちニッポンジンです!なに興奮してんのか知りまへんけど。
 とまれ中国で収穫される柿も「日本柿」が通称みたいなんで、もしかしたらあちらでも隣国の味覚やと認識されているやもしれませんね。いや、そら、もしかしたら寒山寺の鐘とかが鳴ってるんかも解りまへんけど。

photo  閑話休題、現在、英国で鐘を鳴らし舌鼓を打たせてくれはる【Kaki】はと申しますと、これはイタリアからの到来品。18世紀末、寛政期に写楽の浮世絵なんかと一緒に長崎から船に乗ってポルトガルに着いた種子の末裔が気候の合う地中海沿岸に根づいたゆう話でっさかい歴史はかなり長い。ええ、その頃から柿はカキで、音便が先にあったもんでっさかい伊語スペルは【cachi】です。
 そんなこんなで英国では東洋のフルーツとして流通している柿やけど、イタリアでは昔からあるラティーノな果物として認識されているという、ねじれ現象が欧州では見られます。こっちに住んでるイタリア人の友人に和食のあとで柿を出すと「へえ、デザートはイタリア風にしてくれたのね」なんて言われてもーたりしてね。
 そういうときは革をくるくる剥いてみせて「これが和風の食べ方でござい」とパフォーマンスするんやけど、これがけっこうウケまんにゃわ。こっちの人らぶきっちょやさかいしゅるしゅる細うに長うに剥いて「これからも細く長くのお付き合い」とか嘯くと、半笑いで、ぱらぱら仕方なく拍手してくれはります。
 こないだ来たミラノ産まれの客は「懐かしい懐かしい」と文字通りよく柿喰う客でしたが、食後に「ほしたら皮剥き芸のお礼に」ちゅうてイタリアの柿の唄を歌とうてくれはりました。Elio e le Storie Teseちゅうデュオの『La terra dei cachi』――柿の大地――なるコミックソング。かのサンレモ音楽祭で大賞獲った曲なんやて。

 だいたいの内容は歌い終わってから教えてくれはったけど、なんちゅうかこれが諷刺歌。政治を皮肉った歌詞なんは理解できたけど、どこが柿に関係あんのかはとうとう判りまへんでした。なんでもお国では大ヒットしたそうで、大抵のイタリア人は柿を喰うとまず思い出すんがこの歌やとか……。ほんまかいな。
 そうか、柿が日本的なんやのうて、柿の実の生りさがった木の景色や、橙色の灯りが点ったような果実の色にあえかな情緒を発見してしまうのが日本人ちゅう人種なんやなあ。同じもん見ても、お国が違えば感じるもんも違って当然。むしろ世界中どこででも柿でお寺の鐘が鳴ったら、それはむしろ恐ろしいこっちゃねな。

入江敦彦(いりえ・あつひこ)
1961年京都市上京区の西陣に生まれる。多摩美術大学染織デザイン科卒業。ロンドン在住。エッセイスト。『京都人だけ知っている』シリーズ、『京都人だけが食べている』シリーズ、『KYOのお言葉』『秘密の京都』『秘密のロンドン』など京都、英国に関する著作が多数ある。現在、本の雑誌で「読む京都」連載中。2015年9月に『ベストセラーなんかこわくない』(本の雑誌社)を刊行。