第42回「薬喰」

 この冬は英国もえらい暖冬で、いっぺん薄化粧したほかはなんや気持ち悪いくらいぬくたい日ぃが続いてます。去年も雪がいっぺんも降らへんかって、なんとのう気が抜けた炭酸みたいな冬やったんですが、それでも気温は低うて、まるでいつまでも治らへん傷口が痛むようにじくじくじくじく寒い毎日でした。いつもは二月の半ばに咲き始めるラッパ水仙が昨年は三月末近くになってようやく重い口を開き、今年はなんと一月頭にはぽつぽつ黄色い花を擡げだしました。ほんま二年連続で調子狂うわ。
 そやけど寒さが厳しかろうが緩々やろうが冬となったら、いっぺんは喰うとかんと気が済まんのがジビエの類いですわ。そもそも野菜でも肉でも癖のあるもんが好き。ほんで季節感のあるもん、ちゅうか季節を喰いたい! ちゅう気持ちが大変に強い人間です。山菜や筍にも同じ理由で同じくらい執着がありまっけど、これはもうこっちでは泣けど叫べど食べられへん。それゆえか猟獣や野禽を待ち遠しく想う気持ちはいよいよ募る稲村ケ崎。

 青頸、鴫、鹿、野兎あたりは一度は喰う。けど一度で足りひんのが猪。大好物ですのや。
 京都には丹波地方という猪肉の本場があんので猪肉を好む人がたぶんよそよりぎょうさんいてる気がします。儂(わし)も子供のころから馴染みがありました。年に一回、山奥へ牡丹鍋を食べに行くのは我が家の真冬の風物詩でした。チビの時分は肉の脂身が苦手やったんやけど、なんでか猪は大丈夫でね、我ながら不思議やったな。
photo  大人になって、猪の脂身は豚をふくめほかのどんな肉に比べてもお腹に凭れへんことを知って、なるほどな、と合点がいったもんです。京都の牡丹鍋は西京味噌をベースにしたお出汁でくつくつ炊いたもんですが、鍋に溶け出した脂と白味噌が混然一体となって生まれるクリーミーな天国は知ったが最後そう簡単に忘れられまへん。

 有り難いことに英国でも、さすがにスーパーにはあらへんけど、ちゃんとした肉屋であれば猟が解禁される十二月から二月いっぱいくらいまでワイルド・ボー(Wild boar)あるいはスワイン(swine)の名でロース肉が並びます。もしかしたら日本よりも手に入りやすいかも。
 食べ方はといいますとシチューにすることもあるけど、まずたいがいはたっぷり3時間くらいかけて焼きあげるスローローストやね。そやけど、もちろん儂は牡丹鍋一択。ロースは肝心の脂が薄いにゃけど、ほかの部位は挽いても残る独特の個性が愛されてソーセージに回されるんで残念ながら、あまり市場には出回らへんのですわ。  当然ながら薄切りは売ってへんさかい、塊を冷凍庫で半分凍らせて、よー研いだ包丁でがんばって削いでいきます。ゆうても、そないにぺらぺらに切れるわけやない。まあ、牡丹鍋はそれでええんやけど。わりと長いめに煮るさかいね。せんど火を通しても硬ならへんし、なにより件のクリーミーヘヴンの扉を開くには、そこそこ煮詰めていかんとあかんから。

 儂は和食の肉料理のなかで、この牡丹鍋が何よりも洗練されていると思うております。すき焼きやしゃぶしゃぶかて全然嫌いと違うけど、なんてゆうのかな、お肉を使こた日本料理の中で一番〝エライ〟みたいな(笑)。
 というのもね、よう考えたら牡丹鍋てたぶん日本人の食物史を辿っていったとき、かーなり古くから食卓に登場していた可能性が高いんよね。むろん現在のような西京味噌ベースやのうて、もっとシンプルなもんやったやろけど、長い歴史があるからこそブラッシュアップされて、ここまで進化を遂げたんやないやろか。
 そやかて日本は明治になるまで肉用の家畜を育ててへんかったわけで、肉といえばそれはすなわち狩猟対象に限られてた。和食における肉は家畜やのうてジビエやった。加えて宗教的な理由で肉食がタブーとされていた時代でも猪は特例扱い。なにしろ猪は「魚類である鯨」の仲間に分類されて【山鯨】と呼ばれてたんえ。それどころか土中の山芋が積年を経て猪に転じるなんて説もあった。なんぼなんでも無理ありすぎやろ的な。

 鯨や芋やと無茶な自己韜晦をしてでも日本人は猪を食べたかった。それくらい好きやった。と、儂ゃ解釈しとります。というのも自分を騙せなかった善良な人らもまた猪は食べたはったからです。【薬喰】として。
 この言葉は現代語訳すれば「冬場にジビエを食べて精をつける」というミもフタもない、けど、そんだけに美味しいもんへの正直な欲望、庶幾、執念が滲んでいて大好きです。当然、鹿や熊、狸、白鼻芯なんかも含みますがメインストリームはあくまで猪。
photo  薬喰は幕末に大流行。これにハマった十五代将軍、徳川慶喜なんか「豚将軍」「豚殿様」なんて綽名される始末。新撰組のみなさんも壬生の屯所で鍋を囲んではったという話が伝わってます。このムーブメントは維新後のスキヤキブームの呼び水になりましたが、日本人なら誰だって、いつだって、般若湯を嗜み猪を噛んで日々の滋養としてきたんです。かつては江戸でも上方でも歳の瀬には各地で市が立ちましたが薬喰屋台(百獣屋{ももんじや})はとりわけ賑わったとか。表向き肉を喰わない人種が、宗教や禁忌の壁をものともせずにいつの世もこっそり愛し続けたお肉。それが猪なんです。
 例年よりシバれようが温かろうが、雪が降ろうが降るまいが、寒さが長く続こうが呆気なく終わろうが、異常気象だエルニーニョだと喧しかろうが、それがどんな冬であっても、この季節には猪を喰いたい。でないと調子狂うどころの騒ぎやない。心も体も、なんとのう落ちつかん。そわそわしたり、いらいらしたり。――これはもう病気ですわ。ほんまに薬喰とはようゆうたもんやな。

入江敦彦(いりえ・あつひこ)
1961年京都市上京区の西陣に生まれる。多摩美術大学染織デザイン科卒業。ロンドン在住。エッセイスト。『京都人だけ知っている』シリーズ、『京都人だけが食べている』シリーズ、『KYOのお言葉』『秘密の京都』『秘密のロンドン』など京都、英国に関する著作が多数ある。現在、本の雑誌で「読む京都」連載中。2015年9月に『ベストセラーなんかこわくない』(本の雑誌社)を刊行。