第43回「喰意あらためて 02 西山の筍」

 死の床で、悔いならぬ〝喰意〟を残さないために、せいぜい食べとこと思うもんがあります。だいぶん前にアスパラガスへの偏愛を書きましたが、しゃあない喰いしんぼうでっさかい、まだまだそういう味覚がおます。こんどの四月、手術やその後の療養生活のせいで延び延びになってた日本への帰国をひさびさに果たすんですが、一番とはいわんけど『日本でせなあかんことリスト』のかなり上位にあんのが「筍を喰う」です。
 そら日本はな、どんな季節に帰ったかて、そのときにしかないもんがあります。とりわけ京都にはその傾向が強い。暑いのが嫌いで、わりとマジに夏を避けるためゆうのが英国に住む大きな理由のひとつになってる儂(わし)でっけど、その儂にして鱧を食べるためやったら、水蜜にかぶりつくためやったら、『中村軒』さんのかき氷をいただくためやったら八月とかにいっぺん帰んのもええなーとか血迷うくらいそれらの誘惑は心を惑わせます。
 そんななかでも筍はローレライ度Max。なぜかは知らねど心わびて、いまからもう筍を想いドキが胸々しちゃう始末。そら山菜も楽しみでしゃあないし、ホタルイカも諸子も鳥貝も儂を待ってる。錦市場を歩けばキセルの雨が降るような気分です。けど、筍に袖を引かれたら、なにを置いてもとゆう気持ちになる。罪な喰いもんもあったもんや。「傾城に真{まこと}があって運の尽き」とはこのことやろか。て、なんの話や。

  京都には大枝・塚原ゆう筍の聖地があります。大原野、物集女、長岡、山﨑あたりまでで掘れる筍を西山産ゆうて京都人は珍重します。
photo  いや、ほかにも美味しい筍の産地はようさんおますでしょう。そやけど儂らにとっては筍とゆうたら西山で収穫したもんやないとあきません。お雑煮が白味噌仕立てでないと納まらんのと同じ。よその土地のもんはローレライを唄わへん。舌が肥えてるんやのうて西山のあの味が味蕾にインプリントされてもてるさかい、あれでないと筍喰た気にならんのやろね。
 西山の筍ゆうて最初に思い出す風景は新京極の寺町上ルにある『とり市』さんの店先ですわ。こちらの軒下はほんまに目の毒。夏の賀茂茄子、秋の松茸や冬のすぐきなんかも宜しおすけど筍はやっぱ別格でんな。ローレライたちが宝塚の大階段を順々に降りてくるような眺め。どんな比喩や(笑)。
 もっとも傾城買いする甲斐性のない儂のような貧乏人は眺めさせてもらえるだけで満足。見てるだけ、遠くから拝ませてもらうだけで充分やったりします。ああゆう西山の中でも最上品は家で食べるよりプロの料理してくれたもんをいただく方が個人的にはええ気がします。素材に対する敬意、みたいなもんですやろか?

  あとね、西山産でさえあれば、それ以上は拘らんみたいなとこも京都人にはあるんですよね。この季節は洛中ならば普通の八百屋さんやら地元スーパーみたいなとこでも西山産筍の文字が躍りますが、フレッシュだけやのうて湯掻いたもんが水を張ったポリバケツのなかに沈んでて、こっちも同じくらい人気があります。
 いや、手間を惜しんでるわけやおへん。粘土質の西山で育つ筍はゆっくり育つ間に土中へアクが抜けるさかい茹でこぼすときに米糠とか重曹とか必要ないんですよ。手間いらず。重要なんはむしろアクを抜くよりエグ味が立つ前に朝掘りをソッコー湯掻いてまうことなんです。そやから水煮とゆうても袋入りで売ってるようなシロモンとは根本的に別もんですわ。観光で来はるお客さんも掘ってから時間の経った上等を買って帰るくらいなら、ちょっとくらい育ちすぎてても朝掘り水煮の方がなんぼも美味しいゆうことを知っといていただきたいもんです。
 筍は淡白な素材やし、いろんな調理法があります。けど、そんな度量に広い素材だけに昔からある料理に結局は戻っていくような気がします。
 なんやかやゆうて、かっつお出汁を芯まで煮含めた土佐煮とか炊き込みご飯、それに若布と筍の炊き合わせ「若竹」が一番違いまっしゃろか。若芽がドロドロになるまでたいた若竹、ほんま美味しいね。そこに木の芽(山椒の若芽)をわさーっと親の仇みたいに散らして白ご飯のおかずとしていただきます。

  帰国したら行きたい店、行かなあかん店が目白押しで、きっとどこへ行っても美味しい筍が出てくるでしょうが、実は筍に関してはどこよりも楽しみにしてるのが『仁和寺』やったりします。はい、御室の桜で有名な、あっこ。
 毎年、花の時期に出さはる緋毛氈張りの床几を並べたお店の若竹が、めっちゃ好きなんですわ。京風には程遠いお醤油の効いた濃い濃い味。はっきりゆうてお世辞にも美味しいとは言えまへん。にゃけど、目の前の桜の海を眺めながら、東雲色に沸き立つ花の景色を見渡しながらこれをおかずに散らし寿司を喰うてると、なんとまあ贅沢な、豊かな刻を儂は過ごしてるんやろうと思わいではいられません。
 仁和寺の桜苑も訪う者を呼び込むようなローレライの群やけど、ここにむしろ庶民的な筍の味覚が加わることでその美しさはほっとするような娯楽に変わります。安心して観られるゆうたらええやろか。ちょうど西山の土壌が筍のアクを抜いてくれるように、満開の桜の樹が孕む魔性や陰の気を中和してくれはる。機会があったらぜひ食べていただきたい隠れた京名物ですわ。

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入江敦彦(いりえ・あつひこ)
1961年京都市上京区の西陣に生まれる。多摩美術大学染織デザイン科卒業。ロンドン在住。エッセイスト。『京都人だけ知っている』シリーズ、『京都人だけが食べている』シリーズ、『KYOのお言葉』『秘密の京都』『秘密のロンドン』など京都、英国に関する著作が多数ある。現在、本の雑誌で「読む京都」連載中。2015年9月に『ベストセラーなんかこわくない』(本の雑誌社)を刊行。