第46回「喰らわんか」

 ときどき勘違いしてはる人がいてはりますけど骨董集めが趣味なんちゅう事実はこれっぽっちもございまへん。古い器に料理を盛るんが好きなんで、いろいろ買うてるうちになんや家のスペースを占領してしもただけの話でございます。そらなかにはちょっと値打ちのあるもんも混ざってまっけど、身の丈に合わん、己の技量に合わん大層な器は持とうと思いまへんな。アズキ相場かなんかで(て、そんなもんやってまへんけど)当てて大金持ちになっても自分の食べるもんは自分で作るゆうスタンスが変わらん限り、すなわち金輪際コレクターになんぞならしませんでしょう。
 そんな人間でっさかい、ぴかぴかの金襴手や緻密な絵付けがはいったもんは食器棚にもほとんどありまへん。柿右衛門とかの繊細な薄手のもんもすけない。染めつけも嫌いやないんやけど、ほとんどが吹き墨やら輪線柄、氷割文様みたいな抽象的なやつ。いや、海老とか南蛮船とか雪中筍堀とか好きなパターンもあるんやけどね。
 そやけど呉須(磁器の絵付けに使われるコバルト化合物を含む青藍色の鉱物顔料)で飾られた器のなかでとりわけ愛着があるんは【喰らわんか】でっしゃろな。これはもう名前からして好きにならずにいられない。岩崎宏美。

 【喰らわんか】ちゅうのは江戸時代に大量生産された普段使いの雑器で、高級磁器の産地である佐賀藩の伊万里と同属ではあるけれどヒトとワオテナガザルくらいの違いがありますのえ。多くはお隣の大村藩領にある波佐見で焼かれました。そやけどな、馬鹿にしたらあきまへんえ。世の中にはワオテナガザルよりも可愛げのないヒトかてなんぼでもいてはりまっさかいな。それどころか品性や知能指数もよっぽど劣るんやないかと疑わいでおれんお方もぎょーさん(あんまし意味ないけど以下略)。
 閑話休題。拵えられてたんは十八世紀から十九世紀にかけて。そない生産期間は長ごうはないけど、何しろ作られてた数が数でっさかい、いまでも骨董屋さんを覗くとちょくちょく出会えたりいたします。おんなじ''手''ェのもんが愛媛県の砥部、大阪府の古曽部でも焼かれておりました。

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 さて、この魅力的なお名前がどっからきたかちゅうたら一般的には「くらはんか船」に由来があるとされとります。江戸時代、京都伏見から大阪八軒家間の淀川を往来した客船に汁物や麺類など飲食物を売った、いわゆる茶船でんな。東南アジアのウォーターマーケットもかくやの風景が日本にもあったんです。ここで使われてたのがる波佐見の焼きもん。売り子らの「喰らわんかー!」「喰らわんかー!」という掛け声からついたんやそうです。
 それらは船客の腹を満たしたあと、回収する値打ちもない雑器やゆうんでぽいぽい河に投げ捨てられました。やがて川底を浚って集めた収穫品を売る人々によって市場に再登場するわけでっけど。【喰らわんか】がいつから骨董として流通するようになったんかは正確には存じません。おそらくは日常の生活雑器に美を見出した民芸運動のご功徳でしょうかね。その独自の力の抜けたおおらかさ、逞しさ、諦念の底に沈むような美しさを愛でる者としてはありがたいことでございます。
 むろん【喰らわんか】はくらはんか船でだけ使われてたわけやおへん。あらゆる水上交易の場で重宝されたでしょうし、陸上でも使い捨ての器として相当量が出回ってはったはずです。江戸はおろか遠く松前藩でも陶片がしばしば発掘されるそうですから、まさに日本を席巻していたんですね。ただ、その由来を知るせいか、やはり水底の泥を布団に眠っていたものには格別の風合いがあるような気がしまんにゃわ。
 そやからちゅうわけやないですけど【喰らわんか】に盛るもんは、やっぱり水気のもんがよろしね。もともと、そういうもんを容れて売ったはったわけやから当たり前かもしれんけど。ゆうても、おうどんやなんかがぴったり収まってくれはるサイズが意外となかったりしてね。昔の人が少食やったんか、儂(わし)が大喰らいなんかはよう知りまへんけど。あくまで腹を温める程度の軽食中心やったわけやし。
 けど、不思議やわー。塩梅よう【喰らわんか】に盛りつけたもんは、えらい食欲そそりよるわー。気のせいかもしれんけど、こういう気のせいは歓迎でんな。食の細いお子さんや病み上がりのおかたには、これにお粥{かい}さんよそって食べさしたげてください。器にこもった「喰らわんかー!」の声がきっとお箸を勧めてくれはるんやないやろか。ま、万年ダイエット中の儂には、なんにもええことおへんけどな。ほんま、いつもより多めに食べてまうわー。困ったわー。

 そやけどさ、冗談とちゃうと思うんよね。
 あんね、一昨年死ぬか生きるかの病気したとき、病院の勧めもあって途中で転院してるんですわ。ほら、総合病院でも得手不得手がありまっさかいな。ほんでね、転院して何が嬉しかったて、そっちの病院ではちゃんと磁器のマグカップでお茶を出してくれはったのよね。前のとこはプラッチックで、安いし、軽いし、丈夫やし、もしかしたら衛生的にもええんかしれんけど、なんや切のうてねえ。やっぱり人は石油やのうて土で作られた器を使わなあかん。絶対あかん。病気の治りも早よなるに違いないと儂は確信しとります。

入江敦彦(いりえ・あつひこ)
1961年京都市上京区の西陣に生まれる。多摩美術大学染織デザイン科卒業。ロンドン在住。エッセイスト。『京都人だけ知っている』シリーズ、『京都人だけが食べている』シリーズ、『KYOのお言葉』『秘密の京都』『秘密のロンドン』など京都、英国に関する著作が多数ある。現在、本の雑誌で「読む京都」連載中。2015年9月に『ベストセラーなんかこわくない』(本の雑誌社)を刊行。