第47回「喰いつめる」

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 こんど(6月4日土曜日)、こないだオープンしたばっかしの『開化堂カフェ』さんで、ちょっとしたイベントをさしてもらいます。べつに喰いつめたわけやおへんえ(いや、ビンボーでっけどな)。あんまりにもこの店がええ感じでね、ちょっと関わってみとうなったんですわ。あちらの茶筒の繊細精緻で優美な機能性と、オーナーご一家の人懐こくてオープンな性格を併せ持ったほんまに心がきやきやするような空間ですのや。定期的に仕事でロンドンに来はる若主人の隆裕くんからカフェやるゆう話を聞いたとき「ほな、一日店長やるわ!」とゆうたんは冗談半分やったんやけど……ほんま、ジンセーちゅうのはなにがあるかわからんもんですな。
 まあ、そういうことをしてみたいいう気持ちが昔からなかったゆうわけではおへん。拙著『テ・鉄輪』ちゅう短編小説集は松原通りにある架空の――縁切りのご利益がある茶を客に出す――喫茶店が舞台やったりしますよって。全然お話には関係ないのに延々延々そこで出されるお菓子と茶の描写をしたりしておりました。一応怖い話の連作なんやけど読者の皆さんもそっち目当てで読んでくれたはった節がございます。

 さて、お話の中では''絵に描いた餅''でも乙なもんですが、これが現実となるとそうは参りません。ない知恵を絞れるだけ絞り、まるでダイヤモンドに目が眩んだお宮のようにお友達の情けにお縋り申し上げ、なんとかお客様に喜んでいただけるようなその日だけのスペシャルメニューが完成いたしました。
 まずひとつめは【和菓子とお薄のセット】。けど、そんじょそこらにあるもんやおへんえ。お菓子は『中村軒』さんのオリジナル。どんなお味か、しつらえかは当日のお楽しみですが、コンセプトはね、ふふ、「手づかみ」! あんね、あちらの若主人、亮太くんと喋ってて、やっぱり一番おいしい食べ方ゆうんは「手づかみ」やないかという結論に至ったんです。
 星が並ぶような高級フレンチでも骨付きの肉を注文したら最後は指を汚してかぶりつくのがデフォルト。なんでかゆうたら、それが美味いからなんですよね。ピクニックや遠足で青空の下ぱくつくおむすびかて手づかみやなかったら魅力は半減ですわ。これは江戸前の寿司も変わりまへん。ひゅっと摘んでさっと口に滑り込ませてこその快感であり、手づかみなしにはこれほどまでに世界で愛される味覚になったやろか。京料理界のご意見番だった木村しげさんも出汁巻き卵の最も美味なる食事作法として手づかみに勝るものなしと申されていました。
 お抹茶に合わせられる上生の品格を持ちながら、それでいて黒文字を使わないで手づかみで食べられるお菓子が、この日、登場いたします。そして、そのお菓子に寄り添うようなお抹茶を『利招園』さん茶を調合していただきました。普通、お茶席ではお抹茶が主役です。が、お抹茶の美味しさが最大限に引き出されるのはお菓子ありきやと儂(わし)は思うんです。とりわけ今回のお点前を務めまするはど素人ガエルのTシャツを着た入江敦彦でございますれば、なおさらです。お抹茶というのは「とにもかくにも、まず、美味しいものなのだ」ということをお客様に再確認していただけたらええなー。と。
 いや、あんね、ヴェネチアビエンナーレ国際建築展で杉本博司さんがこさえはったガラスの茶室『聞鳥庵』で行われた千宗屋くんのお点前を知るにつけ、本来五感を総動員して体感する悦楽であるはずの茶道が、ただひとつ視覚だけで成立していることに儂は感動したんです。感動して、ほな、なんで「味覚だけに凝縮させた茶」があってはならんのやろ? と、ずーうと考えてきたんですよね。今回の試みはその答えではないけれど、答えに至る一里塚にはなるかいなあと思うております。
 そうそう。このコンセプトに合わせて、お茶碗は寺町二条の銘骨董店の若主人である杉本理くんが「菓子を手づかみした残る片手でがっと掴んで飲めるようなお茶碗」という難しい注文に応えてセレクトしてくれはりました。これもまたお愉しみの一つでございまっせ。

 もうひとつの当日の目玉は【Tea and Toast】。儂はね、常々日本に横行する''紅茶道''的なイングリッシュティー作法が気持ち悪うて気持ち悪うてしかたなかったんですよねー。そんなもんやから、ほんまもんの英国人が毎日楽しんでるような紅茶を飲んでいただく機会がないかいなとずうと狙ってたんですわ。いわば「こだわらない」ことに徹底的にこだわった紅茶と申せましょう。
 気取ったティールームやのうて働くおっちゃんやら近所のおばちゃんやらが集まってくるような店で供されている茶葉を英国から持ち帰っておりまして(もちろん日本未輸入ですわ)そいつを、やはりそういった店でやっているようなスタイルで出させていただきます。もちろん問答無用でミルクティー。席にもお運びせず、その場でお渡し。お砂糖はその時に尋んねて、やっぱりその場で混ぜます。
 これに合わせるトーストはふだんから開化堂カフェでお馴染みの『Hanakago』さんの英国パンがこの日だけ登場! ミルクもバターも使わない、粉とイーストと竈の炎の味がする最高のパン。はっきりゆうてこんなに美味しいイングリッシュブレッドは今日び英国でもなかなかお目にかかれへんかったりします。いや、マジな話。カリッと焼き上げ、バターを塗っただけのシンプル極まりない、そうやな、日本でゆうたら梅干しのおむすびみたいな存在である薄切りトーストをお試しください。
 あ、実はこれには裏メニューがございましてー、えー、儂の大好物の「あんバタ」もこっそりお出しする予定です。『中村製餡所』のあんこは、そらそらもーもーめーちゃーくーちゃーバタつき英国パンに合いますのや! ほんまどっせ!

 てなわけで一足早い納涼イベントくらいのつもりで、どうぞ〔2016年6月4日 入江敦彦の一日店長@開化堂カフェ〕においでくださいませ。赤字補填せなアカンかったら、本気で食つめなあきませんよって。お願い。まんまんちゃんあん。静かでお洒落ないつもの雰囲気をお求めの方は、すんまへん、この日ぃそればっかしはお約束できかねます。そやけど愉しいのだけは請け合いですわ。いるもんは好奇心とお財布だけ。ちゅうてもすまいるは0円でっせ。

Kaikado Cafe
開化堂カフェ(Kaikado Cafe)
京都市下京区河原町通七条上ル住吉町352( GoogleMap
075-353-5668
10:30〜19:00

入江敦彦(いりえ・あつひこ)
1961年京都市上京区の西陣に生まれる。多摩美術大学染織デザイン科卒業。ロンドン在住。エッセイスト。『京都人だけ知っている』シリーズ、『京都人だけが食べている』シリーズ、『KYOのお言葉』『秘密の京都』『秘密のロンドン』など京都、英国に関する著作が多数ある。現在、本の雑誌で「読む京都」連載中。2015年9月に『ベストセラーなんかこわくない』(本の雑誌社)を刊行。