第49回「乱れ喰い」

photo いやー、ほんまよう喰いました。リミッター解除してました。5キロ増もやむなしちゅう感じ。いや、ほかでもおへん。日本での話ですわ。今回は三年ぶりちゅうこともあって帰る前から「あれも喰いたい」「これも食べとかんと」みたいなヨクボーが漲ってはおったんですけどね。いままで帰国して肥えるなんてことなかったんで、けっこうショックではございます。もうロンドンに戻ってだいぶんなりますよって、えっちらおっちら減量しましたが。
 前にも書いたように今回の目玉は筍で、そらもう予定通り大量摂取してきました。それ以外もほぼリストアップしてたもんはクリアしたん違うかな。年齢と大病のせいで前に比べるとかなり緩いスケジュールでのほほんとやってたわりに喰うだけはしっかり喰うてたようで。執着というか喰い意地というか自分でも笑けてまいります。

photo さて、今回書いておきたいのは、予めリストには載ってへんかった美味かったもんについてです。ある意味、次回同じ時期に帰国するとき新たにリストに加わった【食】とも申しましょう。「ああ、こんなもんもあったな!」と記憶の情報が更新された美味もあれば、未知の味覚に舌鼓をポンポンポンポンポーン!と切能のごとく激しく打ち鳴らしもいたしました。
 それにしても、こないに旨いもんやったかいなと更新後連日リピートしたんが『森嘉』の「絹ごし」。これは六月から夏場いっぱいしか売らーらへんもんで、暑いのんが苦手な儂はこの時期帰らへんし、ゆうことで長いこと口にしてまへなんだのや。が、今回たまたま発売当日に買うチャンスがあったんで購入。ご存知の方も多いやろけど、こちらのおトフーは一丁が普通の豆腐屋サイズの倍ほどもあるんやけど、ほんなもんペロリでしたわ。経済のこともあるし半分で我慢してたけど。
 なんてゆうかねえ、これはもう豆腐の旨さを超えてまんな。もっと根源的な、人間が「美味しい!」と感じる要素を寄せて集めたらたまたま豆腐の形になりました、みたいなメタフィジカルな食ですわ。
 世の中には雑味の旨さなんてのもあって、それはそれで好物やけど、豆腐はそっからどこまで遠ざかれるか的な味を目指したはると思う。予想外ゆうたら、これもまた豆腐やけど、ちょっ品揃えに気ぃつこてはるとこやったら京都ではスーパーなんかにも並んでる『服部』ゆうお店のんもよかったなー。人に教えてもろて半信半疑で買うてみたんやけど、これがなかなかシュッとした出来栄えで感心いたしました。

 一日店長させてもろた『開化堂カフェ』のご縁で知りおうた『花かごパン』のパンも今回感心したもんのひとつ。京都はとにかくパンが美味しい街で個人当たりの消費量も日本一やったり二やったりします。そんな環境で頭角を現わしてこれたとしたら並大抵やおへん。
 儂がすごいなと括目したんは店長イベントの「あんバタ」のために用意してもろた食パンをいただいたときでした。「油も脂も牛ちちも使わへん」ゆう難しい注文に「うちに、こういうのがございまして」と出してきてくれはったんですが、も、サイコーやった。あんね、竈の炎の味がするパンやねんわ。英国でもなかなかここまでの食パン(英語で White Tin Loaf ゆいます)にはお目にかかれまへん。ええもんでっせ。
 花かごパンはまだ若い店やけど京都の老舗は常にニューフェイス以上に革新的です。昔からの味に胡坐をかいてるとこなんかどこにもない。同んなじように見えてても時代によって味覚は刷新されてゆく。和菓子の『中村軒』ほどの人気店でも、いや人気店やからこそ新たなる定番の模索を怠ららしません。
 いただいた新作のなかではシャーベットが口果報やったなあ。こちらのかき氷はそれを目ざして全国からお客さんがやってきはるけど、あれにしても、こんどのこれにしてもちゃんと和菓子屋さんの氷菓になってんのがええね。とりわけ好きやったんは桂瓜のん。京野菜を無理くり落とし込んだんやのうて桂瓜やないと生まれへん味覚に昇華してる。
 儂らくらいの年代の京都人は、これを食べるとみんな子供時代の夏のおやつやったマスクメロンを想い出すらしい。「まっか」て呼んでたな。たぶんマクワウリの転訛。懐かしく新しいマッカシャーベット、なんともいえん、よろしおしたわー。

photo  なんか、こういう感じで書き連ねてくと、なんやあのひと大層なもんばっか食べたはるな的ご意見が聞こえてきそうでっけど滅相もありまへんえ。
 たとえば、あとハマったゆうたら『Lei Smoothies』のドーナツね。ドーナツは『ひつじ』ゆうとこのんもお土産に貰ろて「へーッ!」て唸らせてもろたけど儂がドーナツに求めるもんは前者のほうかな。それからたぶんこいつは京都特産でも何でもないけど、コンビニで恋に堕ちた『丸永製菓』の「あいすまんじゅう」ゆう安もん棒アイス。懺悔しまっさ。もしかしたら滞在中に太った原因はこれかも、ってくらいヘビロテしておりました。

 もちろん家で喰うもん以外にも発見はたんと。
 あんまし食べ歩きやとかお店の新規開発には興味ない人間なんですけど、それでもなんやかやと初めての店にも連れてってもらいました。おでんの『屯風』やとか、ポン酢の『モミポン』とか、〝ど〟のつくおフランス菓子の『グラン・ヴァニーユ』とか印象に残ったとこはようけあります。『インド食堂TADKA』のランチもええ塩梅やったなー。とくにチャイがなー。カフェやったら『市川屋珈琲』には、ちょっと遠いけどきっとまた行くやろなー。フルーツサンドが上等の味やったなー。
 そやけど、どっかひとつゆうたら『光兎舎』やろか。いますぐにでも予約入れて食べに行きたいくらい入江は感服いたしましたえ。
 きっと儂のことをよう知る人らは、こちらがベジタリアンの店やと聞いたらびっくりしやはると思います。儂、ほとんどベジタリアンを憎んでるさかいね。こちらでいただくちょっと前に「世界中で子供たちが餓死しているのは肉食のせいです!」と声高に叫ぶような素人臭いベジタリアンの店で食事して辟易させられたせいもあり、ここが出してはる自然体の野菜料理には味蕾が洗われるような気がいたしました。
 とかくベジタリアンレストランはベジタリアンであることを言い訳にしたボヤけた味の店が多いんやけど、ここはぜんぜんそんなんちゃうの。冴え冴えとした輪郭がある料理なん。迷いがない。若い料理人さんがどんな経歴を経てきはったんかは知らんけど、しっかりと研鑽を積んできはった人の作る妥協のないプロの味。

 京都でプロの味ゆうたらいちばんに思い浮かぶ店のひとつに『岡田』があります。とんかつやステーキが人気の、ほんまに何気なーい佇まいの町場の洋食屋さんが、なんでこないに美味しいのか、もう、わけわからんようなるくらい美味しい。ご主人の仕事は、これぞプロ! 職人技! と大向こうから声をかけたいほど上々吉でんにゃわ。もちろん今回もお邪魔しました。なかなかスケジュールが合わんで、だいぶ後半になっての初見参とあいなったんでやきもきしましたけど。
 ほんなもんで、もはやほとんどのメニューは制覇してるんやけど此度はずっと念願やった「鴨なすフライ」にありつくことができて舌鼓乱れ打ち。  実はロンドンに戻る前日の最後の食事もこちらでした。予定外やったんやけどランチ難民で時間が遅い目で車で移動中ゆう条件もよかった。これぞ、噂に聞くお昼だけの裏メニューを試すべしという神様の思し召しに違いない。ちゅうこって食べましたよ「かつどん」を。
 いやいや、なにも常連さんだけの特別サービスとか、そういういやらしことはここは金輪際しはりません。なにしろお昼どきめっちゃ混むんで、手間手順の異なるこの丼もんは物理的に無理なんですわ。けど、今日はすべての目が揃っとる。おまけに明日は機上の人、ひょっとして飛行機が落ちんともかぎらん。手を合わせるだけの言い訳は整ってる……てことでお願いしてみました。ついでやし真昼間から生中も。
 えーえー、もーもー、そーらそら、これだけのためにでも12時間かけて空路はるばる帰ってくる意味があるちゅう食事でおました。【満足】という言葉は、まさにあの碗中にあり。あさましくかっこみ乱れ喰い、幸福を噛み締めながら、京都、やっぱええ街やな、などといわずもがなの再確認する儂でありました。
 これを読んで食欲を刺激されはった皆さんにお願い。まずは、こちらのお店の通常メニューをいろいろお試しになったうえでにしてくださいね。そのほうが後々かつ丼にご対面しはったとき何倍も感動的になりまっさかい。ポンポンポンポンポーン!みたいな。

入江敦彦(いりえ・あつひこ)
1961年京都市上京区の西陣に生まれる。多摩美術大学染織デザイン科卒業。ロンドン在住。エッセイスト。『京都人だけ知っている』シリーズ、『京都人だけが食べている』シリーズ、『KYOのお言葉』『秘密の京都』『秘密のロンドン』など京都、英国に関する著作が多数ある。現在、本の雑誌で「読む京都」連載中。2015年9月に『ベストセラーなんかこわくない』(本の雑誌社)を刊行。