第51回「喰うは身を介く」

photo 日本に帰国したときに喰うて想定外に自分内大ヒットを記録した食べもんやお店について書きました(第49回「乱れ食い」)けど、こんどは日本から英国に持ち帰って「これはよかった!」「こんなにウマいって知ってたら頑張ってもっと担いでくるべきやった!」と臍を噛んだもんについて書いておきたいと思います。忘備録も兼ねて。


 ゆうてもこっちに20年もいてると、だいたい何が必要か解ってはいるんですわ。
 まずはなにを措いても『福島鰹』さんのブレンド削り節「祇園」。これがないと毎日の食卓の味が決まりまへんよって。ほんで『しま村』さんの白味噌。『田中長』さんの奈良漬(西瓜と桂瓜)。『津之喜酒舗』のおにいちゃんお薦めの酒粕。それから京都のおあげさん何枚か。これは好みもさりながら、なにより鮮度の問題があるんで最終日に買えるとこで買います。『オ・グルニエ・ドール』の「プラリネ」。オオヤコーヒの珈琲豆。お茶、お抹茶は『利招園』さん『柳桜園』さん『丸久小山園』さん。割れもんのクッションにもなる丹波の糸寒天(『中村製餡所』さんで購入してます)。
 と、ここらへんまでは、まだええんですわ。困るのは瓶もん。梱包に神経すり減らします。『パパヤ』『オジカ』『ツバメ』あたりの京都産ウースターソース。本家本元は英国やというのにおかしな話。次に柚子の無添加ジュース。もうずーっと決まったとこがあったんやけど残念ながらお商売をたたんでしまはったんですわ。そやしどことは決まってません。それから、ちょっとええ日本酒(今回は「手取川」を貰ろたんでそれ)。
 あと毎回、藤田千恵子さんに、ものすごうに美味しいお醤油{しょゆう}を戴くんで、これも忘れずに持って帰ります。こっちでもキッコーマンがテレビで宣伝するくらいお醤油はポピュラーになりましたが、日本食材専門店に行っても上等のんは難しいんですわ。
 今回の帰国では『ミツル醤油』さんの「生成り、」ゆうのを頂戴しました。今日びは【旨味】という名の【雑味】が蔓延してまっけど、これは華やかな【旨味】を含んでいるのに、なんとまあすっきり垢抜けていること! あんなあ、へえ、「はんなり」いうんは、こういうもんをさして使う言葉なんどっせ。
 と、まあ、ここらへんまでは帰国前から予定してた食料品。もはや充分たんとでございますけど、これに留まらずいつにも増してヒットが多かったんですわ。
 前述したお醤油の藤田さんは『美酒の設』や『日本の大吟醸一〇〇』といった銘著をお持ちのエッセイストでらっしゃいます。いつも美味しいて体にええもんを色々とくれはるお口の恋人。なんですけど、この帰国を経て恋人から恩人に格上げになりました。というのも二年前の大病後、非常に重要な生活課題であるお通じの悩みをするりと解決してくれはったからです。
 くれはったんは『河内菌本舗』の「茶麹」。こういうもんは人によって効き目が違うんで万人のお悩みを解決してくれはると断言することはできまへん。できまへんけど、もはや儂(わし)はこれなしには暮らせまへん。毎朝の一粒が究極のお通じを約束してくれるだけやなく、どんだけ心を安らかにしてくれることか。何しろ便秘が再発リスクに直結してるんですもん。儂は信心の薄い人間でっけど生まれて初めて信仰に近い感情を味おおてます。ほんまに茶麹様々やわ。もちろん定期的に日本から送ってもらえるように手筈は整えてます。はい。
 しかし歳を取れば取るほど「生きてるんやのうて生かされてる」んやなァと思いまんな。喰うは身を介くでっせ。日本人が食事の前に手を合わせるんは忘れたらアカン尊い習慣やとつくづく思うなァ。

photo さて、毎度持ち帰る戴きもんのなかには『なかひがし』のご主人に分けていただく山椒オイルもあります。タイミングが合うと申し訳のうなるくらい山椒の実ィも持たせてくれはったりしてほんまに有り難い。今回もお尋ねくださったんやけど、なんぼ図々しいてもさすがに毎度毎度は申し訳ない。ちゅうわけで友人の花結い師、寺田隆也くんちに誘ってもろた「山椒の実毟り会」に参加させてもらいました。
 これは京都人にはおなじみの季節労働なんやけど結構大変。でもみんなでわいわいお喋りしながらやってたらそれも楽しみのうち。錦市場の『四寅』さんから彼が取り寄せてくれはった上等の若い実ィやったんで棘ものうてアクも少のうて指先もそない黒うにならんかった。隆也くんは真空パック機を持ったはるんで小分けにしてもろて持ち帰りました。まだたっぷりロンドンの冷凍庫でコールドスリープ中。煮物に炒めもんに大活躍です。
 この秋、ちょっとしたイベントでお菓子を作ったんやけど、この山椒を忍ばせたメレンゲを焼いたところ好評サクサク。星付きレストランのシェフが「生涯最高のメレンゲや」ゆうて褒めてくれはったりしてね。それもみんな山椒のおかげ。四寅さんと隆也くんのおかげや。
 山椒といえば『長文屋』さん。「六味」と「一味」はロンドンに住むようなって以来、常に持ち帰りリストの上位にいはりますが、「山椒粉」もこちらで調達させてもらいます。六味ゆうのは七味からトンガラシ抜いたもんで、そうすっと風味を足す調味料としてぐっと料理に使う汎用性が高こなるんです。それとね、これまぶしたお結び、これは乙なもんでっせ。ぜひいっぺんお試し下さい。

 閑話休題、お店先で「山椒、何袋買おかなー」と思案しているとき、ふと目に止まったんが「紀州産石臼挽き」の文字。ご主人に訊いたら、ほんまに短期間だけ店頭に並ぶ旬のもんやとかで、よろしおっせーゆうことやったんで購入……してよかったー!その絶佳なる風味をどないに表現したらええんか解らん筆力のなさが情けのおす。なんちゅうか、これを振りかけたお料理は矜持のようなもんが味わいに加わるんです。背筋が伸びる感じ。
 さてさて、今回の日本には英国人のツレも来てたんやけど、このひとが当たるを幸いに買いまくってたんがおかき。大好物なんやわ。京都には独特の【かわきもん文化】がありまんにゃけど、しまいにスーツケースは煎餅屋の市場調査の様相を呈てた(笑)。とりわけご執心やったんが、なんてゆうの? 吹き寄せ? いろんな種類のんが一袋に詰まったやつ。海苔巻きも海老満月も南京豆をくるんだ丸いのんもまぜこぜのん。あれですわ。
 「とれとれ海鮮どん」はほんなかのひとつ。通りすがりの商店街の店先で目について何気のう買うたんやけど、これがまあ大当たり。たぶん味だけやったら、もっと美味しいのんがいくらでもあります。けどこれはね、お値段と中身の釣合いや入ってるおかきのバリエーション、それらの味の配分なんかがほんまにお見事! しかも製造元の『伊藤軒』さんは京都の会社。ぜんぜん京都らしさなんかないんやけど、それがまたええ。よそさんに媚てへんのが潔い。小さいお商売したはったお煎やおかきのお店がどんどん消えてく昨今、こういう会社には頑張ってもらいたい。
 ほやけど此度の持ち帰り品の中で群を抜いて気に入ってんのが顆粒片栗粉「とろみちゃん」でおます。『美田実郎商店』さんちゅう聞いたこともない会社の商品なんですけど、これはめちゃくちゃ感動しました。早い話が熱い液体に直接振り入れてもダマにならない片栗粉なんですが、これがどんだけ素晴らしいもんか書きだしたらもーどーにも止まりまへん。リンダ困っちゃう。
 和食というのは家庭料理でも様々なコツやテクが指圧のツボみたいに散らばってて、抑えるべきところを抑えると塩梅ようできあがるみたいな性質があります。逆になんぼ丁寧にやってても肝心のポイントを押さえ忘れたがために〝わや〟になったりもする。あんかけのあんはそんな料理の要のひとつやけど、これが一般的なテクニックのわりに手加減が難しいもんやったりするんですわ。トロ味ってストライクゾーンが存外狭いんですよ。
 とろみちゃんはね、とろみちゃんはね、どんなぶきっちょさんにでもこれぞ!というあんかけが拵えられるようになる心強い台所の救世主伝説。揚げ出し豆腐や酢豚みたいなお惣菜から、京都人の大好物あんかけうどん、ちょっと気張った蕪蒸しまで微妙なトロ味具合がこれひとつでコントロールできてまうという。水溶き片栗やとどうしても味が薄うなってしもたりするけどそれもないし、なにより余らせるてゆうことがない。無駄がない。もったいないオバケも成仏ですわ。
 もっと語れと言われれば儂のとろみちゃん愛はなんぼでも溢れてまいりますが、まあ、今日はこのぐらいにしときまひょ。

 さいぜん駄洒落で「喰うは身を介く」とか書きましたが、この言葉は我ながら深かったりするかもしれまへんな。つまり日本からの持ち帰り食品は直接的に体にええというよりは(サプリメントである茶麹は別として)、それを喰う人間を精神的にサポートしてくれる、まさに〝助けてくれる〟もんやおへんかなと。
 嵯峨野の銘割烹『翁』の若主人さんが持たせてくれはった自家製の山椒ちりめん。「滞在中のお茶請けにどうぞ」とプレゼントにいただいたもんの勿体のうて後生大事にロンドンへ携えてきた『村上開進堂』クッキーの詰め合わせ。自分で買うたもんやったら『千波』の「昆布粉」。『半兵衛』の「すきやき麩」。東京出張の折に感傷に浸りつつ築地場外で求めた崩れ干し貝柱。どれもが日々あっぷあっぷの儂を助けてくれはります。
 そんなんプラシーボやて笑はるかしれまへん。ええの、ええの。鰯の頭でも猿の手ェでも、なんでも効くんやったらけっこなこっちゃおまへんか。

入江敦彦(いりえ・あつひこ)
1961年京都市上京区の西陣に生まれる。多摩美術大学染織デザイン科卒業。ロンドン在住。エッセイスト。『京都人だけ知っている』シリーズ、『京都人だけが食べている』シリーズ、『KYOのお言葉』『秘密の京都』『秘密のロンドン』など京都、英国に関する著作が多数ある。現在、本の雑誌で「読む京都」連載中。2015年9月に『ベストセラーなんかこわくない』(本の雑誌社)を刊行。