第52回「喰っちゃ寝」

 賑やかなボンドストリートの露地(ろーじ)の裏に、お友達がやってはるお茶屋さんがあります。秋口の話でおますけどな、そこでちょっとしたお仕事をさせてもらいました。
 いやいや、舞妓はんしたわけちゃいまっせ。儂(わし)がなんぼ若こみえて可愛{かい}らしさかいゆうても、さすがに無理がありますわ。お茶屋ゆうても一見さんお断りのアレちょうて、ほんまもんのお茶の葉ァ商ったはるお店。『Postcard Tea』さんいいましてな、ご主人のティムさんが世界中で靴の裏をすり減らして集めてきはるお茶は個性派揃い。日本茶はお抹茶も含めたぶんロンドンで買えるなかでいっちゃん美味しいんちゃうかな。パッケージとかもお洒落やし、紅茶の品揃えもええ感じやし、日本からのお客さんがお土産にお茶買いたいゆわはったら一も二もなくおすすめしております。
 もともとは京都で仲ようさせてもろてる『開化堂』さんのお茶筒を扱わはるゆうんで若主人の隆裕くんがデモンストレーションのためにロンドンへ招かれはって、そのとき陣中見舞いさせてもろたんが切っ掛け。えー? もう何年? 十年とか、そんななるっけ? いつのまにかティムさんもお友達になって。けど、儂が彼のお茶を褒めるのはそやからやのうて仕事に対する真摯な姿勢ゆえですわ。ほんま頭が下がるほど真剣にお茶と向きおうたはりまっせ。それゆえ今回のお手伝いのオファーもお受けしたわけでして、「友達甲斐にやってよ」みたいなノリやったら引き受けてへんと思います。
 それとゆうのも和菓子を作ってほしいというのが彼の〝お願い〟やったんですよ。
 いや、言い出しっぺは儂からなんやけどね(笑)。なんでも烏龍茶を石臼で手挽きしてた新機軸のお抹茶が完成したとかで、そのプロモーションをしたいという話があって、たまたまその場に居合わせた儂はロンドンには上生菓子、お茶菓子を拵さえたはる和菓子舗があらへんさかい、なんやったら儂がやりまひょか? と、あくまで冗談でゆうたところが瓢箪から駒になってしもたという。なにしろお茶については妥協を許さんティムさんやし、笑い話で済むと思たからこその冗談でもあったんですが、まあ、半世紀も生きてたらいろんなことがおますわ。
 このお話が本決定になったときも一応言うたんでっせ。「本気でちゃんとした上生や練り切り出すんやったら、お金はかかるけど当日便でパリの『虎屋』さんから届けてもらうゆう方策もあるえ」て。けど、いままでになんべんか儂の料理を食べてもろてる経緯もあって、それを根拠にまかせたいゆうてくれはった。そんだけ信頼してもらえたら断るわけにも参りまへん。隆裕くんや『金網つじ』の若主人・徹くんも合わせて来英しはるし、ちょっとでも助けになりたいゆう心意気もありました。それにね、注文は烏龍抹茶に合わせたオリジナル和菓子、それでいてロンドンでしかあり得ない和菓子ということやったんで、それなら儂以外にできる人はいーひんやろな、とも。傲慢に聞こえるかもしれまへんけどいてはったら、そもそも儂より先に顔の広いあちら側のネットワークに引っ掛かるはずでっし。
 ちゅうかね、あんね、これはお薄を召し上がりにいらっしゃる英国人のお客様方に対して、ある意味めっちゃ「正しい」おもてなしでもあるよなあゆう気持ちも儂の後押しをしてくれよりました。
 あんこ好きについては人後に落ちない自信のある儂どすけど、それゆえに餅は餅屋で素人がプロ職人に勝てるわけがないゆうことくらい誰よりも自分が解ってます。なによりほとんど和菓子の経験値がないガイジンさんに真髄の片鱗でも垣間見せんならんのやから責任重大ですわ。ティムさんのお茶のファンはみんな舌も肥えてはるし生半可なことはでけしません。
 そやけどね、気がついたんです。いまでこそ正式なお茶会では、いやカジュアルな寄合ですら銘和菓子舗の上生と相場が決まってますやん、けど昔々は会の【しつらえ】に合わせて主人側が用意すんのが基本やったわけやないですか。つまりは専門の職人やのうて主催する人間(あるいはその部下)の仕事やった。忘れられがちやけど茶の湯というのは武家の文化。茶席の菓子作りはお侍さんが刀を包丁に持ち替えてやっとうで賄うんが本式やったんですわ。
 ほしたら素人なりに趣向を理解して、お客さんらの心持ちを酌んで、なによりその日に振る舞われる茶を吟味して、それらに寄り添うような菓子を作る、ゆうんは本来の茶菓子のあるべき姿に立ち戻る作法やないか――と云えんくもないん違うかなあとか。 屁理屈やろか? そやけど少なくとも利休さんの完成させはった茶の湯の精神を汚すもんやないちゅう確信は儂なりにありました。

 二日間に亘るイベントで、それぞれの日に二種類25個づつ。分量的にもプロやったらお茶の子なんやろけど、いやあ、大変でした。同時に和菓子職人さんらの努力と苦労が心底理解できました。それが解っただけでもやった甲斐があったちゅうもんやわ。
 で、で、肝心のお菓子がどんななったかゆうたら、こんなですわ。

photo  まずは茶巾にした「栗かのこ」。
 残念ながらこちらで手に入るベストのフランス産新栗にはちょい季節が早かったのでトルコ産、しかも値段的にぜんぶをこれで賄うと予算オーバーしてまうんで半分は真空パックで売られている火を通した剥き栗(鹿肉料理などの付け合わせ用に売られてるんでしょう)を使いました。生栗は僅かに渋皮を残して剥いてから茹で栗に近い甘煮にしてフードプロセッサーで粉に挽きます。剥き栗は甘煮の残り汁にシロップとバニラを加えて煮詰め、ほぼ汁がのうなったとこでやっぱりプロセッサーにかけてペーストに。濡れ布巾に栗粉を広げ、丸めたペーストを芯にしてきゅっと茶巾に絞りました。
photo  ほんでから「山椒の実のムラング」。
 これは、やっぱし京都らしーいもんを食べてもらいとうて捻りだしたアイデア。塩梅よう真空パックにした生山椒を持って帰ってきてたんで、これを焼く前に卵白生地にぱぱっと振りました。それだけでは足りん気がして粉山椒もぱらぱら。火を通すことで山椒の実はグリーンペッパーのような食感になり、存外ガイジンさんらも違和感はなかったようです。「舌が痺れまっせ」とご忠告も差し上げましたが食べた方は「でも、それがいい」と嬉しいお言葉。2ツ星レストランのエグゼクティヴシェフから生涯最高のムラングとの評価も頂戴しました。
photo  翌日は「白玉椿餅」。
 こっちはええ小豆はあらへんのですけど実は白隠元は日本に負けへんもんが手に入ります。ので、せっかくやし上生的なもんも食べていただこと計画。やらこうに炊いた白隠元を裏漉しして中華街で買える長芋を合わせ、白ザトを加えて丁寧に練り上げた煉り切りを準備。いわゆる煉薯蕷餡ですわ。ポストカードティーさん新作の烏龍抹茶を利かせた白玉の茶団子を茹でてこん中に込めました。白あんにはんなりした色をつけてデコろうかとも考えましたが、茶ァ繋がりゆうことで椿の葉に挟むことに。現場では黒文字なしゆうことで食べやすさという点でも椿餅スタイルは正解でおました。
photo  ほんでもって「蜜鶏卵サンド」。
 一番心配やったんがこれでした。保温ジャーで60℃に保ったゴールデンシロップ(英国人の大好きな糖蜜)に漬け込み、温泉卵よろしく固まったところを冷蔵庫で1週間寝かしたんを蕎麦粉のビスケットで挟んだもん。なんですが、こっちの人は生っぽい卵を極端に嫌わはるんですわ。これ、見た目は調理してへんみたいでしょ? けど、まあ、それも杞憂に終わりました。写真はサンプルで作ったときのもんで当日はビスケットをもっと薄うに薄うに硬う四角う唐板風に焼いて甘いタマゴサンドやあゆうてお出ししたんです。思ったよりウケてましたねえ。むしろ和菓子ちゅうもんの概念がないさかい躊躇なく手が伸びたんかもしれません。

 ともあれイベント両日とも終了前にはみんな売り切れ、しまいにはサンプルに飾ってた半分乾いたようなもんまで、これで構めへんゆうて食べはる始末。お世辞を真に受けるような歳でもおへんけど、儂がプロやないゆうたら一様に驚いてくれはったんは有り難いことでおました。前述した茶菓子のそもそもを説明したうえで、ほんまもんはもっと美味しいさかい、ぜひ、京都へ行っておくれやしておくれやっしゃと営業。
 かてて加えて〝いらんこといい〟の京都人は、こないなこともいうておりました。
 曰く、京都には「田舎の学問より京の昼寝」ゆう格言がおざいまして、ただそこに生まれ育っただけで洗練が身につくとされております。儂の和菓子も同じこと。ただそこにいて喰っちゃ寝、喰っちゃ寝してるだけでも、こんな程度のもんやったら作れるようになりますのや――と(笑)。みなさんは冗談やと思うて笑ろてはったけど、こっちは本気も本気で言うてたんやけどなあ。
 たぶん、この言葉は日本で口にしたら、めっちゃ評判悪いやろなーいうくらいは判ります。どんだけ中華思想やねん、とか。論理より経験のほうが役に立つって意味で、なにも喰っちゃ寝のススメやおへんねやけど、まあ、諺の主人公が京都人というだけで誤解されてもしゃあないかなとも思いまっけど。
 まっけどね、少なくとも今回儂がどうにかこうにか人様にお出しできるもんを用意でけたんは昼寝効果以外の何もんでもないんもホンマです。鴨川で産湯を使こうて以来、折々に戴いてきた美味しいお菓子の数々が血肉になって儂の体に宿ってるさかい可能やった仕事やったと信じてます。自慢やないけど儂には技術も才能もございません。なにもかも京の都の和菓子職人さんらがええもん食べさせてくれはったおかげですわ。ありがたいこっちゃ。

入江敦彦(いりえ・あつひこ)
1961年京都市上京区の西陣に生まれる。多摩美術大学染織デザイン科卒業。ロンドン在住。エッセイスト。『京都人だけ知っている』シリーズ、『京都人だけが食べている』シリーズ、『KYOのお言葉』『秘密の京都』『秘密のロンドン』など京都、英国に関する著作が多数ある。現在、本の雑誌で「読む京都」連載中。2015年9月に『ベストセラーなんかこわくない』(本の雑誌社)を刊行。