第53回「喰い物の恨みは恐ろしい」

 ちょっと前の話やけど、あるTwitterユーザーの投稿が話題になりました。わりと印象的やったんで覚えたはる人もまだけっこういてはるん違うやろか。儂(わし)には印象的どころか楔のように胸に刺さって、それ以来ずーうと頭の隅でこのことについて論考を続けてたりします。今年も終わるし、ちょっと整理しとこかな。
 えー、それは英国留学中の某お嬢さんの投稿。「ご飯が……死ぬほど……まずい」ではじまる連ツイ。これが、まとめられ、ネットニュースになり、たくさんの反響が寄せられたのでした。同情、共感、アドバイス、ほんまに皆さんえらい好意的で、いや、まあ、ほほえましいこと。儂も一通り読ませてもらいましたけど、お嬢さんへの批判的な意見はほぼ皆無どした。
 そやから儂がこれから書くことは、たぶん大多数のネット民の皆さんには気に食わんことなんやろなあとは思います。前回お話しした「田舎の学問より京の昼寝」以上に反発があるかもしれん。そやけど英国に住んでる人間として、そして〝いらんこといい〟の京都人として、どうしてもここはヒトコトいわんでおれません。謝んのはタダやしさき謝っとこ。堪忍え。
 あんねえ、お嬢さん、あんた「イギリスは不味い」ちゅう悪評、来る前に、しかも旅行やなく留学生としてこの国に暮らさんならんてゆうのに全く聞いてはらへんかったん? 何の下調べもせずにリサーチもなしに来てしまはったん? まさかここまで不味いとは想定外やったん? それとも何も考えずに留学してきはったわけ? 申し訳ないけど、そんな人が留学なんかしても何一つ有益な知識や経験は身につきまへんで。とっとと帰ったほうが身のためやと思いまっせ。

 言い過ぎやろか? いいええ。ちっとも。そやかてこのお嬢さんのツイートはいちいち間違いなんやもん。
「デザートが死ぬほど甘い」
 いったい何を食べはったんか知りませんが、日本に蔓延する屁のつっぱりにもならんようなボヤけた〝甘さひかえめ〟に比べたら、こっちはガツンとくる甘味が多いのは確か。やけど、それは欧州全般、フランスやイタリアでも同じですわ。ということはお嬢さんは日本以外のどこでデザートを食べても死んでまうちゅうことで、ほな、死ぬ前に帰ったら?となるわけ。
「肉がケモノの味がする」
英国は食肉の血抜きが日本に比べて軽いので、たぶんお嬢さんはそれが鼻についたんでしょう。煮込みなんかはそれゆえに濃厚な味になって美味しいんやけどね。つか、あの中華思想のフランス人が「悔しいけど肉は英国のほうが旨い」ちゅうてますんですが? 日本の肉みたいに脂っぽい柔らかいもんとは反対にしっかりとした歯ごたえがあって噛めば噛むほど味わいがあふれるこっちのお肉も悪いとは儂は思いません。
「キットカットは甘すぎる」
 この世界的な駄菓子は二種類あります。英国を含むヨーロッパ全域に出回ってるタイプとアメリカで売られてるやつです。そして日本で一般的なんは米生産。そやし味が違うのはほんま。ただ糖分は欧州版のが低いにゃけどね? ちなみに目隠しテストの結果では約80%の人がこちらを支持してはるようです。英国でもフランスでも、なんとアメリカでも結果は同じ。すんまへんけど、どうもこのお嬢さん自身の嗜好に問題があるような。
「イチゴを買ったら農薬の味しかしない」
 儂はこのお嬢さんと違ごて農薬を食べたことはないんでこの国の苺が農薬味なんかどうかは知りません。が、農薬の使用基準は日本より英国のほうがずっと厳しく制限も多い。そやからかオーガニック専門店も日本より目立つしスーパーでも充実してます。ただ、こっちの(安もん)は甘さに乏しく硬いのがたまにある。人参みたいな苺があるんです。でも『あまおう』とか、ああいう苺があるんは日本だけでっせ、ああいうんを期待してはんにゃったら駅前留学で我慢しなはれ。
「オレンジジュースは甘すぎる」
「ブドウジュースは味がしない」
 ええっ? 糖分無添加のがどこにでも売ってるのに? もはや難癖にしか聞こえまへんな。ちなみにもっとも一般的なオレンジジュースは日本でもおなじみの『トロピカーナ』ですわ。味も同じ。ブドウジュースも一番よう見るのは日本でお馴染みの『ウェルチ』。これも味は同じ気がしまんな。そやけどジュースやのうて普通に葡萄買ったらええのに。こっちはめっちゃ安うて甘もうて美味しいえー。イタリアやスペインからの輸入品が主やけど、英国生活始めたころ種なしマスカットにハマって毎日みたいに食べてたんを思い出します。
「水……サビの味」
 こっちは硬質なんで、やらかい水に慣れてるとサビっぽく感じることがあるんかもしれまへんな。けどさあ、なんぼビンボかしらんけどミネラルウォーターくらい買うたら? ボルビックとかエビアンはキオスクでも売ってるし、国産の軟水も普通にあるやん? ああいうんやったら半額やん? それも難しいくらい貧乏してるんやったら濾過フィルター付きの水差しという手もあるえ?
「マックのフィッシュバーガー酸っぱい」
 これはソースのことをいうたはるんやろね。儂はファストフード食べへんので、これについてはなんとも言えまへん。そやけど、なんでマックで美味しいもんが食べられると考えたんか、その思考回路もまたさっぱり解りまへん。コンビニのパック寿司を食べて「SUSHIなんて喰えたもんじゃない」とガイジンがホザいたとしたら、お前は阿保か? と思いまへんか? 儂なんか横山ホットブラザースみたいに「おーまーえーはー阿ー保ーかー?」と思います。せめて回転寿司に行け、と。こっちにも『Byron』とか『Fine Burger Co』とかまともなバーガーチェーンがなんぼでもあんのに。なぜ、マック?
 と、まあ、こんな感じですわ。どないです? 儂が間違うてまっか? このお嬢さんは日本に帰ったほうが幸せでっせ。もろたアドバイスへの感謝はおろか、どれひとつとして実行してはるような様子もあらはらへんしさ。なにより、なんで不味い不味い死ぬ死ぬと愚痴りながら自分で料理するてゆう発想がこのひとにはないんやろ? いまやそこらのスーパーですら普通の日本食材や調味料が入手可能やゆうのに。

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 はっきりゆうて英国はもはやぜんぜん不味いことあらしません。そらなかには、こらアカン。この喰いもんは食用にあらず! 日羅にはもう死んでもらいましょう的なもんもありまっせ。そのあたりは日仏伊らへんとは違う。けど、いくつかの幸運な例外国をのけたら中国でもアメリカでも死ぬほど不味いもんに当たる確率は変わらへん。てか下手したら喰うたが最後、ほんまにあの世逝きーみたいなんオトロシもんが中国やアメリカにはありまっせ。英国はマシなほうやわ。
 ぶっちゃけた話、儂はこのお嬢さんに腹を立てているわけやありません。所詮は二十歳そこそこの世間知らず。海外そのものが初体験やろし、おそらくはまともに英語も喋れはらへんはず。カルチャーショックでパニくって、まともな対処方法が見つけれへんまま思考がカタレプシを起こしたはると見ました。そんな彼女を責める言葉はありまへん。ほな、儂はなんに対して憤ってんのか? それは、お嬢さんにシンパシーを寄せてはる心優しいみなみな様方に対してでございますのえ。なんでかて、そういう人らは儂がなんぼ「イギリスは不味ないえ」と叫んでも絶対に耳を貸さはらへんからです。
 英国に来て5日目のお嬢さんと、英国に住んで四半世紀のおっさんと、どっちが英国についての正しい知識を持ってるか。ほんなもん考えんでも解りますやろ。そやのに、大多数の人々が信じるのはお嬢さんの愚痴なんです。なんでて彼らにとって「イギリスは不味い」国でなければならないから。それが前提で、この前提を覆す意見は、いくら正しかろうが論理的だろうが整合性があろうが関係なく受け入れられへんからです。

 物事を〝自分の考えたいようにしか考えん〟〝見たいようにしか見ぃひん〟タイプの人間がほんまにほんまに増えている。このお嬢さんも同種の人間なんかどうかは存じまへん。でも彼女に同調している【ご見物衆】は、まさに典型的。事実なんてどうでもええんです。
 オックスフォード辞典が選んだ2016年の流行語は【post-truth(脱真実)】でおました。ネットの普及によって情報の選択肢が増えた結果、真実が見極められなくなって結論ありきで情報をチョイスするようになってしまう……この傾向は世界中に広がってるようです。そやから儂は「おーまーえーはー阿ー保ーかー?」と怒らなならん。その結果がEU離脱という愚の骨頂であり、トランプを大統領に選んでしまうという国を挙げての自傷行為なんやから。これが怒らいでおられまひょか。
 こないなことを書いてると、なにを大袈裟なと笑う人もいてはるでしょう。けど、いままでにけっこう高名な作家さんや食通と呼ばれるような面々から異口同音に「イギリスは不味い」を聞かされてる身としては笑いごとで済みまへんのや。その台詞はヘストン・ブルーメンタール率いる『Fat Duck』(かの『エル・ブジ』を抜き世界ランキングNo1になったレストラン)ででも喰うてから言え。とまでは申しませんが。
 それにしたって渡英5日目のお嬢さんと経験豊富な知識人を同レベルの偏見に雁字搦めにしてまうなんて。ウェブはまさに蜘蛛の巣……怖い時代になりにけり。脱真実でも脱臭剤でもええけど、自分にとってなにが〝真〟なんかは自分の手足と頭を使こうて判断したいもんやね。深こう深こうに自戒も込めてね。

入江敦彦(いりえ・あつひこ)
1961年京都市上京区の西陣に生まれる。多摩美術大学染織デザイン科卒業。ロンドン在住。エッセイスト。『京都人だけ知っている』シリーズ、『京都人だけが食べている』シリーズ、『KYOのお言葉』『秘密の京都』『秘密のロンドン』など京都、英国に関する著作が多数ある。現在、本の雑誌で「読む京都」連載中。2015年9月に『ベストセラーなんかこわくない』(本の雑誌社)を刊行。