第54回「喰意あらためて 04 牡蠣」

 牡蠣が好きです。何の工夫もない始まり方ですんまへん。そのくらいストレートに好きやていう心の現れやと思て堪忍してください。いやー、ほんま牡蠣は美味しおすな。いや、わりと好き嫌いが分かれる喰いもんやちゅうことは認識してまっせ。嫌いやゆう人の気持ちもわかる。味も癖があるし見た目もグロいゆうたらグロい。たいがいの海のもんは大好物やった吉野さんも「磯臭い」ゆうて口にしはらへんかった。
 そやけどなんであれ個性の強さはそれを好むもんにとってはより蠱惑的な魅力となるもんやし、グロいとエロいは糾える縄のごとしや。また、あの独特の磯臭さは〝であいもん〟との組み合わせで昇華されて得も言われぬ旨味にまるで転調するみたいに変化する――同じ貝類にとどまらず、どんな食材にもない、これは特徴やないやろか。不思議な人らですわ。いや、人ちゃうけど。

 イギリスは実は牡蠣天国。ローマ帝国が当時はほんまに何にもなかったようなこの島国を制服した理由もテムズの河口、とりわけWhitstable(ウィスタブル)で採れる牡蠣が理由やったそうです。このあたりの話は暑苦しいまでの偏愛を込めて『英国のOFF―上手な人生の休み方―』(新潮社)て本に書かせてもらいました。牡蠣が好きでしゃあない人は、その港町周辺の海にしかいーひん、その名も「地元」を意味する「Native」を喰うためだけにはるばる行かはっても絶対に後悔しはらしまへん。
 この街はいくつも牡蠣が目玉のレストランがありまっけど、どうせ訪ねはるんやったら王室御用達の牡蠣をバッキンガム宮殿に降ろしたはる『The Royal Native Oyster Stores』がやっぱりお薦めです。
 と、いいつつここ数年ウィスタブル詣の回数がちょっと減りがち。ゆうのも、ロンドン橋駅麓に週の半分開いてるBorough Market(ボロー市場)にある屋台『Richard Haward's Oysters』さんが、がんばってええもんを売ってくれたはるから。しかもけっこう勉強したお値段。件の「Native」のほかにも、あんじょう肥えた岩牡蠣も並んだはります。抜群の蛤もある。いずれも日本人でも大満足のクオリティでっせ。
 企業の駐在のみなさんなんやろか、なんべんかここの屋台前に数人の日本人が集まって食事会したはんのを見たこともあります。ポン酢とか刻み葱とか大根おろしなんかも用意なさってて、いや、どうえー、ちょっと混ざりたいわーとか思たことでおました。
 ちなみに儂(わし)は酢ぅ派です。赤ワインかシェリーのお酢に塩を加え、風味づけにウースターソースをたらーり、こまこう刻んだエシャロットを混ぜて味を馴染ませたんが、とりわけ濃厚なNative にはよう合う気ぃがします。
 イギリスで牡蠣ゆうたらたぶん生食のイメージが一般的には強いんでしょうね。儂が初めて渡英・渡欧したのは、もう、30年以上前の話になりまっけど、そのときの「喰いたいもんリスト」「やってみたいことリスト」のなかにもオイスターバーで生牡蠣という項目がしっかり記載されてました。いまはもう、のうなってしもたけどヴィクトリア駅近くに看板を発見して挑戦したんを思い出します。味は、うーん、まあ、アレでしたわ。ぺったんこに痩せてて、ちっこーて、これがイギリスの牡蠣かいな……という落胆がなかったゆうたら嘘になりまんな。
 80年代のロンドンの街はぶらぶらしてると、まだ結構オイスターバーがあったんを覚えてます。最初の店がアレやったんでそれきりでしたけど、「アレではしゃーないな」と肩を竦めつつも英国に来るたび目に見えて数が減ってったんは残念な気もしました。それでも高級シーフードレストランみたいな店は頑張ってはって、これはいまでも健在。これからこっち来て古き良きオイスターバー的な雰囲気を楽しみたいんやったら『Wiltons』とか『Gow’s』『Seawise』みたいなクラシックな店を選ぶんがええでしょう。そやなかったら『Bibendum Oyster Bar』か『Caviar House & Prunier』あたりのコンチネンタル系。
 儂はあんましコンサバな感じは苦手やさかい、オイスターバーの風情に浸りとうなったらキングスクロス駅の、ユーロスター発着プラットフォームに隣接してる世界で一番細長い店『Searcys St. Pancras Champagne Bar』を選びます。ええよー。ここ。もし、儂が英国で最初に入った店がこういうとこやったら、もっと足繁くオイスターバー巡りをしてたかもしれまへんな。
 日本でも大ヒットしたし記憶してはるみなさんも、ようさんおいででしょうがイギリスの無声コメディ『Mrビーン』に生牡蠣を食べるエピソードがありました。あれ見てもわかるように今日びの英国人はほとんど生のオイスターに舌鼓を打つことはありません。ほとんどゲテもの扱い。つまりは英国人の嗜好そのものも変化してしもてるわけで、ほしたらオイスターバー衰退もやむなしですわ。

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 尤もこの食文化華やかなりしヴィクトリア朝時代、牡蠣のメインストリームは〝焼き〟やったそう。それも庶民がスナック感覚であつあつをはふはふ、地エールをぐびーみたいな世界。着飾った紳士淑女が生牡蠣をシャンパンで流し込むアッパーミドルな食べ方はもうちょい後。それが戦後は一部の好事家と懐古趣味の密かなお愉しみになって、世間的にはゲテもの化してくわけやから……わからんもんですな。
 かくのごときに食材としての立ち位置が定まらんイギリスとは正反対にフランスでは牡蠣といえば生、もうこれ一辺倒です。食べ放題もいっぱい見っかるし、専門店もオイスターバーもピンキリであります。もちろんシーフードを中心に据えてんでもビストロのメニューから海の幸のプラッター「フリュイ・ドゥ・ラ・メール(fruit de la mer)」が消えてまうことは金輪際ないでしょう。また値段こそ上がっても、そやからて無暗にポッシュになったりも、ドーバーの対岸みたくゲテものに成り下がることもありますまい。
 そんなフランスやからこそ、生以外の食べ方をした牡蠣は何十年たっても鮮明に味蕾の記憶が残ってます。
 なんといっても忘れ難いのが70年代の終わりから80年代頭にかけてヌーベル・キュイジーヌの牙城として知られた『Vivarois』で出されたアミューズ。牡蠣のコキール。殻のなか、丸々と太ったんがカレーで風味をつけた生クリームのソースを掛布団に横になってて天火でさっと炙ってある焼き牡蠣的な一品。コリアンダーの葉っぱが乗ってました。食べた瞬間、あー、なんやこれ美味しいなーという感動と、こんなにええ牡蠣やったら生で食べたいなーという日本人的な感慨が交互に押し寄せてきました。
 この店のシェフ、クロード・ペローはんに薫陶を受けた料理人はほんまにようけいはりまして、パリを代表する押しも押されぬ三ツ星『l'ambroisie』のベルナール・パコーはんもそのひとり。まだこちらが星二つやった頃に食べさせてもろた牡蠣もきっと生涯忘れられんやろなあ。いろんな意味で、あれは楽しませてもろた。と、いうのもそれはカキフライやったからです。
photo  たぶん日本の外で食べた最初のカキフライ。ごっつ太い長いマカロニみたいな怪体な麺が付け合わせで、ソースはタルタルっぽいもんでした。滅法美味しいもんではあったんやけど、なーんか不思議やったなあ。そやかてカキフライはカキフライですやん。いやね、まさかそんなはずはない、なにか特別な意図があるはずやと考えてはいたんですが、大阪のフレンチの銘店『べカス』のシェフ、渋谷さんにその話をしたら笑われました。
 「あ、それ僕が教えたんですわ。パコーさんにニッポンのカキフライの極意を教えてくれー言われて作ったんやけど、極意もなんもまんま普通の洋食屋さんのあれですわ」やて(笑)。なーんやそれ。
 けどね、裏を返せば日本のカキフライがそんだけオリジナリティのある世界最高峰のレストランで出されても恥ずかしゅうないくらい完成された一品やという証明やないでしょうか。大袈裟でっか。正味、儂かてどっやゆうたら生牡蠣をうっちゃってカキフライに軍配を揚げてしまうかもしれんくらい、この料理を愛してます。毎日のご飯のおかずにも、三ツ星店のアラカルトにもなってしまうような喰いもんなって、そないあらへんよね。

photo  イギリスには日本みたいな剥き身は売ってまへん。衛生法にひっかるんですわ。けど和食屋も増えてきてカキフライには不自由しまへん。もっとも京都、円町の『岡田』さんで旬の盛りにだけ食べられる空前絶後のカキフライみたいなんもまた望むべくもおへん(ちゅうか、ここのんは、はっきりゆうてカキフライそのものとしてはl'ambroisie を凌駕しますが)。ほんなもんで、どうしても美味いカキフライをぱくつきたいと思たら自分で揚げるしか道はないわけです。
 そこで登場するのが、さいぜんのボロー市場の屋台ですわ。その場で注文して剥いてもろてタッパに汁ごと移し、保冷材を敷いたクーラーバックで持ち帰るぶんにはオッケーなんでそうしてます。殻つきのまま買ってって家でやってもええにゃけど、15㎝はあろうかという大物を1ダースも提げてくんは骨の折れる作業でっさかい。
 牡蠣を買った日ぃは晩の準備に取り掛かるまで、ずっとそわそわですわ。フライそのものは粉はたいて卵潜らせてパン粉まぶして揚げるだけなんで大した手間もテクもいらんのやけど、火の通りには気ィつけんとアカンので、ご飯の炊きあがりや添えもんの段取りにむしろ頭を使います。岡田さんにはかなわんまでも、外はパリッ、中はとろっと半生に仕上げたい。
 ソースは断然ウスターです。前は丁寧にタルタル拵えてたけど、だんだん歳いくに連れ子供のころから馴染んでる味に回帰しました。ありがたいことに京都にはようでけたウスターがぎょうさんありまんねん。こんな瓶もんを日本からえっちおっちら運んでくる理由の一番はカキフライやったりするんで、あんたほんまに好きなんやなあと他人事みたいに感心してまう儂どした。

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入江敦彦(いりえ・あつひこ)
1961年京都市上京区の西陣に生まれる。多摩美術大学染織デザイン科卒業。ロンドン在住。エッセイスト。『京都人だけ知っている』シリーズ、『京都人だけが食べている』シリーズ、『KYOのお言葉』『秘密の京都』『秘密のロンドン』など京都、英国に関する著作が多数ある。現在、本の雑誌で「読む京都」連載中。2015年9月に『ベストセラーなんかこわくない』(本の雑誌社)を刊行。