第57回「福喰は内」

photo おかあちゃん!おかあちゃん! ええもん、もろたえ! と、おかあちゃんはロンドンにはいてはらへんにゃけど興奮して叫んでまいました。嵯峨の銘割烹 『おきな』の若だん、洋平くんから想定外の荷が届いて開けたときのことですわ。日本から届く美味しいもんは、なんでも嬉しいもんですが、それがとりわけ京都ならではの、しかも見立てが利きにくい、自分の技量ではどうしょうもないもんやとなおさらです。それは、そんなんの典型みたいなもんどした。『二条駿河屋』さんの豆落雁「お多福」。うち、これ大好きですねん!

 もともとはほんまに敦賀のほうのお菓子やとかですが、けっこう儂(わし)は昔から馴染みがありました。うちの近所でも塩みの利いたお多福落雁が『老松』さんにあったし、ふと気が付くと、阿亀さんに所縁がある『千本釈迦堂』(こちらが、たまに公開したはる古代からのおかめ人形コレクションは、そーらもうすごいもんでっせ。京都で最も見るべきもんの一つやと思う)が節分頃にお土産として落雁を売るようなったはったりしてね。
 どういうお菓子かというと材料は大豆と糖だけ。フェラン・アドリアに「再構築してみんかい」と渡しても尻尾巻いて逃げてかはるん違うかちゅうくらいシンプル。そやのにお味の表現がものすご難しい。うわっウマい! と声を上げそうになるインパクトがあるわけでもなく、噛んでるうちに滋味が溢れてくるようなシミジミ系でもない。複雑味はないけど、かといって素材の味がストレートに伝わるもんでもない。
 物書きのはしくれとしてあーでもないこーでもないと頭をひねってたんですが、たぶん、こいつの魅力を最も端的に表してるんは洋平くんが添えてくれはったお手紙にあった「珈琲にめっちゃ合います。食べては飲み、飲んでは食べ、お多福の無間地獄に堕ちます」という言葉なんやろなーと結論しました。つまりは触媒的な旨さですわ。伴走する味覚があることで影響しあって快楽が高まる、そういう食べもん。
 酒盗ならぬ茶盗、珈琲盗、なんて言い換えてもええかもしれまへん。
 いつもよりちょっとだけ注意深く淹れた珈琲とお多福さんをかわりばんこに口に運んでいると、洋平くんの言わはる通り、やめられへんとまらへん、いつまでたってもお茶の時間が終わらへんカフカ的状況はロンドンでも簡単に再現できました。もっとも飲んでいたのは京都のカリスマ焙煎師オオヤさんの豆。深煎りのコクがおかめさんを優しく抱き寄せるようなロマンチークなマリアージュ。もしかして、これはこの珈琲やからこないにあんじょう美味しいんやろか?
 ということで思いついたが吉日。その日から「お多福」の小箱を鞄に忍ばせ、普段からちょくちょく伺ってるロンドンのカフェを巡ることにいたしました。一箱はあっという間に自宅で無間地獄に呑まれましたが、洋平くんは気前よう二箱送ってくれはったんで、まだ豆落雁はたっぷりあります。さて、どこに行こうかな。なるべくやったら個性の違う店で、いろいろ試してみたい。どんな化学反応を示すんやろか。わくわくしてきました!

photo まずは我が家の茶の間の延長みたいな『But First Coffee』へ。
 近所というだけやなく、ほんまに旨い端正なカプチーノがいただけるカフェ。流行のオーストラリア式ですがコンチネンタルな線の太さもある。お菓子との相性はもちろんばっちり。一緒に愉しんでも、どっちの個性もくっきりと味わえる。ちびちび齧りながら一杯を飲み終えた満足感がまた素晴らしい。それゆえか地獄には堕ちずにすみました。オーナーや顔馴染みの常連組にも試してもらいましたが好評さくさく。世界に通用する味や。
 次は、いまロンドンで一、二を争う美味しいカフェと噂されてる『Kaffeine』へ。ここもオーストラリア式。
 うん。悪ない。悪ないけど、ここんちの珈琲は旨味をぎゅっと凝縮させたような風味が特徴なので、おかめさんとの相性はベストとはいえへんかも。おかめさんは古風な日本の女やので、こういうマッチョな珈琲とカップルになると耐え忍んでしまはるみたい。引き立て役に回ってしまうてゆうんかな。たぶんこちらの珈琲のツレにはビスコッティくらい単純な方がええ。日本のお菓子やったら『豊島屋』の「鳩サブレー」なんかがよろしん違いますか。
photo ほんなら、もう一軒の味自慢カフェはどうかいなとやってきたんは『Prufrock』。相変わらず凄い行列。ロンドンにはいまいくつか行列のでけるカフェがあるけど、まあ、ここは納得かな。
 Kaffeineでの経験から、こちらではカプチーノやのうてミルク入りのエスプレッソを注文。これが正解どした。ならではの奥行きがある珈琲が、夜目遠目傘のうち的に痘痕面のおかめさんをごっつ美人にしてくれはった。この豆落雁は荒く潰した炒り大豆のかりこりした歯ごたえも魅力のひとつなんやけど、それさえも柔らこうに感じる。反対に珈琲からは普段はどこに隠れてたんか解らんかった芯の強さが垣間見えて、おにいさん、ただの優男やと思てたけどちょっと見直しましたえ。
 ここらでミルクに頼らへんベターハーフも探してみたいと行ってきたんが『HR Higgins』。
 王室御用達の紅茶で有名なお店やけど実は珈琲もかなりのクオリティ。最近地下にあったカフェのきれいにしはって雰囲気もようなった。味はちょい優等生的ではあるんやけど独特の複雑味がある華やかなアロマが嬉しい一杯がいただけますんや。「1942 Blend」をエスプレッソに淹れてもろたんを注文したんやけど、ええね。お多福との並びも一対のお雛さんみたい。
 残念やったんが『Maison d'etre』と『Falla and Mocaer』かな。いや、どっちもようでけたカフェなんえ。けど、自分とこで作ったはる甘いもんへのこだわりがしっかりあって、珈琲もそれにぴたっとくるようにコントロールしてある。こういう店では店のオリジナルを愉しんだほうがええ。実際に試しはせえへんかったけど、いまや英国を代表するケーキの店となった『Ottolenghi』もかーなりちゃんとした珈琲出してくれはるけど、きっとお多福の出る幕はないと思うもん。
 ゆうても皆無やないのよ。カフェというよりは軽食、ランチの店でっけど『Esters』はごはんによう合うご機嫌さんな珈琲があります。歩いて30分くらいなんで散歩がてらお昼を呼ばれに参るんでっけど、ここのんはまるで誂えたみたいに味覚が響きおうてた。甘いもんも美味しいんやけど、それが主体やないからかな。ようわかりません。摩訶不思議。やってて飽きひん試みですわ。
photo 飛び道具的に感動したんが『The Delaunay』。
 ロンドンでは珍しい本格コンチネンタルカフェ。ウィーンかブダペストの街角でひっそりと百年間続いてるような風情がある店。儂は生クリームを珈琲に絞ったアインシュペンネが大好きなんで、なんやかやと寄ってますんですが、そうなんですわ、これがお多福にぴったりやったの!『パンチDEデート』で意外なカップルが誕生したときのような笑けてくる幸福感。ひと目会ったその日から、恋の花咲くこともあるですわ。
photo 似た感じで『Gelupo』の珈琲にもバッチグー(只今、死語モードに確変中)でしたね。こちらはイタリアンジェラートの店ですが美味い珈琲もありますねんわ。さいぜんええケーキのあるカフェには合わんゆう話をしたばっかしですが、ここの珈琲はアイスクリームのために用意されたもんやないので、いけてまいました。ちゅうかねえ、むしろ豆落雁味のジェラートが儂は食べたい。はっきりゆうて確実によろしおっせ。
 調子に乗って、すぐそばのイタリアンデリ『Lina Stores』で珈琲とチーズプラッター(熟成のピークにあるチーズを盛り合わせた名物ランチ)を頼んで、そこに仲間入りさせてみたら、これはいまいちでした(笑)。正統派のコンチネンタルブレンドとの組み合わせはアカンいうわけやないけど、肉感的なイタリアンチーズとの長年連れ添った夫婦感には勝てまへん。おかめさんは日陰の恋の味がしました。泣いて別れた河原町。
 儂はお節介な仲人みたいな気持ちでホットチョコレートとも取り持ってみたしたけど、これもあかんかったな。行ったんは『Hotel Chocolat School of Chocolate』。ちゃんとした店でっせ。チョコレートが飲みとうなったら絶対にここですわ。味がケンカしてるんやないけど珈琲との睦み具合を知ってしもたあとでは物足りんのはしゃあない。しかし最後の一枚をここで食べてしもたんは残念無念ではございました。

 いやー、それにしても我ながら心嬉しい企画ではございました。また来年口果報がございましたら、これ持ってパリとか行きたい。あちらにもオーストラリア式の流行の波が到達してますし、若い人の台頭なんかもあって、けっこう面白いことになってはるさかい。ちゅうか普通に日本でやっても、きっといろいろ興味深いん違うやろか。少なくとも個性派が数多犇めく京都でやったら、かーなり愉しいと思うわー。
 あ、なんかこないなことを言わんならんのも野暮でっけど、こういう遊びは物陰でこそっと一人二人でやるさかいお目こぼしいただけるわけで、お店の迷惑になるようなことはせんといておくれやっしゃ。飲食のお店に外から喰うもん持ち込むんは基本的にはルール違反やからね。お多福はぱくっと食べてしまえるようなサイズやしまだアレやけど、なんぼ珈琲と喰い合わせがよさそうやゆうて、おはぎとかイートインしたらあきませんえ。
 きななこ散らかしたりとか滅相もおへんえ。

Runner Up

『Kaffeine』66 Great Titchfield Street, London W1W 7QJ
『HR Higgins』79 Duke Street, London W1K 5AS
『Maison d'etre』154 Canonbury Rd, London N1 2UP
『Falla and Mocaer』82 Parkway, London NW1 7AN
『Ottolenghi』287 Upper St, London N1 2TZ
『Esters』55 Kynaston Rd, Stoke Newington, London N16 0EB
『Lina Stores』18 Brewer St, Soho, London W1F 0SH
『Hotel Chocolat School of Chocolate』4 Monmouth St, London WC2H 9HB

入江敦彦(いりえ・あつひこ)
1961年京都市上京区の西陣に生まれる。多摩美術大学染織デザイン科卒業。ロンドン在住。エッセイスト。『京都人だけ知っている』シリーズ、『京都人だけが食べている』シリーズ、『KYOのお言葉』『秘密の京都』『秘密のロンドン』など京都、英国に関する著作が多数ある。現在、本の雑誌で「読む京都」連載中。2015年9月に『ベストセラーなんかこわくない』(本の雑誌社)を刊行。