第58回「喰意あらためて 05 あん」

 いま気づいたんやけどさ、ドラえもんの主題歌の大サビ、あんあんあん、とってーもだーいすき、ドラえーもんー……の「あんあんあん」て件のネコ型ロボットの大好物であるどら焼きのあんこにかけてあんの違うやろか。そう思うと、あの歌の多幸感{ユーフォリア}がますます高まってくるような気がしまへんか。あんあんあん。
 なんとのう宇能鴻一郎先生の書く悶え声にも、アタシ、聴こえてきちゃうんです……。あん♥
 かくのごとく、まことに「あんこ」ちゅうもんは人をしゃーわせな気分にしてくれはる素晴らしい存在やおまへんか。なんか文章がハイになって変な調子でっけど、あかん薬をキメてるわけやおへんえ。ただ、あんこのことを思い描きつつ、あんこの味を想像しつつ、あんこについて言葉にしているだけでアタシ、濡れてきちゃうんです……やのうて、儂(わし)は高揚してまうんです。きっと特殊なフェロモンが含まれてんにゃないかいな。

 53個。これ、なんの数字がわかりまっか?
 こないだ日本へ帰ったとき、二か月半の間に京都の誇る銘パン屋『マリーフランス』で買うて食べたアンパンの数ですわ。全部が全部粒あんパンでもよかったというか、それがベストではあるんですが、あっこの粒あんパンはすぐに売り切れてしまいよるさかい、ときには涙を呑んで他のもんで代用してたりもしました。
 あんドーナツとか、よもぎあんパンとか、フランスあんぱんとか、もちもちあんぱんとか、すんまへん、正式な名前は取材してへんしわからんのですが――ゆうか、こちらは取材拒否店。けど、エッセイの中で名前だすんとかはカメへんて許可もろてます――いろいろ。まあ、基本、どれも【餡塊】と儂が呼んでいる大量のあんこを極薄の皮で包んだもんには変わりありません。
 掌にのへた瞬間、その重さがもはやパンの仲間やないので初めての方は驚かれるかもしれまへん。なんぼなんでも大きすぎる、あんこ盛りすぎてるて感じはる人がいはってもおかしゅうない。おかしゅうないけど、ほっといてんかと儂は声を大にして言いたい。文句があるなら食べんとき。文句があるならベルサイユにおいなはれ。
 儂が声を大にしたいのはそれだけやおへん。よう具沢山やったり、ネタの大きさを競うような喰いもんがおますやろ、パテを何枚も挟んだバーガーみたいなんとか、賽の河原の石みたいに焼き豚を積み上げたラーメンとか、あるいはもっと単純に超大盛りやらメガ盛りやらの類いね。ここのアンパンは一見すると、そんなんのお仲間やと思われてしまいがちやけど決してそうやないんですわ。
 なにもメガ盛りを貶すつもりはおへん。外食産業における立派なひとつの在り方やと考えてます。でも、それらのスケールやポーションが洗練や完成度を高める要素であることは稀なんも確かなんです。あくまでインパクトやセンセーショナリズムを求めた結果でしかない。つまり、それらの量には量以上の意味がない。

 マリーフランスのあんぱんは違います。あれほど調和のとれた美しいバランスのあんぱんは、いや、喰いもんはそんなにあるもんやおへん。まるでバッハの平均律クラヴィーアのごとくに完璧です。あの味覚、あの食感であるからこそ、あの量を愉しむことが可能であり、ほとんど中身が透けて見えるほど薄くはあっても、あのパン皮で覆われる必然性が明確に舌の上で証明される快感! ほんますごい。
 お店の立地は、いわゆる西陣(北山に支店もおますけど)。織物 / 職人の街として知られてまっけど、まず茶道の中枢でもあります。サンダーバード1,2,3号基地のように三千家が集まってるんで、自ずと茶道の師匠{せんせ}らもようさん住んでお教室開いてはる。マリーフランスでは、しばしばそんな師匠らがあんぱんをトレーに並べてはる姿が観察されます。もちろんお稽古用やろし、丸ままやのうて4分の1くらいに切って供さはるはずやし、なによりケーザイ的っきゃけど、ほんでも町内に一軒は和菓子屋がある環境で、そういったみなさんに愛顧されてるアンパンちゅうだけでどんだけのポテンシャルがあるかは理解してもらえるでしょう。
 このアンパンのあんこは、店が長い歳月をかけて独自に作り出さはったもんです。すなわち、あんぱんのためのあんこ。横着して、とは申しまへんけど評判のええパン屋でもたいがい卸しの製餡所さんから仕入れてはるのが現状です。もちろん京都の専門店は素晴らしいクオリティでっけど、あんぱんのためだけに炊かれた小豆ではないわけで、マリーフランスと差がついてまうのは、これはもうしゃあないことと申せましょう。

 京都には、脇目も振らずにおはぎ道を――そんなもんあるんかどうか、よう知りまへんけど――極めんと精進を重ねておられる『今西軒』さん、なんて店もございます。ここで丸められんのがよそのどんなおはぎよりも天晴なんは、ご主人がおはぎのことしか考えてはらへんからですわ。あんこていうんは、しかしまあ繊細なもんやねえ。いかな和菓子舗のおはぎといえど、なかなかこちらの品を凌駕でけんのやから。たとえば松尾の『松楽』さんのなんか、ほんまに塩梅のええ銘菓やけど、おはぎやのうて和菓子に寄せてありますねわ。
 あんこを主体にした甘いもんは、お店で扱わはる品数が絞られるほど美味しゅうなる法則は京都に限った話やおまへん。大阪の『出入橋きんつば屋』のきんつばとか、大判焼き(京都でもいろいろ呼び名はあるようですが西陣では「太鼓まんじゅう」ゆうとりました)の『御座候』なんかが、その典型やと存じます。昔、梅田の職場まで京都から通とった時代、阪神百貨店にあった売り場で赤あんと白あん、ふたっづつ買うて小豆色の阪急で食べ食べ帰るんが楽しみのひとつどした。
 そんなんゆうたら和菓子屋はどないすんねん! て言わはる人もいてはるかもしれませんね。そういう方は、ちょっと目ぇ瞑って御贔屓店のケースを思い浮かべておくれやす。そこには意外なくらい、あんこが主役のもんが少けないはずですわ。茶席で使うような上生かて、あれは白いんげんとか大和芋、百合根なんかを裏漉したもんに糯米の微塵粉や求肥で繋いだ煉り切りあんで拵えられてて小豆の出番はさほどでもない。
 ね、ほかのもんかて、あんましあんこを美味しゅうに食べさせるためのお菓子やなかったりするでしょ?
 お店によっては屋形を持って、お菓子に負けんくらい、そらもう目を見張るようなお善哉やらお汁粉やらを出してくれはるとこがあるけど、あれはお菓子のためのあんこをお湯で割ってあるんやない。上記したように別誂え。『中村軒』さんとかはどっちも優劣つけられん魅力があんね。けど、その歓び、喰う快楽の質は全く異なる。
 こちらには名代の麦手餅とか麩まんじゅう、それに薯蕷饅頭、蒸し饅頭なども素晴らしいし、あんこ率はかなり高いめ。けど小豆の炊き方のバリエーションも相当ありそう。見えへんとこに、めっちゃ手がかかってる。この惜しみない手間暇があるからこそ現在の評判があるし、イケズな京都人もこちらを〝おまんやさん〟と格下に扱ったりはせえへんし、でけへん。
 もっとも儂はあんこを仕入れてやったはる店を悪いとはちっとも思てませんのやで。日常生活の中には、そういうとこも必要ですわ。そやなかったらスーパーの片隅に置かれてる手仕事のひとつも添えられてへん大量生産みたいなんばっかりがのさばってまうもん。軽食屋さんのサイドメニューにそこそこの大福やおはぎがあるゆうのも有り難いこっちゃし。それにね、京都の製餡所のあんこは、これがなかなかいけますのや。

photo ええ和菓子屋や甘味屋のあんこは明確な目的を持っているからこそ美味いのやと儂は書きました。ほしたら最終的な具体性を帯びない卸しのあんこ、根無し草のデラシネあんことはどないなもんや、お前は矛盾しとるやないか? と、こんどはそんなご意見が聞こえて参ります。お答えしますわ。それらの店は、ひたすらに、そのままあんことして旨いあんこを作らはんのです。
 みなさん、騙されたと思て、いっぺん『中村製餡所』さんのあんこを買うてみてください。見かけはちーちゃい町工場というか工務店というか、なんの飾りっ気もない様子で、もしかしたら呼び鈴押すのに躊躇しはる人らもいはるかもしれません。売っておられんのは、粒あん、こしあん、白あん。サイズは2種類。500gと1㎏。これがとにかく絶妙。宇能鴻一郎先生、出番でっせ。
 儂は、できるならお匙持って買いに行きたい(なぜなら道々歩き喰いしたいし)くらい、こちらのあんこが好きです。ゆーて当たり前ですやん、そのままで、なんの手を加えることなく完成したあんこなんやもん。まあ、糖尿持ちでっさかい今回は週一くらいに留めました。しかも500g。偉いなあ。儂。
 店頭でも細々とした和菓子作りの材料を置いたはるんやけど、ここまであんじょう炊かれたあんこやと、どないなもんに流用しても悪ないもんのなってくれはる。photoご近所にあるインドカレーの店『ヌーラーニ』のメニューには中村さんの粒あんを仕込んだ「あんこナン(!)」なんちゅう不思議なもんが載ってるんですけど、なかなかよろしおすのえ。本場の味にもよう合います。
 そやけど個人的には、あんこをいかにストレートに楽しむかを念頭に置いた食べ方がえん違うかなとは思います。トーストした『ハナカゴ』さんの英国パンにバタぬって、ここのあんこをたっぷり重ねたメニューは、儂が『開化堂カフェ』さんでイベントしたときの特別メニューやったんですが大好評につき品書きに定着したみたい。ご縁を繋げたこともやけど、ちょっとでもようけの人にこちらのあんこの快楽を伝導でけてめっちゃ幸せやわ。

「喰意あらためて」
→01
→02
→03
→04
→05(このページ)

入江敦彦(いりえ・あつひこ)
1961年京都市上京区の西陣に生まれる。多摩美術大学染織デザイン科卒業。ロンドン在住。エッセイスト。『京都人だけ知っている』シリーズ、『京都人だけが食べている』シリーズ、『KYOのお言葉』『秘密の京都』『秘密のロンドン』など京都、英国に関する著作が多数ある。現在、本の雑誌で「読む京都」連載中。2015年9月に『ベストセラーなんかこわくない』(本の雑誌社)を刊行。