江 弘毅
だんじりエディター、江弘毅が書いた書簡一覧。
JR西日本系列の元町駅構内のコンビニ。
従業員に「出た」。5月18日(月)江 弘毅写す。
「リーマン・ブラザーズが破綻しようが、テポドンが飛んでこようが、町内会がしっかりしていれば大丈夫」。これに「豚インフルエンザが流行ろうが」を付け足すことを、真っ先に思い出したのでした。
今回の豚インフルエンザ(しっかし「a型」とか「新型」とかよりも「豚」というのは字面も発語もいかつい)の最初の患者は、神戸そして大阪でした。先週の日曜日の昼にいつもの神戸の下町にあるお好み焼き屋に行ったら、当然のようにインフルの話で持ちきりでした。
というより大将とおねえさん、そして客の間ではその話しかしてませんし、その盛り上がりようは最高潮です。 その店は06年に書いた講談社現代新書の「『街的』ということーお好み焼き屋は街の学校だ」の舞台としてよく登場した店で、今度の「街場の大阪論」でも『「街のルール」と身体論』で書いています。
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投稿者: momo at 2009年05月20日 | 個別記事
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アジールとしての店。
桃知と懇意にさせていただくようになったのは、『「街的」ということーお好み焼きは街の学校だ」を書いたことがきっかけでしたが、この新書は、会社を辞めてちょうどこの編集集団140Bを中島らと立ち上げたときに書いたものです。会社の定款をどうするかとか、登記手続きで法務局に行ったり、取引銀行をどこにするとか、そういうときに「街的ということ」とは何かを、身をよじりながら考えていたのです。
まだ大阪・中之島の事務所には何もなくて、神戸の家のiMacでしこしこと書いていました。そうしながらメシ+飲みで近所のお好み焼き屋によく行っていて、そこのお好み焼き屋で鉄板の上でテコを動かしながら、あるいはビールのグラスを上げ下げしながら、鉄板を挟んで週3回4回と、急によく行くようになって、その店の同じ世代のにいちゃんねえちゃんご夫婦に、いろいろと話しながら考えたことを家に帰って書いてました。
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投稿者: momo at 2009年02月24日 | 個別記事
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戸口も窓もない「バロックの館」。
京都精華大の「まちづくり論」の講義も2年目になりました。こないだも「モナドなわたしとまち」ということで、桃知が再三言及しているところの「バロックの館」をばーんと黒板に書いて説明しましたよ。これは学生にとっても「おー」という感じでめっちゃ分かりやすい。
私には戸口も窓もないのだが、それはまさしく〈実存すること〉によってなのであって、私の内にある伝達し得ない何らかの内容によるのではない。〈実存すること〉が伝達し得ないのは、〈実存すること〉が私の内にあってもっとも私的な(個人的な)ものである私の存在の中に根を張っているからである」(エマニュエル・レヴィナス『時間と他者』 「〈実存すること〉の孤独」)
単子(モナド)と同じように、そのような個体にはいわば「窓がない」。異なる個体同士を包摂して、そこにコミュニケーションを実現してくれるような、一切の安易な回路はそこにははじめから存在してはいない。このような個体性を、外延として表現してみれば、それはまさしく「点」にほかならない。このような点には、もちろんのこと窓とてなく、点と点を結びつける媒質も、想像界によらないかぎりは、現実(リアル)としてはない。(中沢新一『フィロソフィア・ヤポニカ』p321)
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投稿者: momo at 2008年12月13日 | 個別記事
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「義理と人情」の「部分社会」。
一年でぶっちきりに一番忙しいだんじり祭も終わって、「やれやれ」と「さあ」が行ったり来たというところです。
岸和田のだんじり祭、この激しい祭礼に際しては、毎年毎年いろんなことが起きますが、根本は実に単純で、諸先輩方がやってこられた約束事をなぞるように、祭に向けての段取りやそのための寄り合いを繰り返し、祭当日を迎えて遣り回しをキメ、今年もええ祭やったと泣く。そこに「祭の二日は人の一年」といわれ「祭こそ人生」と例えられる喜怒哀楽があることです。
実際には、それこそ「10万人の町内会大決起集会」という感じで、それこそ桃知が言う「テポドンが飛んできても(銀行が破綻しても、福田首相が政権を投げ出しても)町内会がしっかりしていれば大丈夫」を地でいってます。
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投稿者: momo at 2008年09月25日 | 個別記事
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それぞれのお好み焼きを超えるお好み焼き屋、を編集する
このところ立て続けに東京のグルメ誌から、岸和田の「かしみん」について書いてくれという依頼があり、おもろいなと思ってます。
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投稿者: momo at 2008年07月29日 | 個別記事
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都会には無くなったハイボールは「街的」過ぎるわ。
こういう店やハイボールを連発で見せられと、こちらも何か書かかずにはいられなくなりますやんね。
そして彼は、それを思考的闘争として、(なにげに)『「街的」ということ』で、われわれにしかけてきた。「お前らの街にこれはあるか」、と。http://www.momoti.com/blog/2006/12/post_346.html
ということなのです。
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投稿者: momo at 2008年06月17日 | 個別記事
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野口五郎の「私鉄沿線」
改札口で君のこといつも待ったものでした
電車の中から降りて来る君を探すのが好きでした
悲しみに心とざしていたら花屋の花もかわりました
ぼくの街でもう一度だけ熱いコーヒー飲みませんか
あの店で聞かれました君はどうしているのかと
(山上路夫:作詞 佐藤寛:作曲 野口五郎:唄 1975年)
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投稿者: momo at 2008年04月25日 | 個別記事
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「商売」と「ビジネス」の間
毎日新聞からみの大阪市のまちづくり系のシンポジウムにパネラーとして呼ばれました。
メンバーは工学部ケンチク系の大学の先生と、都心のビルにそれにふさわしいイケてるテナントをひっぱってくる人、それと外国企業のオフィスを仲介する不動産屋さんのアメリカ人でした。
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投稿者: momo at 2008年03月29日 | 個別記事
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なるほど「安心社会」と「信頼社会」か。だんじりで言うと、「安心社会」の武士階級は、岸和田ではだんじりを曳いてませんでしたね。
「安心」はこの消費社会では今どきカネで買えますね、というか只今売り出し中です。しかし「信頼」というものは、それらの商品あるいはを担保するもので、そのそれらというのは「おもろい」も「旨い」もなにもかもがあって、そこに昨今の「安心」も加わってきている。
ジェーン・ジェイコブスが言うように「信頼」は、(街場の)顔が見えるコミュニケーションの反復による強度というものですね。
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投稿者: momo at 2008年03月16日 | 個別記事
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[「昼間から営業している居酒屋」。それをもてるのは、自分の時間を自分で決められる人々の住む街だけだ。]は、とてもいい文章ですね。いやテキストか。
錦・市場の漬物屋の井上の街や店についての記事の凄みは、彼が毎朝漬物を漬けそれを客に売り、時には昼から酒を飲み、夕には近所の魚屋で剰りを貰ってきたシマアジのカマをカンテキの炭火で焼いて喰っている、街的実生活者としてのリアリティにあることです。その軸足でしかものを書かない。
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投稿者: atsushi at 2008年02月26日 | 個別記事
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