『せやし だし巻 京そだち』 小林 明子 (原作), ハンジ リョオ (漫画)
京都ど真ん中の呉服問屋に生まれ育ち、今も京都に住む雑誌ライター小林明子さんの少女時代を綴ったコミックエッセイ。漫画は売り出し中の若手ハンジリョオさん。舞台となった昭和40年代の京都はハンジさんがまだ生まれてない時代ながら、原作者小林さんをして「あたしの頭の中を覗いたか、タイムマシンに乗ったの!?」と驚嘆せしめた。
淡交社の雑誌『キョースマ!』の「錦市場特集」が小林・ハンジの最初の仕事だったが、その時にハンジさんが描いた「中京のアッコちゃん」という4コママンガが小林さんの記憶に残り、「これ本にしたら絶対に面白いよ」と東京のある編集者からも薦められて小林さんは「本にしよう!」と決意。それから1年近い年月を経て出版となった。
タイトルについては二転三転あったが、発売2カ月前にこれに落ち着く(後述)。小林さんは次のように書いている。
せやし は、便利な言葉である。
後に続くのが否定の言葉でもいいし、肯定でもかまわない。
そのどちらでなくともかまわない。
英語の「you know」。「because」ほどカタくない。「あの〜」みたいなもん。
こんな風に断言すると、京都評論家の人が怒ってくるかもしれないが、少なくとも私たち京都の女子は、そのように使ってきた。
(あとがきより)
物語は60〜70年代、京都・中京区の呉服問屋に三姉妹の次女として生まれた主人公アッコちゃん(小林明子)と周囲の人々が織りなす、昭和風味満載の「京都家族」物語である。
躾に厳しいファミリーの面々、出入りする職人さん、お手伝いさん、ナゾに満ちたご近所の人々...。当時は「子供は社会の中で、いろんな人によって育てられる」というのが普通だったことが分かる。
「いけず」のひと言ではくくれない、愛すべき京都人の「ややこしさ」とことんを描いた、リアル京都なコミックエッセイである。
この本は朝日新聞や京都新聞だけでなく、共同通信でも紹介されたし(後述)、大垣書店四条烏丸店では発売3週間後に小林明子・ハンジリョオ両著者を招いてトークショーも開かれた。また1カ月後には富小路三条のギャラリーH2Oにてハンジリョオさんの原画展も開催された。
社会的な反響も大きかったが、。発売後にずいぶん経過しているにもかかわらず、この本を読んだ人たちがいろんなブログやツイッターで書いてくださっていることが実にうれしく感じる。
京都で知り合いの家を訪問した際、その家の人にぶぶ漬けを勧められたら帰宅をさりげなく促している、というのは有名な話。「一見さんお断り」の精神文化にも代表されるように、京都には"裏"の顔がある。
本書は京都の老舗呉服問屋に育った著者(アッコちゃん)の子供のころの話を描いたコミックエッセー。叔父や叔母、住み込みのお手伝いさんも合わせて13人の大家族で暮らしていたというのだから、爆笑エピソードが満載。京都版「ちびまる子ちゃん」だ。
「いかなる時も人の目を気にするべし」というのが京都人の流儀。見栄っ張りで、行列に並ぶのを恥ずかしがり、誰に見られても恥ずかしくないように振る舞うのだそう。
例えば、アッコの母。アッコが風邪をひいて休んだときに、先生がお見舞いに来ると聞いて、パジャマを新品に替え、寝床を客間に移動させる。旅行に行く前に、肌着を必ず買い替える祖母。いつどこで病院に担ぎ込まれても、恥ずかしくないように。
いつの間にか著者が聞こえるようになったものは、京都人の裏の声。「ほっそりして着物がよぉ似合わはるわぁ」というのは、「あの人痩せすぎで、しがんだ(※茶カスのように水分がなく魅力がない)みたいやなぁ」ということ。
No.1観光都市の"京都"を支えるおもてなしの心は、京都人の表と裏の顔でできている!? 京都で暮らすには、まだまだ修業がかかりそうだ。
(140B 933円+税)=江藤かんな
(共同通信)
「中身は面白いと言ってくれるんですがね、このタイトルでは伝わりづらいとあちこちの書店さんで言われて...」と販売のアオキが営業から戻ってきてこぼす。
弊社がつくる初のコミックエッセイは、京都のド真ん中の呉服問屋で生まれ育ち、雑誌の京都特集で数多く執筆しているライター、小林明子さんの原作。13人家族で三姉妹の次女だった小林さんは幼稚園の頃から「家事労働補助要員」だったそうで、昭和40年代&京都&大家族の笑えたりホロっときたりする話を、若手のハンジリョオさんが描いたもの。「雅でもはんなりでもいけずでもない、リアル京都家族マンガ」である。
最初のタイトル『中京のアッコちゃん』は「チュウキョウって名古屋の話?」という声でアウト。それで『京都・呉服問屋のアッコちゃん』なら文句はないだろと自信満々で販促したら、冒頭のご指摘を書店さんからいただく。「呉服屋さんの職業マンガと違うでしょ?」おっしゃる通り。
「もっとええタイトルが見つかるはずやし、みんなで考えよか」
2月のある日、作者のお二人にアートディレクターのサカモトさん、販売のアオキと私の5人で集まる。何だかんだと紙に書いては消していくうちに、最終的に一つだけなら何を残したいか、という話になって、原作者がまず...
小林「やっぱりだし巻きやね。あれ出されて怒る人いてないやん」
青木「ハンジさんはどない?」
ハンジ「だし巻きが登場する話は気に入ってるので賛成だけど、都育ちという意味を入れたいな」
坂本「それだけやったらいかにも京風って感じなので、何かリアル感のある言葉を足したいですね」
中島「リアル京都な言葉いうたらやっぱり"せやし"かなぁ...」
かくして、美味しそうなだし巻きの黄色が表紙の『せやし だし巻 京そだち』という商品が世に出たのだが、こんなタイトルに着地するとは全く想像の範囲外だった。
おかげさまで『せやし...』は順調な出足だが、そのこと以上に嬉しかったのは、「もっとええタイトルがあるはずや」という書店さんからの「お題」に対して、一つの答えまでたどり着けたいうこと。
あれが正解かどうかは分からないが、当初目指した「そうそう、こんな本」というイメージは形にできた。書名が最初から明確な時もあるが、大概はイメージだけで「言葉」になっていないことが多い。言葉を探す道中で書店さんと一緒に歩けてラッキーでした。
(『文化通信』'10.6.14付/中島淳「大阪発・暑苦しい版元の話5」)