第二話 路地裏情話

阪急池田駅前にある栄町商店街は、9年前に来た頃は夜は真っ暗だった。
しかし団塊世代が定年を迎える頃から、夜の町に変化が訪れた。

価格の安い定額カラオケスナックは、それ以前から存在したが、新たにこの数年で、個性的な立ち飲みが、うんと増えたのである。

池田駅周辺の立ち飲みは、いまは10軒近くあり、個性を競って常連客招致にしのぎを削るようになった。

今日行くのは、商店街の裏と言う立地条件の悪い所に昨年出来た立ち飲みだ。
ここの名物は美人の姉妹がやっていることで、手料理も評判が良い。
池田の立ち飲みは客層もややこしくないので、女性客も交じる。

まずは生ビール(380円)を飲みながら、当店自慢の手作りハンバーグ(300円)を注文する。

ところで私は、たまに息子と酒を飲む。

どちらともなく機会を持ち寄り、私の家に倅がやってきて、近所に飲みに行ったり、
銭湯に一緒に行き、そのまま泊まって行ったりすることがある。

第三者がそれをみて、「あっ」と言ったり、驚くことは多い。
成人した男性同士で、同居もしていない親子が、酒を一緒に飲むことは珍しいのだろう。

自分が、大正生まれの親父と、飲みに行くことはなかった。
時代の空気なのか、奢ってもらおうとも思わなかった。
亡くなった父はお金を持ち、ずっと強いイメージがあり、そこに頭を下げることが少なかった。
また、私が30くらいまでは、あまり飲めなかったこともある。

私がこういう境遇になったのは、早く隠居して、家督と言うものもないが、倅にいろいろな考え方を、成人して社会人になる頃から、伝えて行きたかった。

私が昔から使う、「続いている店」に連れて行き、倅を紹介して、何かの時にこういう店も覚えておいた方が良いと、ただそれだけである。

それは、伝授みたいなものでもないが、今は酒場に行く方法も様々だ。
良い酒場をどうやって見つけるかは、カンみたいなところも要る。
サラリーマンは、上司に連れられて行き、新地などの高い店も覚える。
それは昭和の時代には、普通にあった風景だ。


酒飲みとしては、使命感でもないが、ある程度、喋ってみたいテーマとか、共通の考え方なども、肴にしてもよいだろう。

二杯目の酒は日本盛の大吟醸(400円)にする。

しかし今の時代は、核家族化や、結婚離婚などの問題もあり、こういう場を設けさせてもらえることは、ささやかな、幸せへの答えの出し方なのだと思う。

私はいま、ひとりで生きているし、特に大きな望みはない。
会社は辞めてからの時間も長い。

酒は何のために飲むのかと言うと、結構自分と向き合うために飲む。
大抵はひとり酒場で、居合わせた人と、話が弾めば、一緒に喋る。

私が、なんとなく、こんな生き方に変わった理由は、いろいろな現実から早く降りてしまったことがある。

実は息子は高校の時に、一度学校を退(や)めている。
1年の時に、それがあり、私も家内も、バリバリ働き、稼いでいたのだが、「お受験」でうまく行った筈が、子どもの声が聞こえていなかったのかもしれない。

その時に、家族として苦しんだが、上手く答えがすぐに見つからず、私はある日、思い切って、息子を夜の街に連れて行った。

アルコールはもちろん飲ませられないが、大人たちの生態を見せてやり、何者かになろうと、もがいている少年に、カリカリしないよう、何も言わずに理解してくれるように、一緒に時間を過ごした。

生きるということは、何かになることでなく、一見くだらない時間の中に真実があるのかもしれないと。

それから長い月日が経ち、私は収入もうんと少なくなり、こうやって北摂の片隅で、ひとり細い道を歩くように生きている。

たまに近況を知らせるように、友達も遊びに来るが、その中に自分の息子も居る訳である。

老後に何をするのが良いのか私は判らないが、たまに親子で飲む酒は、人間を裏切らないような気がするだけなのである。

【今夜のお店】

『恋待(こまち)』
池田市栄町3の17 (アーケードの一本裏)
TEL050-5349-3227

生ビール380円、ハイボール350円より
おつまみ200円から400円程度

16時開店ー22時
木/祝日定休

弘津 興太郎(ヒロツ コウタロウ)

新聞社を50歳で早期退職。私鉄沿線の路地裏長屋に棲み、立ち飲みと銭湯に通うのが日課。
好きなものはヤレたイタリア車。