第三話 金木犀の夜

二人の男は、入って来た時から酔っていた。
今日はここで4軒めだという。

60代半ばの完全リタイア組だと思うが、それは後で当たっていた。

私はここのママの昔の可愛い娘ぽさが好きで、それと一番小洒落た立ち飲みだと思っている。
客層は男性が多いが、中年の女性も男性に連れて割と来る。

一杯めは定番の生ビール(400円)を頼む。
綺麗なカウンターにはオリジナルの店の名の入った箸袋に挿されたお箸と紙お手拭きが入店同時に並べられるのが、しきたりだ。

宛はなんにしよう。南蛮付けの魚も美味いが、家で自製した所なので、きょうは、タコ酢(350円)を頼んで、ちびちびやりはじめたら、男性二人組が入って来た。

先に居て出来上がっていた客は、入れ替わりに帰る。
私と、ママと、二人組になると、場の空気を支配するようなテンションになる。

どうでもよく、テレビなど見ながら、私は横目でカウンター挟んだやり取りに関わらずに飲み続ける。

そのうちに、この男たちの、なんとなく面白くない感が感じられる話の流れになり、ちまちまママに絡んだりし始めた。

おじさんたちは、昭和28年の同期らしい。ということは65歳か。
一人の男の機嫌というより、失敗した人生という言葉を口に出す。

もう一人が、酒の肴に持ち上げたり突っ込んだりするのは、半ぶん笑えるがうっかり声は出せない。
その内にママの年齢など聞こうとするので、常連に近いのだろうが、
「○○さん、今はそれは聞いちゃダメ。セクハラになりますよ」
やんわり嗜める。

片方の男は、職場でセクハラもパワハラも当たり前だった時代を生きて来た(そして退職した)年代のままで、今にちを生きているのだろう。
だから2018年の世の中が面白くない、気持ちは判る。

私はグラスが空いたので、ヒゲのニッカの水割り瓶(550円)を頼む。
安くて数杯水割りが飲めるので、手酌派向きである。

宛は、おでんでも食おう。三品で300円だ。

おやじさんたちが、ちょっとアレなので、シマを変えても良いが、今日はもう少し飲むことにした。

片方の男が、腐っている方を、放浪旅行の達人で、新聞紙を巻いて、青カン(駅や外で眠ること)してたやないか、というあたりで笑いが出る。
私もようやく突っ込む。それなんですか。

聞けば定年まで大手旅行代理店にいて、最初は理系だから予約システムのエンジニアだったらしい。

東京にシステム統合の際に、関西に残って一般職になり、辞めなかったが、そこからの人生を、ああでもないこうでもない、言って飲んでいるみたいだ。

俺も元サラリーマンですよと言いながら、放浪旅の話を聞いたりしているうちに親父たちの表情が、ぐっと変わってきた。

中高年の男たちにとり、居場所の少ない時代になった。
私も複数の仕事を掛け持ちしているが、隣の北摂の市の事業絡みで、今年から「居場所つくり」テーマの通年事業に関わっている。

夜の立ち飲みは、大人の学校だ。

そこに集まる人生は、ため息の授業もあれば、不平のはけ口もある。
しかし、何か生きている人たちにとり、社交や、もっと言えば孤独から出て、少しでも自分らしさを取り戻せる一瞬になれば。

私は、そんなことも考えて、夜の町に毎夜彷徨う。

今日は、女性と会話するような粋な夜にはならなかったが、前回来た時は、ここで一人の女性と仲良くなり、彼女が先に帰ったとたん、
ママから「コウタロウさん、良かったわね〜♡」と、賞賛されたこともある。

その時の余韻を引き摺っていたから、今夜は細い扉を開けたのだろう。


【今夜のお店】

「I間」(あいま)
池田市城南2−7−1 池田郵便局の角を南方に100m 餃子の王将の横

営業時間:17:00-21:00  月曜日と祝日が定休日

電話番号:090-5643-7680

弘津 興太郎(ヒロツ コウタロウ)

新聞社を50歳で早期退職。私鉄沿線の路地裏長屋に棲み、立ち飲みと銭湯に通うのが日課。
好きなものはヤレたイタリア車。