第四話 師走に思う


毎日は、連続の暮らしだけれど、私にはこれといった夢もない。
その日の生活費が稼げたら、あとは家に帰り自炊して寝るだけ。
時々、若い頃のことを思い出したり。

それで楽しくないのかというと、そんなことはない。
家は昭和初期築の長屋であるが、今年の大きな地震にも倒れなかった。
雨が凌げて、生きることさえ維持できれば、日銭で入った日当で飲むこともある。

歩いて数分のところに、立ち呑みや銭湯がある。
そう言う所に行くと、大都市と違った色のあるコミュニケーションが存在する。
いや、展開すると言っても良いだろう。

この秋は、去年の秋とも違ったし、来年の秋のことも判らない。
ただ、北摂の静かな、田舎と違う古い町にいると、季節感だけは濃厚に感じる。
原稿を書いていると、雨が降ってきて瓦の色を濡らして行く。

酒にまつわる話を書くことになったが、私にはどんな酒と場所が相応しいのだろう。

身銭はごく僅かで、ポッケに1000円もない日の多い私には、嘘は書けない。
だから行きつけのとっておきの店の話を今日は書く。


北摂のある町に来たのは、9年前だった。
人生は散々迷って早期退職し、家族と離れて、一人で古い家に居を構えた。

夢中で半年が過ぎた秋の日に、まだ私は若かったので、自分の居る町に
「居場所」を探して、飛び込んだ先でいろいろな話をしていた。
そんなある日に、商店街の外れに出来た一軒の店に気が付く。

お誂え向きに、居抜きで入った古いスナックが、立ち飲みに転用されている。
酒の値段は、大阪市内より数段安いが、ここはもっと安かった。

安いだけなら、それ以上気にはしないが、開店して日の経たない店に客は少なく、
店の主人、今では「マスター」と呼ぶその男性と、自己紹介兼ねて、
自分が今この町にいる理由を話した。

するとこの主人も、今年の初めの頃に、この町に来て、ようやく店を開けたが
元々、何の縁も無い北摂で、店を出す気になったという「新参者」であったことが判った。

それからの8年の歳月は、今日はさて置くが、その店は今も続いており、夕べも飲ませてもらった。
ハイボールのトリスは、なんと一杯200円である。
あては乾きものと、電子レンジ、オーブントースターで加熱できるものだけ。
つまり未だにガスは、契約せずに、冬でも水でグラスを綺麗に洗っている。

先月から、メニューに出さなかった、マスターの夜食であった、うどんとそばがついに賄いから昇格して、
公開されて、腹を減らせた酔客が注文してはどっと湧く。
湧かした湯で出汁を薄めたうどん・そばだが、駅前の名店より
美味いと戯れていう人もある。(これは冗談だから気にしないで下さい)

私は先月、別の所の仕事で、現代「居場所考」といった内容の発表をし、
『立ち飲みも「居場所」の一つ』といった、変則的な提議をして、こういう場所が
地域の「居場所」のひとつに成長するまでを、世に問うた。

なぜ立ち飲みが居場所なのだろう。

この店には、地元の最高齢の88歳と82歳の「独身男性」がときどき連れもて飲みに来る。
おそらく立って飲める男性の地元在住者としては、最高齢であろう。

しかし二人とも矍鑠とした生き方で、頭の方は全くボケていない。
軽口を若者(70代以下)が叩こうなら「ぴしゃり」とやり込められる。

プライベートなことであるが、この男性たちは、共に連れ合いを近年亡くされて
立ち飲みに来ることが、色んな意味でも「レゾンデートル」なのである。


“最強コンビ170歳”だけではなく、この店には40代、50代が一日の働きを終えてから
男女の区別無く、みんなばらばらにやって来るが、曲がったカウンターの向こうから
話をしたり、知り合いになったり、もちろん一見さんが来ることもある。

場所は、空気だし、気になったり、気に入った客は「リピート」する。
そのうちに、この店がただの店と思う人は気付かないであろうし、
“サムシング”を感じた人は、場所に溶け込む努力を始めるが、それは強いられる努力でなく、
「おもしろい」と感じることが、蹊をつくることなのではないか。

それは、どこの町や場所に於いても、普遍の真実なのかもしれない。
私は偶然、近所にそういう店が出来て、往来する常連客とのコミュニティーを形成して、
毎日の暮らしの、愁いを発散する箇所のひとつにさせてもらっている。

但し、自然環境の良さと、大都市ターミナルでもなく、程よい人の行き来のある北摂の小都市。
中世以来の歴史も色濃く、昔の京都みたいな文化も残る。
それは、客層に反映しているし、私は話し相手により、話題は文化から昔の音楽まで、様々に変える。
この街は、いしだあゆみと奥村チヨを、輩出した町なのでもある。


【今夜のお店】

「グリーンエプロン」

池田市栄本町1-6  阪急池田駅を降りてアーケード商店街の
1番街、2番街の間を横切る道を右に15メートル。「おやじカレー」隣

☎︎ 090-3990-9920

アルコール類1杯200円から、角のハイボール300円
おつまみは100円から300円程度

16:00-24:00 毎月1、3木曜が休みが多い 
年末は31日の除夜の鐘まで営業

弘津 興太郎(ヒロツ コウタロウ)

新聞社を50歳で早期退職。私鉄沿線の路地裏長屋に棲み、立ち飲みと銭湯に通うのが日課。
好きなものはヤレたイタリア車。