第七話 正月の酒

新年が明けてもう戎も残り福になる。
年末からガードマンの仕事を始めて、大晦日と元日以外の日は仕事が入った。
3日は仕事が入らず、今年初めての酒を外で飲もうと、近所に出向いた。

そこに居たのはたまに遭遇する、音楽好きで少し年齢が上の男性。
隣には、奥様が珍しく同伴で、正月ムードで楽しんでおられる。

「コウタロウさん、明けましておめでとう」
今年もよろしくと、なごやかに会釈する。

昨年の私は、いろんな意味で反省の多い年になった。
この、北摂というベースに棲み着いて、9年になり、いろんな友人ができた。

人生も今年でいよいよ満60歳となる。
干支は亥年だから、年男でもあるが自分がもう還暦かというのが、感慨も深い。

ガードマンの仕事をするのは、初めてだが、今の自分の年齢を考えると、最近はアルバイトを複数することで、ちょうど好いのではないかと思うようになった。

50歳までは、新聞社におり、その後は非常勤の公務員をやり、数年前までは車のパーツ発送の仕事をしていた。
その間に長く続いた親の介護が終わり、家族と離れたが、子供たちが続々成人して社会に出て行ったから、私はようやく肩の荷が降りて来た。

別居中の妻と別れたのは、理由が判らないが、脱サラのあと私がしゃきっとしなかったからだと、思っている。

しかし一人の人間として生きていることは、事実だし、こうやって北摂と人生のことをテーマに、書く機会を頂けるようになった。

さて、お会いした男性から出た話は、ミュージックでなく、クルマの話題である。
いきなり1960年代の、伝説のドライバーの話が飛び出す。

その、浮谷東次郎の著書、「がむしゃら1500キロ」を、若い頃に読んでいたので、話が噛み合い、男性が若い頃から、大変クルマのことが好きだったことに、改めて興味を持ち、正月から酒と話に次第に夢中になり始めた。

浮谷東次郎という人は故人で、日本人初期の天才ドライバーと呼ばれる。
しかし活躍したのは1960年代前半だから、私でも書いたものしか知らない。

昭和の終わりまでに青春を体験した者は、誰でも一度はクルマと言う物に熱に浮かされて、実物に夢中になったり、伝説のレースシーンに憧れたものである。

飲みながらの自動車談義、次から次に話題が展開して、男性の隣におられる奥様はそっちのけで話が続いた。



飲んでいるバーのすぐ近くを、国道176号線が走っている。
大阪の阪急前を出たこの国道は、池田市内の西本町交差点で左折して、宝塚、三田、篠山と通り、福知山に通じる長い国道だ。

池田までの区間は、江戸期には、能勢の妙見に通じる街道であり、能勢街道は大阪(大坂)から池田を通り、妙見山参りに向かう人で賑わった道である。

そのストリートに沿って、豊中の服部や、岡町と言った古い町が北摂の地図をつくり、池田は北斗七星の要のような、位置にある。

今は自動車やトラックが、引っ切りなしに通り、立ち喰いのラーメン屋にいると地響きがするくらいすれすれの所を通る。

こういった時代のスパンや、区切りの中で私たちは、数十年の時間に生きて、共通項の話題が出ると、あの時代のクルマが良かったとか、あの音楽が自分の人生に与えた影響とか、そういった話題に夢中になれる。

私はよく酒を飲みながら、邯鄲の夢のように時を忘れる。
というより、自分が酒の中に溶けているような、感覚に落ち入る。

時代を感じさせる町にいて、正月酒の中に、過ぎ去りし昭和の思い出やもうすぐ終わる平成の時間も感じて、健康に正月を迎えられて、いなくなった父母や姉のことも、思い出したりする。

今年は、それほど寒くはないが、こうやって平成最後の年が、スタートした。
酒場で遭遇する人たちとの他生の縁、一緒に話をさせてもらったり、酒場に顔を出すのも、続けられるように願う。
まずは健康に60歳を迎えたいし、それが一番の褒美だろう。

【今日のお店】
タバーン「317」
大阪府池田市栄町3-17
阪急池田駅降りてすぐ。栄町商店街入り口の「太郎兵衛寿司」の隣。

電話番号 070-6928-3071
営業時間 17:00ー25:00
不定休(火曜休みが月に2度程度)

ビールはサッポロ黒ラベルの生(400円)と、エーデルピルス生(600円)
ワインはマスターが選んだものを、好みに合わせて勧めてくれる。
赤、白、発砲系と豊富(グラス1000円〜)
日本酒は、数種類。ワイン感覚でマスターが選んだものが置いてあり、好みを言って、常温か冷やでいただく。

料理は3種盛り(600円)がお勧め。チーズ類もこだわる。
空腹ならパスタ類を注文すると、カウンター越しに作ってくれる。
基本は飲む店。

弘津 興太郎(ヒロツ コウタロウ)

新聞社を50歳で早期退職。私鉄沿線の路地裏長屋に棲み、立ち飲みと銭湯に通うのが日課。
好きなものはヤレたイタリア車。