第10回「あのアスパラガスをもう一度」

photo よう肉が好き? 魚が好き? という質問がありますけど、そういうときは「両方好き」と答えるしかありません。そんなもん決められまっかいな。しいてどっち? といわれたら「野菜好き」と答えます。とことんヒネクレとんな、この男。
 では、どんな野菜が? となると、こないだ胡瓜愛について書いたとこですが、まず、いの一番に挙がんのがアスパラガスです。喰いもんの記憶を辿ると忘れられないアスパラガスの想い出がいっぱいあって我ながらこんなに好きやったんか! と意外なほど。
 人生で最初にウマイ! と舌で鼓をポンポンポンポンポーン! と五番目物もかくやの勢いで打ったアスパラガスは、いまはなき京都の名洋食屋『金平』で食べた白アスパラ。これはきっと上等の缶詰か瓶詰めやったと思うんですが、こんなもんが世の中にはあったのかと感動しました。子供やったからかもしれませんけど、儂(わし)の知っている、どんなもんにも似てへんかった。極太でね、ただ、マヨネーズが添えてあるだけやったけど、あれは美味しかったなあ。

 イタリアはミラノ。名前も場所も覚えてへん、なにげのう入った場末の大衆食堂みたいなとこで食べたピザにも鼓を乱れ打ちました。うっすい薄いぱりんぱりんの生地に濃厚なトマトソース、そのうえに十二本もの丸々肥えた緑のアスパラが丸まま載せて焼いたぁるシンプル構成。チーズさえかかってへんかった。サイズはお盆ほどもあって、おっちゃんふたりが隣のテーブルでシェアしたはんのを見て「同じの」と注文したんやけど、まあまあ、これがトンデモなく美味かった。もちろん一人で完食しました。

 東京・三田の『コートドール』でいただいた白アスパラガスも忘れられません。シェフの斎須さん曰く「北海道の大地が生んだ乙女の白い指先」に、温かいヴィネグレットソースを浸け浸け食べるんですが、もう、たまりません。日本に住んでいたころは春の終わりになると予約の電話口でもうあるかどうか尋んねて毎年いそいそ出掛けたもんです。合わせんのは必ずシャブリ。何年のやったか忘れたけどWilliam Fevre との相性が素晴らしかったんを覚えてます。

 そのほかにもルクセンブルグの朝市で買うた堀川ごんぼみたいに太い、半分白、半分紫のやつ。帰国する日やったんでイギリスに戻ったその夜、湯搔いて溶かした『エシレ』のバターで食べたんですが、いままで家で食べたアスパラガスの中で群を抜いて美味でしたね。一瞬、ルクセンブルグに引っ越そかと真剣に考えたくらいやった。
 あとは、パリのレストラン『ラミ・ルイ』で出してもろた、まるで麺類みたいに細い細い野生種(ソバージュ)の山盛りサラダとか、ああ、これもパリやけどセーヌ沿いにあった時代の『ランブロワジー』の一皿。オレンジ風味サバイヨンソースをかけたやつをいただき、棟方志功のように「仏様は有り難い仏様は有り難いあーあ仏様は有り難い」とぶつぶつ呟き続けたのもよい想ひ出。回りの人らは気持ち悪かったやろけど。

 まだ移り住む前、張り込んで泊まったロンドンの『ブラウンズホテル』(へえ、ミーハーのクリスティヲタです)のルームサービス朝食のアスパラガスも忘れられまへん。エッグスタンドに座った、やらかいやらかい煮抜きの黄身に浸け浸け食べるんですわ。英国にはパリのような〝粋〟はないけど、ここにしかない種類の〝洗練〟があるなあて思ったもんです。
 ここに書いてきたようなアスパラガスたちは、きっと死ぬまで記憶を反芻するやろなーという気がします。こんな儂にかてドツボにはまった恋愛やら、別れても好きなやつがおりまっせ。けど、よしんば命数が尽きようとするベッドの上で、ふと思い浮べるんは、儂の場合そういう人らやのうて『金平』やミラノのアスパラガスやないかなあ。
「悔いを残す」の【悔い】という言葉、もしかしたら儂の辞書には【喰意】と記載されてたりして(笑)。

 死の床で喰意を残さないため、喰意改めてこれからもせっせとアスパラガスを喰う所存ではございますが、さて、いつ、どこで出会えますやら。そもそも喰意が残ってんのはアスパラだけやないもん。あのときのアレ、いつぞやのナニ、いっぱいある。なんぼでもある。想い出補正がかかってるんかもしれんけど、アレもナニもほんまに美味かった。
 きっと自分という人間から喰意が完全に消えてしまうことはないでしょう。そやけど、ひょっとかしたら思い残すことばかりで死んでいけるほうが幸せな人生なんかもしれません。

「喰意あらためて」
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入江敦彦(いりえ・あつひこ)
1961年京都市上京区の西陣に生まれる。多摩美術大学染織デザイン科卒業。ロンドン在住。エッセイスト。『京都人だけ知っている』シリーズ、『京都人だけが食べている』シリーズ、『KYOのお言葉』『秘密の京都』『秘密のロンドン』など京都、英国に関する著作が多数ある。現在、本の雑誌で「読む京都」連載中。2015年9月に『ベストセラーなんかこわくない』(本の雑誌社)を刊行。