第45回「喰意あらためて 03 木の芽」

 日本に帰国中でございます。公約通り嘘偽りのう毎日筍を貪る毎日。充実してますわ。こうして久しぶりに筍三昧して気ぃがつくんは、どんだけ京都人が木の芽が好っかゆうこと。もしかしたらこの都市に暮らす人らの執着は、むしろ山椒の木の芽のほうにあるんちゃうかという気持ちにすらなってきます。その役割は薬味やハーブの領域を完全に超えとる。もちろん鞍馬というええ山椒の産地が控えとるさかいという地理的な理由もありますやろ。そやけど、それだけでは説明がつかん愛情をもつ人種と申せましょう。もー、わたしらいつでも舌痺れてぴりぴりでっせ(嘘)。
 こないだ西山の筍の話を書いたばっかしやけど、特定の食材への煩悩を懺悔するシリーズを木の芽の香りに誘われて書きとうなってしまいました。

 京都では筍料理のみならず、いろんなもんに木の芽が登場します。なにかにつけ口にする機会は多いですが、そんなかでもやっぱしとりわけ記憶鮮明なんは『草喰なかひがし』さんの「木の芽ごはん」ですやろか。
 信楽焼きの羽釜で炊いた世界で一番おいしいごはんに、ただただ花山椒がまぶされただけの一品。香川は『かめびし屋』さんの乾燥醤油をぱらり。魚のなんかがちょんと乗ってそいだけ。京都人にしてみたら「うわぁ♡」でっけど存外これがウケなかったりするんですわ。よそさんはどうやら木の芽の量に引いてしまはるみたいなんです。
 たまたま居合わせたお客さんらを横目でちらちら観察してると、木の芽を半分以上除けて残したはる人やら、最初から「あまり載せないでくださる?」とリクエストする人やらばっかり。そのたびにご主人の中東さんは胸が塞がれるような表情を浮かべたはる。そこで儂(わし)が「すんません。うちは木の芽大盛りで」とお願いすると、ぱあっとお顔が晴れてゆくのがおかしいやら、なんやら。
 ちなみにこれ、昔のお弁当でおかあはんがお醤油をからめたかっつお節を挟んでくれはったみたいに、ごはんとごはんの間にも木の芽が挟まってはります。
 いまだに「贅沢」という言葉を見るたび聞くたび味蕾に蘇るんが『魚津屋』でいただいた鍋。木ぃの鑑札札がついとるような桜鱒を上品に甘さを含ませた醤油したてのおだしでしゃぶしゃぶしていただくんやけどこれがすごかった! 鍋に大箱の花山椒をまるまるひとつ投入しはったんです。ほんまに野菜のように木の食べたんはこれが最初で最後。くらくらしましたわ。お勘定にもくらくらしましたけど(笑)。こちらはカードを扱わーらへんので実はお恥ずかしいことにお財布の中身が足りんようなって翌日再訪したんも山椒みたいにピリッと辛いけどええ想い出です。

 花山椒ゆうんは文字通り、実ぃではなく花や葉を食べるための木ぃで、実を採るための実山椒の木ぃとは別もんやと教わりました。雄株と雌株の違いとかかもしれませんが詳しゅうは存じません。香りはどっちも変わらへんけど、花山椒の木の芽はまるで美女のため息のごとき柔らかさ。例の舌を痺れさす刺激もずっと優しい風味。ほんまに春そのものを形にしたような京のハーブどっせ。
 この花山椒を、それも庭先にすくすく伸びる木の穂先から捥いできたばかりの、その棘までもが食べられるほどに柔和な若芽を竹籠にわさっとお座敷に持ってきて下さったのは市原にある鶏料理『瀬戸』の女将さん。儂が木の芽に目がないと聞いてお土産にと摘んできてくれはったんやけど、「これな、こうしはったら美味しおすえ」と拵えてくれはったのが木の芽酒。拵えるもなんもグラスにたっぷりの木の芽を詰めて冷酒を満たすだけなんやけど、限りなく短い旬と、そこに行かねば味わえない希少さゆえか「拵える」ゆう言葉がぴったり。いささか飲みすぎるほどに美酒やったなー。
 こないな偉大なお店の料理を語ったあとで、おのれの手料理の話なんぞ恥ずかしゅうてでけたもんやないんでっけど、いっこだけ『瀬戸』でもろた木の芽の顛末だけ記しときまひょかいな。

 まずは筍。もちろん塚原の朝堀りを竹林で茹でて市内に売りに来てはるおっちゃんを知ってるんで、そっから鏡に映った我が身のごとく肥えたやつを買ってきました。
 ほんでな、上のほうの柔らかいとこはな、あんじょう櫛に切って鞍馬の玄関でもある出町の『尾崎食品』さん謹製の綱こんにゃく、やっぱり出町にある『改進亭』さんの牛のブリスケ肉とたっぷりの九条葱ですき焼き風に炊きましたんえ。
 ほんでな、下半分で作ったんは中東さんもお店で使こたはる『しま村』の白(西京)味噌をほんの少しの日本酒で伸ばして丁寧に木の芽をあたり英国のマルドンソルトで塩梅したソースで賽の目切った筍と合わせた「木の芽和え」。
 両方とも何の工夫もない定番料理やけど、すき焼き風は濃いいめの味にもかかわらず筍の野趣がむっくり立ち上がるような旨さ。木の芽和えは鮮烈な翠で、その色ほども鮮やかな香りはとうてい自分の料理とは思えぬ出来栄えになってくれはって、儂は鞍馬方面に手を合わせたもんでした。

photo  山椒というんは、いわゆる''蝶の木''で、ちょうちょがいっぱいよってきて卵を産み付けるんやそうですね。山椒はとくにカラスアゲハの好物やとか。鞍馬の山奥には黒い大けな揚羽がようさん飛んでると聞きます。あっこにいるんはカラスはカラスでもカラス天狗だけやと思うてました。青虫毛虫は苦手やけど、ああ、生まれ変われるんやったらカラスアゲハになりたいわあ。

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入江敦彦(いりえ・あつひこ)
1961年京都市上京区の西陣に生まれる。多摩美術大学染織デザイン科卒業。ロンドン在住。エッセイスト。『京都人だけ知っている』シリーズ、『京都人だけが食べている』シリーズ、『KYOのお言葉』『秘密の京都』『秘密のロンドン』など京都、英国に関する著作が多数ある。現在、本の雑誌で「読む京都」連載中。2015年9月に『ベストセラーなんかこわくない』(本の雑誌社)を刊行。