
「鍋に甲羅がかぶるぐらいの水入れて、塩入れて。塩分は3%。海水とおんなじぐらいだ。だいたいでいいがら。カニ入れたら落としぶたして。お湯が煮立ったら、そっから15分。それで食え。何も付けねぐていい。それがいちばんうめえがら。あと、うどん屋さんにも送っといたから茹で方教えといて」
と、言いたいことを言うと切れた。カンコちゃんが神戸に来ると、うどんすき宴会をする水道筋の「な也」にも送ったらしい。あの店のうどんが彼は大のお気に入りで、いつもたらふく食って帰るから、その礼だろう。律儀な人だ。
その晩、言われたとおりに茹で、2匹食べた。ほんわりと甘く柔らかい毛ガニは、茹でたてだとさらに甘みが増す気がする。甲羅を外すと身がぎっちり詰まっていて、コクの深いみそがたっぷり。松葉ガニやタラバガニに比べると小ぶりではあるが、みそのうまさは毛ガニが最高と言われているらしい(カニなんかそうそう食えないから、比べるほど味の記憶はないけど)。
これを書くために調べていて知ったのだが、三陸の毛ガニと言えば、もう少し北へ行った宮古市が有名だそうだ。なにしろ、漁が最盛期を迎える2月には「宮古毛ガニまつり」が開かれる。震災後も中止されず、今年で13回目。体験セリ市、毛ガニ大鍋振るまい、輪投げで毛ガニゲット……などに混じって、「ちゃぶ台返し世界大会in宮古予選」というナゾの催しもあった(大声で叫びながらちゃぶ台をひっくり返し、卓上の食器が宙を舞う美しさやサンマのおもちゃの飛距離を競うそうです)。冬には日本海行きの「かにカニ日帰りエクスプレス」が走るぐらいカニ好きな関西人には、2月の宮古をぜひお勧めしたい。
そういえば宮古の居酒屋で、あれは4月下旬だったが、つきだしに毛ガニが出てきて感激したことがある。西岡さんが貪り食っていた。「漁は3月いっぱいだけど、茹でてちゃんと保存しとけば4月でもいけるよ」と、カンコちゃんの手配で毛ガニを送ってくれたK商店さん。今年は不漁で、ちょっと値が張ったそうだ。いつもほんとにすみません。
●灘の酒処に三陸の恵みを持ち込む
で、残る3匹の毛ガニの行方だが、妙案を思いついた。水道筋のなじみの居酒屋へ持ち込んで食べ方を考案してもらおう。客にもふるまってもらえれば、三陸の毛ガニが神戸の人の口にも入るではないか。
店はすぐ決まった。水道筋ゴールデン横丁(と、われわれが勝手に呼んでいる)の「よしみ亭」。看板に「灘の酒処 きらず・豆富料理」と謳う。きらずとは、おからのこと。関東では、おからは「空」に通じるからと卯の花と言い換えられるが、上方落語では「豆腐は切るが、おからは切らずに食べる」という洒落で、かつてこう呼んだという。どちらも縁起担ぎの粋言葉である(豆富もですね)。
毛ガニを持ち込むと、「カニは店で扱ったことないんですけど」と言いながらも快く引き受けてくれ、「おー生きてますねえ」と3匹をカウンターに這わせて楽しんでいた。なんてよい人だ。そんなわけで、灘酒と三陸毛ガニの、ウイスキーで言うところのマリアージュに期待を膨らませ、私は翌日あらためて店を訪ねたのである。
酒はまず、田代さんの見立てで明石の「来楽」。ふくよかに香り、しっかりとした旨味を持つ純米酒を店主お得意の上燗(45度)につけてもらう。来楽は茨木酒造という蔵で、若い蔵元杜氏が一人で醸している。ちなみに、灘酒といえば西宮から東神戸までの灘五郷が一般的に想起されるが、明石にも明治の頃まで60軒もの蔵があり、「西灘」と呼ばれていたそうだ。
●おからの餅と湯葉巻きときらずまめし

2品目は、「おからにカニを混ぜて湯葉で巻きました」。ははあ、カニ×湯葉ときたか。淡白ながら香りと旨味が凝縮された食材を二つ合わせるというアイデア。懐石料理の一品かというぐらい上品な味わいである。
そして3品目。「毛ガニのきらずまめしです」。おお、これぞよしみ亭の定番。甘酢で味つけしたおからを、通常はサバのきずしやマグロやカツオの漬けにまぶして食べるのだが、この日限りの特別バージョンでカニ身がたっぷり。おからの優しい酸味と食感、毛ガニの甘みが合わさって、もはや寿司を食ってる気分である。

三陸の食材と東京人の料理と灘の酒。しみじみええ気分でマリアージュを堪能していたら、「最後はお約束のあれ、行っときますか」と田代さん。締めはやはり熱燗に戻して甲羅酒。濃厚な毛ガニのみそを余すところなく味わい尽くした。
「カニって、東京にいる頃はあんまり食べた記憶がないんですよ。産地があまり近くにないし、関東圏の食文化には関西ほど浸透してないんじゃないかなあ。でも、どうやって料理しようか考えるのは楽しくて、勉強になりました。毛ガニをくれた方にも感謝です」
そんな言葉に送られて店を出ると、ゴールデン横丁に灯る「大八」の赤ちょうちん。阪神ファンが集う居酒屋である。気を良くして〈大七飲んで店出たら大八の提灯。なんかいいことありますか〉とツイッターにつぶやいたら、〈第九でも歌いながら早よ帰ってください〉と即座にリプライが付いた。いつもうまいこと言うたろうとチャンスを虎視眈々と狙っている尼崎の男だった。
遠く離れたいろんな町のいろんなものが出会ってゆく食卓は、かくも楽しい。
※ここで紹介した料理は、よしみ亭の通常メニューにはありませんので、念のため。