『読み歩き奈良の本』

 2011年2月14日 19:50
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 日本の歴史地理学の権威・千田稔氏が館長を務める奈良県立図書情報館が編者となってつくった1冊。奈良のガイドブックは数あれど、「文学」「映画」など「物語」の切り口で奈良を紹介しているのがこの本の際立った特徴で、文学作品は『鹿男あをによし』(万城目学)、『まひるの月を追いかけて』(恩田陸)、『早春の旅』(志賀直哉)、『古寺巡礼』(和辻哲郎)、映画は河瀨直美の『火垂』『殯の森』...と新旧錚々たる作品に登場する「彼の地」を訪ねる。
 それらは知られた観光名所であることもあれば、車窓から見飛ばすような風景であったり、どこにでもあるような商店街であったり(実は物語の重要シーン)...という発見が随所にある。
 これらのページや後半の「私ならこの奈良を語る」に登場する奈良各地の表情は、凡百の観光ガイドブックが逆立ちしても出せない「地元の人間がよく知る普段着の奈良」の顔である。なるほど、人々が暮らす奈良を歩いて地元の人に出会ってこそ、自分なりの「物語」を紡ぐことができるのだと、写真が語りかけてくる。
 取材・構成を担当した140Bの平井和哉は、現地の空気感までを切り取ったような写真のために、四国から中村政秀(せとうちカメラ)を呼び寄せ、それに応えて中村は数日間シャッターを押し続けた。慌ただしい名所巡りではない、「ゆっくり日なたぼっこ」したいがために奈良を訪れたくなるビジュアルがページを彩っている。「奈良の人たちが知ってそうで知らなかった切り口」を見つけるため、あえて、取材者を含めた制作チームはすべて非奈良在住の人間を起用した。
 冒頭にて紹介した奈良県立図書情報館館長・千田稔氏は、ならまちのカフェ[カナカナ]のオーナー・井岡美保さんと「いかにも奈良らしい、ということ。」で対談しているが、これが実に本音満載トークで時にクスッとさせ、時に「奈良の値打ちとは何ぞや」と考えさせ...と、この本の締めくくりにふさわしい内容となっている。「奈良を第二の京都にしたらあかん」という千田館長(京大卒です)の発言に、地元奈良人の矜持を感じた。
 「遷都千三百年」の年に発刊したが、そんな「イベント的」なものが嫌いor苦手な人にこそ手に取って奈良を歩いてほしい1冊である。
 

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