第9回 公共建築 ②

今も大人気、市民のための集会所

文/高岡伸一
絵/綱本武雄

 中之島図書館の東隣に並ぶ中央公会堂も、まさに市民のための集会所として、一世紀近くにわたって親しまれ続けてきた。コンサートや演劇はもちろん、ヘレン・ケラーやガガーリンが講演に立ち、戦争の空襲時には避難所として使われ、戦後の高度経済成長期には、地方から働きにやってきた人たちのための集団結婚式が行われたりもした。

 この建物もまた、民間の寄付をもとに建てられている。北浜の株式仲買商として活躍していた岩本栄之助は、野村徳七、島徳蔵と共に「北浜の三傑」と呼ばれた人物で、1909年に大実業家の渋沢栄一を団長とするアメリカ視察団に同行、西洋の近代都市を視察するなかで、近代的な市民意識の醸成には大きな集会施設が必要だと思うに至り、帰国後に100万円の寄付を大阪市に申し出た。しかし岩本栄之助は1916年、事業の失敗によりピストル自殺をはかる。中央公会堂の完成を見ずに39歳でこの世を去った岩本の悲劇は、中央公会堂に深い陰影を与えることとなった。

 昭和40年代には中之島東地区の再開発が大きな議論を巻き起こし、専門家や市民による大規模な保存運動が展開され、最終的には大阪市が正式に保存を決定した。また新聞社の呼びかけに応じて、保存のために約1万3千件、7億円を超える寄付が寄せられ、100億円を超える保存・再生工事費の一部として使われた。中央公会堂は、大阪のみんなが守ってきた建築なのだ。

 現在も立地の良さと施設の立派さ、それに反するリーズナブルな使用料が大人気で、毎月第一開館日の朝には、壮絶な抽選会が行われているそうだ。また、ウェディング会場としても人気がある。中之島の水と緑、そして中之島図書館と日本銀行と並ぶ建築群が織りなす景色は、大阪が世界に誇る第一級の都市景観といっていいだろう。

参考文献:「重要文化財 大阪市中央公会堂 保存・再生工事報告書」(大阪市教育委員会、2003年)