第5回 牡蠣食えば腹が張るなり石巻(後編)

さて、朝もはよから牡蠣の漁師料理を満喫した岸壁のおっさん記者団は、すぐ背後に建つ最新鋭の「鮮かき工場」──万石浦に3つあった宮城県漁連の牡蠣処理場が震災1年半後に統合・再建された──を見学し、剥き子のお母さんたち(約200人いるそうです)の見事な殻剥きの技を拝見した後、バスで数分の、とある水産加工会社へ向かった。

末永海産という。津波で全壊した工場を昨年9月に再建したのを機に、新しい商品を次々と送り出している意欲的な会社だと事前に聞いていた。災害は悲しく痛ましい出来事ではあるが、一方で再出発のきっかけと決意をもたらす。

「うちの一族は代々、養殖業をやってましたが、40年前にわかめの(塩蔵)加工と販売の会社を創業し、続いて牡蠣を始めて、震災前は主にその二つでスーパー向けの生鮮品を出荷していました。しかし新工場を建てるにあたり、以前と同じことをやってたんじゃダメだと取り扱う食材を広げ、調理加工にも力を入れるようになったんです」

新しい建物のにおいが残る工場で説明してくれたのは専務の末永寛太さん。まだ37歳である。

「わかめ、牡蠣、ホタテ、ホヤ、銀鮭……三陸には恵まれた海があり、何でも養殖できたので、これまでは調理加工や商品開発にあまり意識が向かなかったと思うんです。でも津波でこれだけの被害を受けた今、それでは立ち直っていけない」

同じことを宮城県農林水産部の方々から聞いた。「素材そのものがいいので、食べ方や売り方、見せ方まではわれわれも十分に考えてこなかったかもしれません」と。なるほど、モノがいいと「あれこれこねくり回さずそのまま食え」あるいは「どう食ってもうめえんだから」となるのだろう。産地の郷土料理が一般に素朴かつ豪快なのは、だからかもしれない。逆に、食材に恵まれているとは言えない京都で洗練された料理文化が発達したのは、そういう理由も一つあるんだろう。

しかし、それだけでは市場が外へ広がりにくい。「獲る」「育てる」「加工する」に加えて、末永さんのような若い人たちが「売る」ことを意識して、三陸の水産業界に新しい潮流を作ろうとしている。

●震災で生まれた「協同」の気運

で、その末永海産の主力商品となっているのが、やはり牡蠣なのである(ホヤも押しているのだが、それはまた改めて)。といっても、必要以上に手を加えない。なにしろ、社のモットーは
〈何も足さず、何も引くことなく、三陸をまるごと食卓に乗せるお手伝いを〉
〈大切な人にこれが海だと自信を持ってお贈り出来る製品造り〉
である。つまり、われわれが万石浦の岸壁で食べたような「三陸の海辺でしか食えない味」をどうやって首都圏や、さらには関西まで届けるかを考えている。

末永さんが手にする赤ラベルが潮煮、青が炙り。二つを詰めた「三陸海の幸牡蠣セット」は全国土産品審査会で1位の農林水産大臣賞にそこから生まれたのが「牡蠣の潮煮」「炙り牡蠣」という真空パックの二大ヒット商品。特に前者は予想以上の売れ行きで品薄が続いているという。

「牡蠣をどうやって食うのがうまいかを考えた時、殻付きのまま焼いて汁ごと食べるのが一番だろう、と。それを再現したのが潮煮。牡蠣から出る潮だけで煮込み、本来の旨味を活かした漁師直伝の製法です」

あれだけ食ったのに、試食品が並ぶとつい手を伸ばしてしまうおっさん記者団、というか、いじましいニッポンの私。なるほど、これならそのまま食べてもよし、日持ちもするし、いろんな料理に使うこともできそうだ。やっぱりこの汁がね、うまいんですよ。

ラベルに「日高見の国」とロゴがある。蝦夷の地であった古代の東北、とりわけ石巻から岩手の大船渡あたりにかけての三陸沿岸部を指したといわれている(北上川は「ヒタカミ」に由来する、など諸説あり)。末永海産のほか、かまぼこや醤油、魚加工など石巻の5社が震災を機に立ち上げた統一ブランドである。このチームでさまざまな商談会や物産展に出かけ、海外へも本気で展開するべく英文パンフレットも作製。一大消費地だった中国・韓国で被災地産品の輸入禁止が続く中、タイやマレーシア、台湾や香港(て、中国とはまた違うんですね)などアジアの食卓への進出を狙っている(→こちら参照)。

「これまでは一国一城の主で、他社はどちらかといえばライバルという感じだったのが、地元の水産業復興のために協議会を立ち上げたり、各地でたびたび物産展を開いたりする中で、一緒にやろうという気運が高まってきたんです」

たとえば、わかめの回でちらっと触れたわかめドレッシング。これも日高見の国ブランドのヒット商品があるのだが(販売元は味噌と醤油の山形屋商店)、誕生のきっかけはひょんなことだったという。

「ある物産展にうちがわかめを出した時、試食用のドレッシングを忘れてしまい、たまたま隣のブースにいた醤油屋さんとだし屋さんに急遽その場で調合してもらったんです。それがおいしいと評判になりまして」

いや、これほんとうまいし、何にでも使えるので、私もちょくちょく購入する。「石巻復興商品『絆』」という、これまた石巻の20数社が名を連ねる販売サイトの詰め合わせに、塩蔵わかめとともに入っているので、ぜひ一度どうぞ。

●食卓に三陸がまるごとやってきた

話を牡蠣に戻す。現地取材で牡蠣を食いすぎた(昼食会場の割烹民宿でも出していただいた)私は、独り占めはいかんと末永海産でいただいた土産の品は神戸に帰って近所に配った。で、つい先日、大阪・阿倍野で開かれた「食材王国みやぎ」物産展で、あらためて潮煮と炙り牡蠣を買ってきた。

とりあえず数個を軽く温め、ちょうど家にあった名取市閖上の佐々木酒造店の「玲瓏」を傾けつつ、会場でもらってきたレシピのチラシを眺める。どうやって食うたろか──。

潮煮は、牡蠣ご飯や牡蠣かゆもいいけど、牡蠣スープ(豆腐と白ネギ、シイタケなど野菜をたっぷり、刻み生姜と潮煮の汁を効かせる)もうまそやな。炙りって、マグロやカツオはたまに食うけど牡蠣は初めてやな。やっぱりこの大根おろしのせにネギ散らしてポン酢で食うやつか。いや、こっちのトマトソース添えがええか……などとぼんやり考えるのが、また至福である。

別に食通でも料理上手でもなく、食材へのこだわりもさほどない関西のふつうのおっさんの食卓に、末永海産のモットーである「何も足さず、何も引くことなく、三陸がまるごと」やってきたことで、こうして小さな喜びが生まれる。

結局、炙りはおろしポン酢で酒のアテに、潮煮はパスタに入れてみた。宮城県庁の人に「あれは絶品です」と聞いたからである。ただし、レシピにあったバターとにんにくスライスで炒めるやつではなく、冷蔵庫に残っていた牛乳とキャベツと玉ねぎを使ってクリームパスタにした。うまかった。「おっさんがパスタたら言うてんなよ」と怒られそうなので写真は載せないけど。

俗に「牡蠣を食うのも花見まで」と言うそうだ。産卵の準備に入る3~4月がいちばんよく肥えて味がいい、とも。牡蠣食えば腹が張るなり石巻。今シーズンは、関西の人も宮城県産を試してみてください。

松本創(まつもと・はじむ)

1970年生まれ。神戸新聞記者を経て、フリーランスのライター/編集者。関西を拠点に、政治・行政、都市や文化などをテーマに取材し、人物ルポやインタビュー、コラムなどを執筆している。
著書に『ふたつの震災 [1・17]の神戸から[3・11]の東北へ』(西岡研介との共著/講談社)。その続編を『現代ビジネス』で随時連載(→こちら