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10/19(水)ナカノシマ大学「村野藤吾」のこと

講座担当/中島 淳

まだ「昭和」だった頃のこと。
筆者は当時いた月刊誌のLmagazineで梅田ターミナル特集の取材をしていた。乗り換えが大変な6つの鉄道駅(JR・阪急・阪神と地下鉄が3つ)を結ぶ地下街のことが分からんかったら、梅田は歩けない。地下街の事務所にお邪魔して精巧な地図をいただき、ひと通り説明を聞いて、「梅田地下センター(取材時はもう「ホワイティうめだ」だったが)」が誕生した昭和38年(1963)11月の新聞記事などを見せてもらった。

梅田吸気塔

梅田吸気塔は観る場所でシルエットがぜんぜん変わる。最もグラマラスに見えるのは御堂筋西側、阪神百貨店あたりからで、手塚治虫も『ブラック・ジャック』でこれに近いアングルから描いている

ウメチカは開業初日から1日100万人が通行するような密集空間だったという。それじゃ換気も大変やろな……と思っていたら、「地下街中心の地上部分に大きな塔が何本か建っているでしょ? あの吸気塔が新鮮な空気を地下街に入れてくれるんです」と担当の人が説明してくれた。吸気塔かぁ……その建物には見覚えがあった。というより、初めて梅田に来た日から目に焼き付いていた(手塚治虫の『ブラック・ジャック』にも登場 http://mushimap.com/umedakyukito/ )。でも「吸気塔」って、いわば「変電所」とか「浄水場」のような素っ気ないもののはずなのに、アレはかなりユニークですね、と言ったら担当者さん曰く「ムラノトウゴの建築やからね」「は?」。駆け出しの編集者(にしても不勉強ですな)には初めて聞く名前だった。

輸出繊維会館の階段

輸出繊維会館の階段。髙岡伸一先生は村野藤吾の階段を「エロい」と評した。むべなるかな。髙岡伸一・倉方俊輔ほか『生きた建築 大阪』(140B)より ©西岡潔

図書館で調べたら、村野藤吾(1891〜1984)という建築家は、だれもが知る建物を戦前から戦後にかけて次々と設計し、昭和50年代まで存命していた、ということが分かった。心斎橋のそごう大阪店(1935・現存せず)、心斎橋筋の喫茶プランタン(1956・現存せず)、難波の新歌舞伎座(1958・現存せず)、備後町の輸出繊維会館(1960)、京都蹴上のウェスティン都ホテル(1960)、東京・日比谷の日生劇場(1963)などの有名どころはもとより、広島の世界平和記念聖堂(1954)や山口県の宇部市渡辺翁記念会館(1937)は重要文化財になっている。

大成閣

心斎橋の、大丸とパルコの間を東に行くと、紅い店名サインと印象的なアルミのファサードの[大成閣]が見えてくる。ミナミでは半世紀以上おなじみの景色だ

建物公開イベントとしてはここ数年で日本最大級のスケールに育ち、全国からファンが集まるだけでなく、海外にまでその名が知られるようになった生きた建築ミュージアムフェスティバル大阪(イケフェス大阪=OPEN HOUSE OSAKA)が、ここまでのものになった大きな理由の一つは、やはり村野作品の力ではないかと多くの人が思うことだろう。前述の建物に加え、心斎橋の中国料理店[大成閣](1964)や東心斎橋の浪花組本社ビル(同)なども毎年参加しているが、階段などの細部に至るまで「華」や「艶」が感じられ、素人でも村野ファンになってしまう。

半世紀の時間差を飛び越えたもの

庚申(こうしん)街道沿いに建つ教会塔

南北に走る庚申(こうしん)街道沿いに建つ教会塔。戦禍を超えて信者や園児たちを見守り、地元のかけがえのないシンボルとなっている

10/29(土)・30(日)のイケフェス大阪2022には、その村野藤吾が設計した阿倍野区の「日本基督教団南大阪教会」が新たに参加する。

教会塔と旧礼拝堂の竣工は94年前の昭和3年(1928)。隣には同じ村野の手で、教会付属の「南大阪幼稚園」が昭和5年(1930)に誕生した。創立したての南大阪幼稚園で学んだ園児に、詩人で芥川賞作家の阪田寛夫(1925〜2005)がいる。阪田の名前を知らない人でも彼が作詞した童謡「サッちゃん」は、知らない人のほうが少ない名曲だ。歌は阪田の幼稚園時代の女友達をモデルにしたものだという。

「サッちゃん」の歌碑

教会敷地の南端に建つ「サッちゃん」の歌碑。村野藤吾は教会の建築委員だった阪田素夫だけでなく、息子の阪田寛夫とも懇意にしていて、南大阪教会の周年本には2人の写真が掲載されている


礼拝堂

昭和56年(1981)竣工の新しい礼拝堂。竣工時に村野藤吾は90歳だった。イケフェス大阪2022では、日曜の礼拝時間以外は自由に見学できるという

今回のイケフェス大阪2022に参加するのは「昭和初期に竣工した南大阪教会の教会塔」だけではない。昭和56年(1981)に建て替えられた礼拝堂も参加するが、こちらも同じ村野藤吾の設計である。ひとりの建築家が30代で設計した建物を改築するにあたり、50年以上の時を超えて80代で新たに設計し直すとは、日本どころか世界でも例がないのではなかろうか。

旧村野・森建築事務所

南大阪教会から徒歩15分の場所にある、かつての村野・森建築事務所(1966年竣工)。現在は[友安製作所Cafe&Bar阿倍野]として大人気。阿倍野は村野の「地元」だった https://tomoyasucafe.com/abeno/

それは村野藤吾という「稀有な才能に溢れた建築家」の努力とパッションだけでは説明できない。彼を支えた南大阪教会の人びとと、阿倍野という地域の力があってこその話なのではないかと思う。
大正末期から昭和、そして現代につながる南大阪教会の壮大な百年物語を、教会伝道師である関谷共美さんがご紹介します。ゲストには、建築家でイケフェス大阪の「顔」である実行委員会事務局長の髙岡伸一先生を招き、村野建築の名作も、思い入れたっぷりにご紹介します。

『アルキメトロ』2022秋号

OsakaMetroのPR誌『アルキメトロ』2022秋号。特集は「大阪ヒーロー推しの旅」

村野藤吾と南大阪教会のことは、OsakaMetroのPR誌『アルキメトロ』2022秋号(地下鉄全駅と大阪シティバス主要ターミナル、公共施設、飲食店・物販店で配布中)にも拙文を書いているので、よろしかったらお目通しください(当日は全員に配布します)。

大阪府立中之島図書館

大阪府立中之島図書館。右側、日の当たっている部分の3階が会場の多目的スペース

会場はおなじみ、大阪府立中之島図書館3階多目的ホール。明治37年(1904)竣工の重要文化財で村野藤吾の夕べとは、なかなかお誂え向きではありませんか。お楽しみに!

ナカノシマ大学「村野藤吾と、ふたつの南大阪教会」お申し込みは下記のサイトへ

https://nakanoshima-daigaku.net/seminar/article/p20221019