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大河のようなカフェ・ヒストリー『大阪 喫茶店クロニクル』と西田辺の名店

担当/中島 淳

喫茶店やコーヒーのことをさまざまな雑誌に寄稿し、自らも『甘苦一滴』という冊子の編集発行人である田中慶一さんという書き手のことは以前から存じ上げてはいたが、仕事での接点はあまりなく、「遠くから注目している」という感じであった。神戸や京都の喫茶店についての本を書かれていたのも知ってはいた。

この春、満を持してこちらの『大阪 喫茶店クロニクル  個性に満ちた憩いのワンダーランド』を上梓されたとSNSで拝見し、すぐに飛びついた。

4月上旬発売。税込2,200円(淡交社)

二人とも「洒落者やなぁ〜」と思わず唸らせる1枚。内装は現在も変わらない

150年の歴史が300ページに凝縮されたこちらの本を、カタい「150年史」と思っていたら、ぜんぜん違います。もちろん巻末にも年表(18ページもある!)が付いているから史料としても一級品だけど、そんな感じではない。

「珈琲好きの人たちはほんまに昔から、お客さんを喜ばせるために、こんなふうに試行錯誤しながら店やメニューを作っていたんやなぁ……」

先人たちの足跡の一つひとつが愛おしく感じられる。大阪のいろんな街(ほんまにいろんな街が出てくる)が舞台になった「喫茶店主と客の物語」という感じで、美味しいコーヒーのように体に沁みわたってくる本です。

文体がやわらかく、文字組みや紙の感じも品が良く、それでいて親しみも感じさせてくれて、スッスッスッと読める。あなたの好きなあの店この店が、どんな時代の中で、どんな人たちによって生まれ育まれたかを、知ることができる。

著者の田中慶一さんは5/17(金)のナカノシマ大学「カフェから大阪が見える 甘くて苦い、喫茶150年史」に登壇されるが、ナカノシマ大学を告知するために著書に掲載した写真をお借りしたが、その中に気になる1枚があった。

ご覧の通りお二方とも、洒落者であります。いまも内装は当時とほとんど変わらない

キタでもミナミでも天王寺でもない、阿倍野区は地下鉄御堂筋線の西田辺駅の近所にある[珈琲専門店チ・ケ]である。

65年前の1959年5月27日創業。中西俊二さんと泉子(みつこ)さん夫妻がはじめた店で、アルゼンチンタンゴの名曲からその名を取ったらしい。ターンテーブルのプレーヤーからタンゴが流れている。

「チ・ケ」は「名曲喫茶」という切り口でマニア向けの雑誌でも取り上げられ、本場からダンサーたちが来日したら必ず立ち寄るほどの店であるが、「タンゴ」で客を選別したりはしない。

田中慶一さんの『大阪 喫茶店クロニクル』で現店主の中西顕子さんが言っておられる通り、「タンゴ喫茶ではなくて、あくまでコーヒー専門店にタンゴがくっついている。タンゴはこっちの押し売りみたいなもんですから」ということで、美味しいコーヒーを飲んでただぼーっと過ごしても、ほんとうに「非日常」の豊かさに包まれるようで心地よい。

[チ・ケ]にお邪魔した日は、桜が散って初夏を思わせる日の午後だった。

長居で用事を済ませ、地下鉄に乗らずに住宅街をちんたら北上し、鶴ヶ丘を越えたあたりで長池公園の南端にたどり着く。

いつも感心するのだけど、大阪の公園で見かけるアオサギくんは人なつっこい。カメラを持って近づいてもお構いなし。

立ち姿が男前であった

「やっぱりコーヒーは食後の一杯にしょう」と、すぐにはお店には行かずに近所のスーパーで弁当を買って、アオサギくんの公園でお昼にした。日差しが眩しいので日陰に入り、スーパーのお弁当を広げてのんびりする。

(居酒屋の名店[スタンドアサヒ]もこの近くやったよなぁ……)現場に行くとあれこれと楽しい想像もわいてくる。

[チ・ケ]には30分ほどしかいなかったけれど、山崎豊子の話題になった瞬間に顕子さんが微笑みながら『ぼんち』の文庫本を取り出されたのを見て、「さすがや」と思いました。

ナカノシマ大学のチラシをお見せしたら、顕子さん曰く

「5月17日って……母(泉子さん)の誕生日じゃないですか!?」

告知のメインビジュアルに[チ・ケ]を選んだのは、偶然のようで偶然ではなかったのかもしれない。

後日、顕子さんと電話で話をしたら、もう一つオマケがあった。

「あの時、5月17日が母の誕生日だって話したでしょ?  実は田中慶一さんがウチの店に取材に来られた9月15日は、父の誕生日だったんです」

店に行くのがおもしろいのは、こういうことがあるからである。田中さんもきっと、その魔力にハマってしまったのだ。

いちばん奥の席でのんびりさせていただきました。次はチラシを持ってこよう