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「異界」と今を軽やかに往復する語り部・陸奥賢さん

担当/中島 淳

7月18日(木)のナカノシマ大学「堺で江戸中期に生まれた怪談本  『沙界怪談実記』にお連れします」に登壇される陸奥賢さんには、 本当にいろんな顔がある。

2018年発刊のロングセラー(創元社刊)

陸奥さんが大阪市浪速区の『広報なにわ』に連載中の「なにわマニア話」vol.1(2024年5月号)

まわし読み新聞」という、楽しみながらグループで社会意識を高めるコミュニケーションツールを考案して、全国各地で実践し続けている人(2017年読売教育賞のNIE部門最優秀賞受賞)であり、歴史の中に埋もれた「ひとびとの足跡」を丹念に掬い上げておもしろい原稿にして読ませる記者であり、まち歩きのスーパー・エキスパート・ガイドであり、機嫌の良さを聴衆に伝染させるフレンドリーな講演者でもある。

最近は関西だけにとどまらない。東日本大震災で大きなダメージを受けた太平洋岸にある福島県いわき市の、各地域に存在する物語を可視化していく「いわき時空散走」のプロデューサーでもある。それで700km離れた大阪−いわきを頻繁に往復している。

「いわき時空散走」HPより、鉄道駅のホームで地元の人から話を聞く陸奥さん(右)

 

 

陸奥さんが登壇する講座はいつも満杯でまち歩きも大人気だ。しかしまち歩きで肉声が届くのはせいぜい10人以内。人数が増えると大声を張り上げたりマイクを使ったりもする。それをひと月のうち10回以上やっておられるから、よく体力が続くなぁと感心するしかない。

その陸奥さんの今回のお題は、『沙界怪談実記』。

江戸中期に先端産業(包丁や銀細工、線香、染色、浴衣、酒造、昆布加工、和菓子、三味線など)と町人文化が一気に花開いた大都市・堺で起きた摩訶不思議な事象や「もののけ」の出現を、鉄方堂という謎の人物が記した50篇からなる記録で、それぞれの「怪談」が生まれた場所は町名まで(一部は年月日まで)細かく載っている。

どれも、夢と現実がごっちゃになったような「ほんまかいな」の怪談ばかりであるが、陸奥さんはさらっと「怪異は『自然』『日常』のものであり、近世の堺の人々は飄々と『怪異と共に生きていた』ようです」と語る。彼もまた堺育ちの人なので、地場から漂ってくるなんとも言えない力(地霊)には敏感なのだ。

1615年の大坂夏の陣で焼失した堺の復興は早かった。「元和の町割り」で南北の紀州街道(大道筋)と東西の大小路(摂津と和泉の国境)を基軸とした碁盤の目の形に町割りされ、今日に至る(左が北)。地図は1863年だが、北側と東側の環濠が埋め立てられた以外は変わらない

しかもその怪談の現場となった「町名」の数々は、18世紀半ばも2024年の今もほとんど同じで、行政区画の変更が頻繁な政令指定都市の中でも、堺の旧市街地は同じ地名がずっと生きている。そういう街を歩くのはやっぱりおもしろい。

陸奥さんが案内する街は決して特異でも怪奇でも辺境でもなく、私たちが仕事や買い物や飲み食いでよく寄ったり通ったりしているところばかりだし、実際に人が住んでいる。

でも、そんな場所ですらちょっと視点を変えて見てみたり、数メートル移動したりすると、たちどころに「こんなところに……!」という風景が出現する。

写真は2022年9月4日に実施された「堺七墓巡り」のまち歩きツアーで、JR堺市駅前の商業施設のある有名なタワーマンションの裏手に開けた公園を歩くと、同じ緑地帯の延長に、古くから堺市民が供養に訪れる「東雲墓地」が目の前に開けた。

堺市堺区の東雲墓地。食べ物に困った人が飢え死にしないようにという趣旨で「お供え物」についても昔から暗黙のルールが存在しているそうだ(2022年9月4日)

緑の深い墓地には有力者や将校クラスの軍人の大きな墓も目立つが、人知れず亡くなったひとびとの「無縁群霊塔」が目立つ場所で存在感を示していた。決して「金や権力を持った強者」のための墓地ではなかったことが窺い知れる。

そのような解説を陸奥さんから現場で聞くたびに、「堺の本を出してる版元のくせに、ぜんぜん知らんねんな」という自責の念と、「おもしろいからもっと知りたい」という好奇心がミックスされて、何度でも行きたくなる訳です。

7月18日(木)当日は、『沙界怪談実記』の49篇をできるだけ数多く紹介して、堺の「地霊」を体感するまち歩きを一人でも体験できるように講義してくれるが……

一度、陸奥さんのまち歩きもぜひ体験していただきたい。クセになりますから。