03
「スシ喰いねェ!」




 帰国します。二年ぶり。また春でっか? ゆう声もございまっけど、筍はこの季節にしかおまへんよって。山椒さんしょの木の芽もこの季節に吹きまっさかい。桜もこの季節しか咲きまへんし。「老い先短い」とまではいいまへんけど歳を喰うて人生のゴールが見えてくると、日本に顔出すタイミングも自ずといろいろ考えるようになります。毎年帰れるだけの体力もあらしませんしな。いっぺんいっぺんが貴重なもんになってきよる。
 帰って楽しみなんは、もちろん友達に会えること、馴染みのお店で食べさしてもらえること、大好きな味にまた舌鼓を打てることです。ご機嫌伺いするとちょくちょくご馳走になることもあって、これもまたお愉しみのひとつ。なんや申し訳ないなあとか、情けないなあとか思わいでもおへんけど、まあ、ええかと考えられるようになったんも加齢のご功徳やもしれません。
 歳喰うても『鈍感力』だけは蓄えんようにせなと自戒してまっけど、冥土ツアーはもう始まってるのやと自覚したら、ちょっとええもん喰わせて戴けんのは旅のお駄賃かお餞別みたいなもんかなと気楽になったんです。ただなんぼ「呑みねえ食いねえ」ゆわれても物理的に難しゅうなってまっさかい満漢全席にさそてもろても、すんませんて言わせてもらわなあきません。

 奢ってもろて嬉しいもんの代表格ゆうたら、やっぱり寿司ですやろか。いまやロンドンには日本を代表する三ツ星寿司店『THE ARAKI(あら輝)』を頂点に、『NOBU』とか『sosharu』、『SUSHISAMBA』など日本で喰うても上等やなーと感嘆するようなお寿司を出してくれはる店があります。このあたりは、たまーにやったら自腹で奮発してもええかもゆうくらいには美味いです。
 けどねえ、なかなか実際には足が向きよらへんのよ。どうしても「寿司は日本で食べたい」という潜在意識の【刷り込みインプリンティング】から逃れられへん。よしんば太っ腹の森の石松に「あんた日本人だってね、食いねぇ、寿司を食いねぇ」と勧められても、なんか気が乗らへん。どうやらクオリティの問題やなさそうです。
 まず、どこよりも日本で楽しみにしている寿司はといえば、photoこれは東京・人形町の『㐂寿司きずし』さん。もう、いまから浮足立っているくらい。〝心地よい緊張感〟という表現がありまっけど、ほんまに心地よさと緊張が同居してる空間なんてそないあるもんやおへん。ここにはそれがあります。ロンドンの寿司屋にはないもんのひとつやね。作り手が矜恃を以て差し出す。食べ手は敬意を以て戴

く。そんなから生まれるアンビアンス。
 青柳、ヒラマサ、蝦蛄しゃこ、煮蛤、蒸し穴子、青背は何でも。わしの好きな握りのネタは、とことん江戸前。魚偏に旨いと書いてスシと読ませる日本語の素晴らしさに感じ入る味覚が『㐂寿司』さんの真骨頂や。
photo 以前、英国こちらのメディアで日本の料理店を紹介する機会があって、そのときに映画がアカデミー賞候補にもなった『すきやばし次郎』がハリウッドスターだとしたら、『㐂寿司』のご主人の油井隆一さんは英国王立シェイクスピア劇団の主演舞台俳優である、てなことを書きました。その感想はいまでも間違うてへんと信じてます。
 ああ、そうか。自分で書いてて気ぃがつきましたけど、英国で食べた寿司がどんなに美味くてもリピーターになりたいとまでは思わへんのは、それらがオペラやバレエ、ミュージカルやからや。儂は劇場芸術全般すべてを愛してまっけど、こと寿司屋に求めるのは生粋の舞台役者がみせてくれる物語の感動なんやな。
 そうゆうたら『あら輝』さんのお寿司をご馳走になったとき(そのときは銀座のお店でしたけど)なんやオペラを観劇してるみたいな心持ちになったんを覚えてます。名代のチョモランマ寿司は、まるでナタリー・デセイのコロラチュラソ

プラノのようやった。
 もう一軒、日本に帰ったら必ず食べさせてもろてんのが京都の『鮨 やぶ内』さん。お世話になってる開化堂ご一家が連れてってくれはるんです。さいぜんの芝居の喩えでゆうたら、photoさしずめスタジオ・シアターちゅうとこですやろか。英国のシェイクスピア役者は格式高い老舗の劇場こやだけやのうて、前衛的な演出で知られる小劇場にも積極的に出演しはりますが、そういう小態で質の高い舞台に似てる気がします。
 ちょっとご縁が途切れてしもうてご無沙汰してるんですが、かつて会社員時代は東京に出張するたんびに寄せてもろてた浅草の『鮨松波』とかにも、ちょっと近い感じがあります。そーゆーたら松波さんと薮内さんは店の佇まいだけやのうて、超正統派高級店で修行された経歴やお洒落でダンディなとこなんかも共通してまんな。けど一番のひとしさは握られるお寿司がそらもー【はんなり】してるとこやろか。

 この京言葉は誤った認識をされて全国区になったコトバの第一位やないかと儂はいっつも忸怩じくじたる思いをしてるんでっけど、これはね、基本的には「華やか」ゆう意味なんでっせ。人目は惹くけど決して悪目立ちしていない、ぱーっと派手なんやけど趣味がええ、そういうのんが【はんなり】です。ほんで、こちらのお寿司はまさにこの京言葉が相応しい江戸前のお寿司です。

 なんか書いてて気分が高揚してまいりましたけど儂が楽しみにしてる寿司は、そういう特別なお店ばっかりやおへん。『いづ重』さんの鯖寿司は絶対に食べたいし、冬場にしか戴けへん隠れた名物「ねぎ稲荷」に間に合ってほしいと心から願ってるし、うまいこと巻き寿司の端切れ集めたパックに当りますよう仏さんに手ぇ合わせる毎日でもあります。
 あと、『神田志乃多寿司』さんの、あの、甘い甘いお稲荷さん。あれ、サイコー。神田のお店はカウンターがあるんで、どこぞの出版社に寄った帰りにはちょこっと足を延ばして助六します。もう、これで最後になるやろし築地市場の『岩佐寿し』で貝づくしも摘まんできたいなあ。アホみたいな利権まみれの世界大運動会のせいであっこがなくなるなんて、ほんま哀しいなあ。
 もちろん回転寿司かて行きまっせ。『寿しのむさし 三条本店』とかは英国人のツレも気にいってるんで、あのへんでランチ難民になったらひょこっと入ったりします。そら職人さんが握らはるもんとは別モンですわ。同じ「寿司喰いね

ェ」でも広沢虎造とシブがき隊くらい違う。けど、ロンドンにあったらええなあと思わいではいられんのは、こういう寿司屋やったりします。
 どーでもよろしおすけどシブがき隊の『スシ食いねェ!』の編曲したんは『エヴァンゲリオン』や『シン・ゴジラ』でいまをときめく鷺巣詩郎さぎすしろう。これマメな。
 しかしこうして思いつくままに日本で食べたい寿司を並べてゆくと、なんとまあ幅の広い、度量の広い喰いもんよなあと感嘆します。値段も百倍くらい差があるし。そやけどどれもが日本の食シーンに欠かせへんもんやないでしょうか。儂、それこそセブンイレブンの納豆巻きとかも大好物やもん。あれを齧んのかて寿司の悦びには違いあらへんと本気で思ってますもん。

 なんかアレやね、そやけど寿司というとなんか日本人はこだわりがあるというか、ちょっとムキになってまうとこがありまんな。食文化を代表する料理やからでしょうか。スキヤキゆうてもあれは肉料理で明治以降のもんやし、天婦羅は元を糾せばポルトガル料理やしね。世界に誇る伝統食ゆうたらどうしても寿司になる。
 そんな思い入れがあるせいやろか、なんや毎年えらいぐちゃぐちゃ文句いうたはる人がいて気色悪いゆうかやかましいこっちゃと眉を顰めてるんが節分の【恵方巻き】問題ですわ。なんで、みんなあないにかんかんになったはんの? いったいなにが気にいらんのか儂のよう

な阿呆にはさっぱり理解ができまへん。
 バレンタインデーのチョコレートとどこが違いますのや? 少なくとも恵方巻のほうが長い歴史があるし、チョコの方が商売もよほどエゲツないのに。残りもんが出るのなんのと倫理的な話を持ち出す方もおいでのようですが、ハート形のチョコかて214日過ぎたらどこにも売れまへんで。材料かて寿司は国内の経済を潤すけどチョコレートの原材料はほとんどが輸入品や。どないです?
 起源を辿ったらそないに変わらへん【土用の鰻】に文句ゆう人は聞いたことないのに、なんでです? みんな楽しんだらええやん。大晦日に蕎麦を啜ったり55日に柏餅や粽を食べるみたいに、美味しいねえゆうて笑いおうてなにがあかんの? 誰も強制してるやなし。

 あんね、京都にはね、「毎月この日には何を食べる」「何日には何を作る」ゆうキマリゆうか習慣がいっぱいあって、それらには土用の鰻よろしくなんやかやと理由がついてはいるんやけど根本的なところには当日はおかずに頭を悩ませんでええし楽チンやゆうのがあります。巻寿司の丸かぶりかて一緒よ。丸かぶりが厭やったら切って食べてもええんよ。
 ほんでなにより、やりとない人はやらんでええのよ。なんで人様のお愉しみや習慣に文句つけなあかんのや。たぶんブー垂れたはる人らにも明確な答はないんやろ。そんだけゆーてもまだ口先をとんがらかさはるご仁には森の石松やないけど「馬鹿は死ななきゃ直らねぇ!」て言わせてもらうしかあ

らしませんな。
 自宅で作る寿司といえば鯖寿司とばら(ちらし)寿司ばかりなんやけど、うちも節分ばかりは巻寿司をこさえます。今年はかんぴょう巻きにしました。根城カフェでその話をしたら他の常連客の子供さんたち(通称「カフェ孫」)が興味津々だったので頑張って細巻きも制作。こっちの芯はピンク色の桜でんぶ。好評さくさくでした。楽しかったな。ケチつけられる謂れはおへんわ。

photo

『THE ARAKI(あら輝)』
Unit 4, 12 New Burlington St, London W1S 3BF
『NOBU』
19 Old Park Lane London W1K 1LB
『sosharu』
64 Turnmill St London EC1M 5RR
『SUSHISAMBA』
Floors 38 & 39 Heron Tower 110 Bishopsgate London EC2N 4AY
『㐂寿司』
東京都中央区日本橋人形町2713
『鮨 やぶ内』
京都市中京区御幸町通蛸薬師下ル船屋町399
『鮨松波』
東京都台東区駒形195
『いづ重』
京都市東山区東大路四条祇園町北側292-1
『神田志乃多寿司』
東京都千代田区神田淡路町22
『岩佐寿し』
東京都中央区築地521 1号館
『寿しのむさし 三条本店』
京都市中京区河原町三条上ル恵比須町440

03
「スシ喰いねェ!」




 帰国します。二年ぶり。また春でっか? ゆう声もございまっけど、筍はこの季節にしかおまへんよって。山椒さんしょの木の芽もこの季節に吹きまっさかい。桜もこの季節しか咲きまへんし。「老い先短い」とまではいいまへんけど歳を喰うて人生のゴールが見えてくると、日本に顔出すタイミングも自ずといろいろ考えるようになります。毎年帰れるだけの体力もあらしませんしな。いっぺんいっぺんが貴重なもんになってきよる。
 帰って楽しみなんは、もちろん友達に会えること、馴染みのお店で食べさしてもらえること、大好きな味にまた舌鼓を打てることです。ご機嫌伺いするとちょくちょくご馳走になることもあって、これもまたお愉しみのひとつ。なんや申し訳ないなあとか、情けないなあとか思わいでもおへんけど、まあ、ええかと考えられるようになったんも加齢のご功徳やもしれません。
 歳喰うても『鈍感力』だけは蓄えんようにせなと自戒してまっけど、冥土ツアーはもう始まってるのやと自覚したら、ちょっとええもん喰わせて戴けんのは旅のお駄賃かお餞別みたいなもんかなと気楽になったんです。ただなんぼ「呑みねえ食いねえ」ゆわれても物理的に難しゅうなってまっさかい満漢全席にさそてもろても、すんませんて言わせてもらわなあきません。

 奢ってもろて嬉しいもんの代表格ゆうたら、やっぱり寿司ですやろか。いまやロンドンには日本を代表する三ツ星寿司店『THE ARAKI(あら輝)』を頂点に、『NOBU』とか『sosharu』、『SUSHISAMBA』など日本で喰うても上等やなーと感嘆するようなお寿司を出してくれはる店があります。このあたりは、たまーにやったら自腹で奮発してもええかもゆうくらいには美味いです。
 けどねえ、なかなか実際には足が向きよらへんのよ。どうしても「寿司は日本で食べたい」という潜在意識の【刷り込みインプリンティング】から逃れられへん。よしんば太っ腹の森の石松に「あんた日本人だってね、食いねぇ、寿司を食いねぇ」と勧められても、なんか気が乗らへん。どうやらクオリティの問題やなさそうです。
 まず、どこよりも日本で楽しみにしている寿司はといえば、photoこれは東京・人形町の『㐂寿司きずし』さん。もう、いまから浮足立っているくらい。〝心地よい緊張感〟という表現がありまっけど、ほんまに心地よさと緊張が同居してる空間なんてそないあるもんやおへん。ここにはそれがあります。ロンドンの寿司屋にはないもんのひとつやね。作り手が矜恃を以て差し出す。食べ手は敬意を以て戴く。そんな

から生まれるアンビアンス。
 青柳、ヒラマサ、蝦蛄しゃこ、煮蛤、蒸し穴子、青背は何でも。わしの好きな握りのネタは、とことん江戸前。魚偏に旨いと書いてスシと読ませる日本語の素晴らしさに感じ入る味覚が『㐂寿司』さんの真骨頂や。
photo 以前、英国こちらのメディアで日本の料理店を紹介する機会があって、そのときに映画がアカデミー賞候補にもなった『すきやばし次郎』がハリウッドスターだとしたら、『㐂寿司』のご主人の油井隆一さんは英国王立シェイクスピア劇団の主演舞台俳優である、てなことを書きました。その感想はいまでも間違うてへんと信じてます。
 ああ、そうか。自分で書いてて気ぃがつきましたけど、英国で食べた寿司がどんなに美味くてもリピーターになりたいとまでは思わへんのは、それらがオペラやバレエ、ミュージカルやからや。儂は劇場芸術全般すべてを愛してまっけど、こと寿司屋に求めるのは生粋の舞台役者がみせてくれる物語の感動なんやな。
 そうゆうたら『あら輝』さんのお寿司をご馳走になったとき(そのときは銀座のお店でしたけど)なんやオペラを観劇してるみたいな心持ちになったんを覚えてます。名代のチョモランマ寿司は、まるでナタリー・デセイのコロラチュラソ

プラノのようやった。
 もう一軒、日本に帰ったら必ず食べさせてもろてんのが京都の『鮨 やぶ内』さん。お世話になってる開化堂ご一家が連れてってくれはるんです。さいぜんの芝居の喩えでゆうたら、photoさしずめスタジオ・シアターちゅうとこですやろか。英国のシェイクスピア役者は格式高い老舗の劇場こやだけやのうて、前衛的な演出で知られる小劇場にも積極的に出演しはりますが、そういう小態で質の高い舞台に似てる気がします。
 ちょっとご縁が途切れてしもうてご無沙汰してるんですが、かつて会社員時代は東京に出張するたんびに寄せてもろてた浅草の『鮨松波』とかにも、ちょっと近い感じがあります。そーゆーたら松波さんと薮内さんは店の佇まいだけやのうて、超正統派高級店で修行された経歴やお洒落でダンディなとこなんかも共通してまんな。けど一番のひとしさは握られるお寿司がそらもー【はんなり】してるとこやろか。
 この京言葉は誤った認識をされて全国区になったコトバの

第一位やないかと儂はいっつも忸怩じくじたる思いをしてるんでっけど、これはね、基本的には「華やか」ゆう意味なんでっせ。人目は惹くけど決して悪目立ちしていない、ぱーっと派手なんやけど趣味がええ、そういうのんが【はんなり】です。ほんで、こちらのお寿司はまさにこの京言葉が相応しい江戸前のお寿司です。

 なんか書いてて気分が高揚してまいりましたけど儂が楽しみにしてる寿司は、そういう特別なお店ばっかりやおへん。『いづ重』さんの鯖寿司は絶対に食べたいし、冬場にしか戴けへん隠れた名物「ねぎ稲荷」に間に合ってほしいと心から願ってるし、うまいこと巻き寿司の端切れ集めたパックに当りますよう仏さんに手ぇ合わせる毎日でもあります。
 あと、『神田志乃多寿司』さんの、あの、甘い甘いお稲荷さん。あれ、サイコー。神田のお店はカウンターがあるんで、どこぞの出版社に寄った帰りにはちょこっと足を延ばして助六します。もう、これで最後になるやろし築地市場の『岩佐寿し』で貝づくしも摘まんできたいなあ。アホみたいな利権まみれの世界大運動会のせいであっこがなくなるなんて、ほんま哀しいなあ。
 もちろん回転寿司かて行きまっせ。『寿しのむさし 三条本店』とかは英国人のツレも気にいってるんで、あのへんでランチ難民になったらひょこっと入ったりします。そら職人さんが握らはるもんとは別モンですわ。同じ「寿司喰いねェ」でも広沢虎造とシブがき隊くらい違う。けど、ロンドンにあ

ったらええなあと思わいではいられんのは、こういう寿司屋やったりします。
 どーでもよろしおすけどシブがき隊の『スシ食いねェ!』の編曲したんは『エヴァンゲリオン』や『シン・ゴジラ』でいまをときめく鷺巣詩郎さぎすしろう。これマメな。
 しかしこうして思いつくままに日本で食べたい寿司を並べてゆくと、なんとまあ幅の広い、度量の広い喰いもんよなあと感嘆します。値段も百倍くらい差があるし。そやけどどれもが日本の食シーンに欠かせへんもんやないでしょうか。儂、それこそセブンイレブンの納豆巻きとかも大好物やもん。あれを齧んのかて寿司の悦びには違いあらへんと本気で思ってますもん。

 なんかアレやね、そやけど寿司というとなんか日本人はこだわりがあるというか、ちょっとムキになってまうとこがありまんな。食文化を代表する料理やからでしょうか。スキヤキゆうてもあれは肉料理で明治以降のもんやし、天婦羅は元を糾せばポルトガル料理やしね。世界に誇る伝統食ゆうたらどうしても寿司になる。
 そんな思い入れがあるせいやろか、なんや毎年えらいぐちゃぐちゃ文句いうたはる人がいて気色悪いゆうかやかましいこっちゃと眉を顰めてるんが節分の【恵方巻き】問題ですわ。なんで、みんなあないにかんかんになったはんの? いったいなにが気にいらんのか儂のような阿呆にはさっぱり理解ができまへん。

 バレンタインデーのチョコレートとどこが違いますのや? 少なくとも恵方巻のほうが長い歴史があるし、チョコの方が商売もよほどエゲツないのに。残りもんが出るのなんのと倫理的な話を持ち出す方もおいでのようですが、ハート形のチョコかて214日過ぎたらどこにも売れまへんで。材料かて寿司は国内の経済を潤すけどチョコレートの原材料はほとんどが輸入品や。どないです?
 起源を辿ったらそないに変わらへん【土用の鰻】に文句ゆう人は聞いたことないのに、なんでです? みんな楽しんだらええやん。大晦日に蕎麦を啜ったり55日に柏餅や粽を食べるみたいに、美味しいねえゆうて笑いおうてなにがあかんの? 誰も強制してるやなし。

 あんね、京都にはね、「毎月この日には何を食べる」「何日には何を作る」ゆうキマリゆうか習慣がいっぱいあって、それらには土用の鰻よろしくなんやかやと理由がついてはいるんやけど根本的なところには当日はおかずに頭を悩ませんでええし楽チンやゆうのがあります。巻寿司の丸かぶりかて一緒よ。丸かぶりが厭やったら切って食べてもええんよ。
 ほんでなにより、やりとない人はやらんでええのよ。なんで人様のお愉しみや習慣に文句つけなあかんのや。たぶんブー垂れたはる人らにも明確な答はないんやろ。そんだけゆーてもまだ口先をとんがらかさはるご仁には森の石松やないけど「馬鹿は死ななきゃ直らねぇ!」て言わせてもらうしかあらしませんな。

 自宅で作る寿司といえば鯖寿司とばら(ちらし)寿司ばかりなんやけど、うちも節分ばかりは巻寿司をこさえます。今年はかんぴょう巻きにしました。根城カフェでその話をしたら他の常連客の子供さんたち(通称「カフェ孫」)が興味津々だったので頑張って細巻きも制作。こっちの芯はピンク色の桜でんぶ。好評さくさくでした。楽しかったな。ケチつけられる謂れはおへんわ。

photo

『THE ARAKI(あら輝)』
Unit 4, 12 New Burlington St, London W1S 3BF
『NOBU』
19 Old Park Lane London W1K 1LB
『sosharu』
64 Turnmill St London EC1M 5RR
『SUSHISAMBA』
Floors 38 & 39 Heron Tower 110 Bishopsgate London EC2N 4AY
『㐂寿司』
東京都中央区日本橋人形町2713
『鮨 やぶ内』
京都市中京区御幸町通蛸薬師下ル船屋町399
『鮨松波』
東京都台東区駒形195
『いづ重』
京都市東山区東大路四条祇園町北側292-1
『神田志乃多寿司』
東京都千代田区神田淡路町22
『岩佐寿し』
東京都中央区築地521 1号館
『寿しのむさし 三条本店』
京都市中京区河原町三条上ル恵比須町440

03
「スシ喰いねェ!」




 帰国します。二年ぶり。また春でっか? ゆう声もございまっけど、筍はこの季節にしかおまへんよって。山椒さんしょの木の芽もこの季節に吹きまっさかい。桜もこの季節しか咲きまへんし。「老い先短い」とまではいいまへんけど歳を喰うて人生のゴールが見えてくると、日本に顔出すタイミングも自ずといろいろ考えるようになります。毎年帰れるだけの体力もあらしませんしな。いっぺんいっぺんが貴重なもんになってきよる。
 帰って楽しみなんは、もちろん友達に会えること、馴染みのお店で食べさしてもらえること、大好きな味にまた舌鼓を打てることです。ご機嫌伺いするとちょくちょくご馳走になることもあって、これもまたお愉しみのひとつ。なんや申し訳ないなあとか、情けないなあとか思わいでもおへんけど、まあ、ええかと考えられるようになったんも加齢のご功徳やもしれません。
 歳喰うても『鈍感力』だけは蓄えんようにせなと自戒してまっけど、冥土ツアーはもう始まってるのやと自覚したら、ちょっとええもん喰わせて戴けんのは旅のお駄賃かお餞別みたいなもんかなと気楽になったんです。ただなんぼ「呑みねえ食いねえ」ゆわれても物理的に難しゅうなってまっさかい満漢全席にさそてもろても、すんませんて言わせてもらわなあきません。

 奢ってもろて嬉しいもんの代表格ゆうたら、やっぱり寿司ですやろか。いまやロンドンには日本を代表する三ツ星寿司店『THE ARAKI(あら輝)』を頂点に、『NOBU』とか『sosharu』、『SUSHISAMBA』など日本で喰うても上等やなーと感嘆するようなお寿司を出してくれはる店があります。このあたりは、たまーにやったら自腹で奮発してもええかもゆうくらいには美味いです。
 けどねえ、なかなか実際には足が向きよらへんのよ。どうしても「寿司は日本で食べたい」という潜在意識の【刷り込みインプリンティング】から逃れられへん。よしんば太っ腹の森の石松に「あんた日本人だってね、食いねぇ、寿司を食いねぇ」と勧められても、なんか気が乗らへん。どうやらクオリティの問題やなさそうです。
 まず、どこよりも日本で楽しみにしている寿司はといえば、photoこれは東京・人形町の『㐂寿司きずし』さん。もう、いまから浮足立っているくらい。〝心地よい緊張感〟という表現がありまっけど、ほんまに心地よさと緊張が同居してる空間なんてそないあるもんやおへん。ここにはそれがあります。ロンドンの寿司屋にはないもんのひとつやね。作り手が矜恃を以て差し出す。食べ手は敬意を以て戴く。そんな

から生まれるアンビアンス。
 青柳、ヒラマサ、蝦蛄しゃこ、煮蛤、蒸し穴子、青背は何でも。わしの好きな握りのネタは、とことん江戸前。魚偏に旨いと書いてスシと読ませる日本語の素晴らしさに感じ入る味覚が『㐂寿司』さんの真骨頂や。
photo 以前、英国こちらのメディアで日本の料理店を紹介する機会があって、そのときに映画がアカデミー賞候補にもなった『すきやばし次郎』がハリウッドスターだとしたら、『㐂寿司』のご主人の油井隆一さんは英国王立シェイクスピア劇団の主演舞台俳優である、てなことを書きました。その感想はいまでも間違うてへんと信じてます。
 ああ、そうか。自分で書いてて気ぃがつきましたけど、英国で食べた寿司がどんなに美味くてもリピーターになりたいとまでは思わへんのは、それらがオペラやバレエ、ミュージカルやからや。儂は劇場芸術全般すべてを愛してまっけど、こと寿司屋に求めるのは生粋の舞台役者がみせてくれる物語の感動なんやな。
 そうゆうたら『あら輝』さんのお寿司をご馳走になったとき(そのときは銀座のお店でしたけど)なんやオペラを観劇してるみたいな心持ちになったんを覚えてます。名代のチョモランマ寿司は、まるでナタリー・デセイのコロラチュラソ

プラノのようやった。
 もう一軒、日本に帰ったら必ず食べさせてもろてんのが京都の『鮨 やぶ内』さん。お世話になってる開化堂ご一家が連れてってくれはるんです。さいぜんの芝居の喩えでゆうたら、photoさしずめスタジオ・シアターちゅうとこですやろか。英国のシェイクスピア役者は格式高い老舗の劇場こやだけやのうて、前衛的な演出で知られる小劇場にも積極的に出演しはりますが、そういう小態で質の高い舞台に似てる気がします。
 ちょっとご縁が途切れてしもうてご無沙汰してるんですが、かつて会社員時代は東京に出張するたんびに寄せてもろてた浅草の『鮨松波』とかにも、ちょっと近い感じがあります。そーゆーたら松波さんと薮内さんは店の佇まいだけやのうて、超正統派高級店で修行された経歴やお洒落でダンディなとこなんかも共通してまんな。けど一番のひとしさは握られるお寿司がそらもー【はんなり】してるとこやろか。
 この京言葉は誤った認識をされて全国区になったコトバの

第一位やないかと儂はいっつも忸怩じくじたる思いをしてるんでっけど、これはね、基本的には「華やか」ゆう意味なんでっせ。人目は惹くけど決して悪目立ちしていない、ぱーっと派手なんやけど趣味がええ、そういうのんが【はんなり】です。ほんで、こちらのお寿司はまさにこの京言葉が相応しい江戸前のお寿司です。

 なんか書いてて気分が高揚してまいりましたけど儂が楽しみにしてる寿司は、そういう特別なお店ばっかりやおへん。『いづ重』さんの鯖寿司は絶対に食べたいし、冬場にしか戴けへん隠れた名物「ねぎ稲荷」に間に合ってほしいと心から願ってるし、うまいこと巻き寿司の端切れ集めたパックに当りますよう仏さんに手ぇ合わせる毎日でもあります。
 あと、『神田志乃多寿司』さんの、あの、甘い甘いお稲荷さん。あれ、サイコー。神田のお店はカウンターがあるんで、どこぞの出版社に寄った帰りにはちょこっと足を延ばして助六します。もう、これで最後になるやろし築地市場の『岩佐寿し』で貝づくしも摘まんできたいなあ。アホみたいな利権まみれの世界大運動会のせいであっこがなくなるなんて、ほんま哀しいなあ。
 もちろん回転寿司かて行きまっせ。『寿しのむさし 三条本店』とかは英国人のツレも気にいってるんで、あのへんでランチ難民になったらひょこっと入ったりします。そら職人さんが握らはるもんとは別モンですわ。同じ「寿司喰いねェ」でも広沢虎造とシブがき隊くらい違う。けど、ロンドンにあ

ったらええなあと思わいではいられんのは、こういう寿司屋やったりします。
 どーでもよろしおすけどシブがき隊の『スシ食いねェ!』の編曲したんは『エヴァンゲリオン』や『シン・ゴジラ』でいまをときめく鷺巣詩郎さぎすしろう。これマメな。
 しかしこうして思いつくままに日本で食べたい寿司を並べてゆくと、なんとまあ幅の広い、度量の広い喰いもんよなあと感嘆します。値段も百倍くらい差があるし。そやけどどれもが日本の食シーンに欠かせへんもんやないでしょうか。儂、それこそセブンイレブンの納豆巻きとかも大好物やもん。あれを齧んのかて寿司の悦びには違いあらへんと本気で思ってますもん。

 なんかアレやね、そやけど寿司というとなんか日本人はこだわりがあるというか、ちょっとムキになってまうとこがありまんな。食文化を代表する料理やからでしょうか。スキヤキゆうてもあれは肉料理で明治以降のもんやし、天婦羅は元を糾せばポルトガル料理やしね。世界に誇る伝統食ゆうたらどうしても寿司になる。
 そんな思い入れがあるせいやろか、なんや毎年えらいぐちゃぐちゃ文句いうたはる人がいて気色悪いゆうかやかましいこっちゃと眉を顰めてるんが節分の【恵方巻き】問題ですわ。なんで、みんなあないにかんかんになったはんの? いったいなにが気にいらんのか儂のような阿呆にはさっぱり理解ができまへん。

 バレンタインデーのチョコレートとどこが違いますのや? 少なくとも恵方巻のほうが長い歴史があるし、チョコの方が商売もよほどエゲツないのに。残りもんが出るのなんのと倫理的な話を持ち出す方もおいでのようですが、ハート形のチョコかて214日過ぎたらどこにも売れまへんで。材料かて寿司は国内の経済を潤すけどチョコレートの原材料はほとんどが輸入品や。どないです?
 起源を辿ったらそないに変わらへん【土用の鰻】に文句ゆう人は聞いたことないのに、なんでです? みんな楽しんだらええやん。大晦日に蕎麦を啜ったり55日に柏餅や粽を食べるみたいに、美味しいねえゆうて笑いおうてなにがあかんの? 誰も強制してるやなし。

 あんね、京都にはね、「毎月この日には何を食べる」「何日には何を作る」ゆうキマリゆうか習慣がいっぱいあって、それらには土用の鰻よろしくなんやかやと理由がついてはいるんやけど根本的なところには当日はおかずに頭を悩ませんでええし楽チンやゆうのがあります。巻寿司の丸かぶりかて一緒よ。丸かぶりが厭やったら切って食べてもええんよ。
 ほんでなにより、やりとない人はやらんでええのよ。なんで人様のお愉しみや習慣に文句つけなあかんのや。たぶんブー垂れたはる人らにも明確な答はないんやろ。そんだけゆーてもまだ口先をとんがらかさはるご仁には森の石松やないけど「馬鹿は死ななきゃ直らねぇ!」て言わせてもらうしかあらしませんな。

 自宅で作る寿司といえば鯖寿司とばら(ちらし)寿司ばかりなんやけど、うちも節分ばかりは巻寿司をこさえます。今年はかんぴょう巻きにしました。根城カフェでその話をしたら他の常連客の子供さんたち(通称「カフェ孫」)が興味津々だったので頑張って細巻きも制作。こっちの芯はピンク色の桜でんぶ。好評さくさくでした。楽しかったな。ケチつけられる謂れはおへんわ。

photo

『THE ARAKI(あら輝)』
Unit 4, 12 New Burlington St, London W1S 3BF
『NOBU』
19 Old Park Lane London W1K 1LB
『sosharu』
64 Turnmill St London EC1M 5RR
『SUSHISAMBA』
Floors 38 & 39 Heron Tower 110 Bishopsgate London EC2N 4AY
『㐂寿司』
東京都中央区日本橋人形町2713
『鮨 やぶ内』
京都市中京区御幸町通蛸薬師下ル船屋町399
『鮨松波』
東京都台東区駒形195
『いづ重』
京都市東山区東大路四条祇園町北側292-1
『神田志乃多寿司』
東京都千代田区神田淡路町22
『岩佐寿し』
東京都中央区築地521 1号館
『寿しのむさし 三条本店』
京都市中京区河原町三条上ル恵比須町440

03
「スシ喰いねェ!」




 帰国します。二年ぶり。また春でっか? ゆう声もございまっけど、筍はこの季節にしかおまへんよって。山椒さんしょの木の芽もこの季節に吹きまっさかい。桜もこの季節しか咲きまへんし。「老い先短い」とまではいいまへんけど歳を喰うて人生のゴールが見えてくると、日本に顔出すタイミングも自ずといろいろ考えるようになります。毎年帰れるだけの体力もあらしませんしな。いっぺんいっぺんが貴重なもんになってきよる。
 帰って楽しみなんは、もちろん友達に会えること、馴染みのお店で食べさしてもらえること、大好きな味にまた舌鼓を打てることです。ご機嫌伺いするとちょくちょくご馳走になることもあって、これもまたお愉しみのひとつ。なんや申し訳ないなあとか、情けないなあとか思わいでもおへんけど、まあ、ええかと考えられるようになったんも加齢のご功徳やもしれません。
 歳喰うても『鈍感力』だけは蓄えんようにせなと自戒してまっけど、冥土ツアーはもう始まってるのやと自覚したら、ちょっとええもん喰わせて戴けんのは旅のお駄賃かお餞別みたいなもんかなと気楽になったんです。ただなんぼ「呑みねえ食いねえ」ゆわれても物理的に難しゅうなってまっさかい満漢全席にさそてもろても、すんませんて言わせてもらわなあきません。

 奢ってもろて嬉しいもんの代表格ゆうたら、やっぱり寿司ですやろか。いまやロンドンには日本を代表する三ツ星寿司店『THE ARAKI(あら輝)』を頂点に、『NOBU』とか『sosharu』、『SUSHISAMBA』など日本で喰うても上等やなーと感嘆するようなお寿司を出してくれはる店があります。このあたりは、たまーにやったら自腹で奮発してもええかもゆうくらいには美味いです。
 けどねえ、なかなか実際には足が向きよらへんのよ。どうしても「寿司は日本で食べたい」という潜在意識の【刷り込みインプリンティング】から逃れられへん。よしんば太っ腹の森の石松に「あんた日本人だってね、食いねぇ、寿司を食いねぇ」と勧められても、なんか気が乗らへん。どうやらクオリティの問題やなさそうです。
 まず、どこよりも日本で楽しみにしている寿司はといえば、photoこれは東京・人形町の『㐂寿司きずし』さん。もう、いまから浮足立っているくらい。〝心地よい緊張感〟という表現がありまっけど、ほんまに心地よさと緊張が同居してる空間なんてそないあるもんやおへん。ここにはそれがあります。ロンドンの寿司屋にはないもんのひとつやね。作り手が矜恃を以て差し出す。食べ手

は敬意を以て戴く。そんなから生まれるアンビアンス。
 青柳、ヒラマサ、蝦蛄しゃこ、煮蛤、蒸し穴子、青背は何でも。わしの好きな握りのネタは、とことん江戸前。魚偏に旨いと書いてスシと読ませる日本語の素晴らしさに感じ入る味覚が『㐂寿司』さんの真骨頂や。
photo 以前、英国こちらのメディアで日本の料理店を紹介する機会があって、そのときに映画がアカデミー賞候補にもなった『すきやばし次郎』がハリウッドスターだとしたら、『㐂寿司』のご主人の油井隆一さんは英国王立シェイクスピア劇団の主演舞台俳優である、てなことを書きました。その感想はいまでも間違うてへんと信じてます。
 ああ、そうか。自分で書いてて気ぃがつきましたけど、英国で食べた寿司がどんなに美味くてもリピーターになりたいとまでは思わへんのは、それらがオペラやバレエ、ミュージカルやからや。儂は劇場芸術全般すべてを愛してまっけど、こと寿司屋に求めるのは生粋の舞台役者がみせてくれる物語の感動なんやな。
 そうゆうたら『あら輝』さんのお寿司をご馳走になったとき(そのときは銀座のお店でしたけど)なんやオペラを観劇してるみたいな心持ちになったんを覚えてます。名代のチョモランマ寿司は、まるでナタリー・デセイのコロラ

チュラソプラノのようやった。
 もう一軒、日本に帰ったら必ず食べさせてもろてんのが京都の『鮨 やぶ内』さん。お世話になってる開化堂ご一家が連れてってくれはるんです。さいぜんの芝居の喩えでゆうたら、photoさしずめスタジオ・シアターちゅうとこですやろか。英国のシェイクスピア役者は格式高い老舗の劇場こやだけやのうて、前衛的な演出で知られる小劇場にも積極的に出演しはりますが、そういう小態で質の高い舞台に似てる気がします。
 ちょっとご縁が途切れてしもうてご無沙汰してるんですが、かつて会社員時代は東京に出張するたんびに寄せてもろてた浅草の『鮨松波』とかにも、ちょっと近い感じがあります。そーゆーたら松波さんと薮内さんは店の佇まいだけやのうて、超正統派高級店で修行された経歴やお洒落でダンディなとこなんかも共通してまんな。けど一番のひとしさは握られるお寿司がそらもー【はんなり】してるとこや

ろか。
 この京言葉は誤った認識をされて全国区になったコトバの第一位やないかと儂はいっつも忸怩じくじたる思いをしてるんでっけど、これはね、基本的には「華やか」ゆう意味なんでっせ。人目は惹くけど決して悪目立ちしていない、ぱーっと派手なんやけど趣味がええ、そういうのんが【はんなり】です。ほんで、こちらのお寿司はまさにこの京言葉が相応しい江戸前のお寿司です。

 なんか書いてて気分が高揚してまいりましたけど儂が楽しみにしてる寿司は、そういう特別なお店ばっかりやおへん。『いづ重』さんの鯖寿司は絶対に食べたいし、冬場にしか戴けへん隠れた名物「ねぎ稲荷」に間に合ってほしいと心から願ってるし、うまいこと巻き寿司の端切れ集めたパックに当りますよう仏さんに手ぇ合わせる毎日でもあります。
 あと、『神田志乃多寿司』さんの、あの、甘い甘いお稲荷さん。あれ、サイコー。神田のお店はカウンターがあるんで、どこぞの出版社に寄った帰りにはちょこっと足を延ばして助六します。もう、これで最後になるやろし築地市場の『岩佐寿し』で貝づくしも摘まんできたいなあ。アホみたいな利権まみれの世界大運動会のせいであっこがなくなるなんて、ほんま哀しいなあ。
 もちろん回転寿司かて行きまっせ。『寿しのむさし 三条本店』とかは英国人のツレも気にいってるんで、あのへん

でランチ難民になったらひょこっと入ったりします。そら職人さんが握らはるもんとは別モンですわ。同じ「寿司喰いねェ」でも広沢虎造とシブがき隊くらい違う。けど、ロンドンにあったらええなあと思わいではいられんのは、こういう寿司屋やったりします。
 どーでもよろしおすけどシブがき隊の『スシ食いねェ!』の編曲したんは『エヴァンゲリオン』や『シン・ゴジラ』でいまをときめく鷺巣詩郎さぎすしろう。これマメな。
 しかしこうして思いつくままに日本で食べたい寿司を並べてゆくと、なんとまあ幅の広い、度量の広い喰いもんよなあと感嘆します。値段も百倍くらい差があるし。そやけどどれもが日本の食シーンに欠かせへんもんやないでしょうか。儂、それこそセブンイレブンの納豆巻きとかも大好物やもん。あれを齧んのかて寿司の悦びには違いあらへんと本気で思ってますもん。

 なんかアレやね、そやけど寿司というとなんか日本人はこだわりがあるというか、ちょっとムキになってまうとこがありまんな。食文化を代表する料理やからでしょうか。スキヤキゆうてもあれは肉料理で明治以降のもんやし、天婦羅は元を糾せばポルトガル料理やしね。世界に誇る伝統食ゆうたらどうしても寿司になる。
 そんな思い入れがあるせいやろか、なんや毎年えらいぐちゃぐちゃ文句いうたはる人がいて気色悪いゆうかやかましいこっちゃと眉を顰めてるんが節分の【恵方巻き】問題です

わ。なんで、みんなあないにかんかんになったはんの? いったいなにが気にいらんのか儂のような阿呆にはさっぱり理解ができまへん。
 バレンタインデーのチョコレートとどこが違いますのや? 少なくとも恵方巻のほうが長い歴史があるし、チョコの方が商売もよほどエゲツないのに。残りもんが出るのなんのと倫理的な話を持ち出す方もおいでのようですが、ハート形のチョコかて214日過ぎたらどこにも売れまへんで。材料かて寿司は国内の経済を潤すけどチョコレートの原材料はほとんどが輸入品や。どないです?
 起源を辿ったらそないに変わらへん【土用の鰻】に文句ゆう人は聞いたことないのに、なんでです? みんな楽しんだらええやん。大晦日に蕎麦を啜ったり55日に柏餅や粽を食べるみたいに、美味しいねえゆうて笑いおうてなにがあかんの? 誰も強制してるやなし。

 あんね、京都にはね、「毎月この日には何を食べる」「何日には何を作る」ゆうキマリゆうか習慣がいっぱいあって、それらには土用の鰻よろしくなんやかやと理由がついてはいるんやけど根本的なところには当日はおかずに頭を悩ませんでええし楽チンやゆうのがあります。巻寿司の丸かぶりかて一緒よ。丸かぶりが厭やったら切って食べてもええんよ。
 ほんでなにより、やりとない人はやらんでええのよ。なんで人様のお愉しみや習慣に文句つけなあかんのや。たぶ

んブー垂れたはる人らにも明確な答はないんやろ。そんだけゆーてもまだ口先をとんがらかさはるご仁には森の石松やないけど「馬鹿は死ななきゃ直らねぇ!」て言わせてもらうしかあらしませんな。
 自宅で作る寿司といえば鯖寿司とばら(ちらし)寿司ばかりなんやけど、うちも節分ばかりは巻寿司をこさえます。今年はかんぴょう巻きにしました。根城カフェでその話をしたら他の常連客の子供さんたち(通称「カフェ孫」)が興味津々だったので頑張って細巻きも制作。こっちの芯はピンク色の桜でんぶ。好評さくさくでした。楽しかったな。ケチつけられる謂れはおへんわ。

photo

『THE ARAKI(あら輝)』
Unit 4, 12 New Burlington St, London W1S 3BF
『NOBU』
19 Old Park Lane London W1K 1LB
『sosharu』
64 Turnmill St London EC1M 5RR
『SUSHISAMBA』
Floors 38 & 39 Heron Tower 110 Bishopsgate London EC2N 4AY
『㐂寿司』
東京都中央区日本橋人形町2713
『鮨 やぶ内』
京都市中京区御幸町通蛸薬師下ル船屋町399
『鮨松波』
東京都台東区駒形195
『いづ重』
京都市東山区東大路四条祇園町北側292-1
『神田志乃多寿司』
東京都千代田区神田淡路町22
『岩佐寿し』
東京都中央区築地521 1号館
『寿しのむさし 三条本店』
京都市中京区河原町三条上ル恵比須町440

03
「スシ喰いねェ!」




 帰国します。二年ぶり。また春でっか? ゆう声もございまっけど、筍はこの季節にしかおまへんよって。山椒さんしょの木の芽もこの季節に吹きまっさかい。桜もこの季節しか咲きまへんし。「老い先短い」とまではいいまへんけど歳を喰うて人生のゴールが見えてくると、日本に顔出すタイミングも自ずといろいろ考えるようになります。毎年帰れるだけの体力もあらしませんしな。いっぺんいっぺんが貴重なもんになってきよる。
 帰って楽しみなんは、もちろん友達に会えること、馴染みのお店で食べさしてもらえること、大好きな味にまた舌鼓を打てることです。ご機嫌伺いするとちょくちょくご馳走になることもあって、これもまたお愉しみのひとつ。なんや申し訳ないなあとか、情けないなあとか思わいでもおへんけど、まあ、ええかと考えられるようになったんも加齢のご功徳やもしれません。
 歳喰うても『鈍感力』だけは蓄えんようにせなと自戒してまっけど、冥土ツアーはもう始まってるのやと自覚したら、ちょっとええもん喰わせて戴けんのは旅のお駄賃かお餞別みたいなもんかなと気楽になったんです。ただなんぼ「呑みねえ食いねえ」ゆわれても物理的に難しゅうなってまっさかい満漢全席にさそてもろても、すんませんて言わせてもらわなあきません。

 奢ってもろて嬉しいもんの代表格ゆうたら、やっぱり寿司ですやろか。いまやロンドンには日本を代表する三ツ星寿司店『THE ARAKI(あら輝)』を頂点に、『NOBU』とか『sosharu』、『SUSHISAMBA』など日本で喰うても上等やなーと感嘆するようなお寿司を出してくれはる店があります。このあたりは、たまーにやったら自腹で奮発してもええかもゆうくらいには美味いです。
 けどねえ、なかなか実際には足が向きよらへんのよ。どうしても「寿司は日本で食べたい」という潜在意識の【刷り込みインプリンティング】から逃れられへん。よしんば太っ腹の森の石松に「あんた日本人だってね、食いねぇ、寿司を食いねぇ」と勧められても、なんか気が乗らへん。どうやらクオリティの問題やなさそうです。
 まず、どこよりも日本で楽しみにしている寿司はといえば、photoこれは東京・人形町の『㐂寿司きずし』さん。もう、いまから浮足立っているくらい。〝心地よい緊張感〟という表現がありまっけど、ほんまに心地よさと緊張が同居してる空間なんてそないあるもんやおへん。ここにはそれがあります。ロンドンの寿司屋にはないもんのひとつやね。作り手が矜恃を以て差し出す。食べ手は敬意を以て戴

く。そんなから生まれるアンビアンス。
 青柳、ヒラマサ、蝦蛄しゃこ、煮蛤、蒸し穴子、青背は何でも。わしの好きな握りのネタは、とことん江戸前。魚偏に旨いと書いてスシと読ませる日本語の素晴らしさに感じ入る味覚が『㐂寿司』さんの真骨頂や。
photo 以前、英国こちらのメディアで日本の料理店を紹介する機会があって、そのときに映画がアカデミー賞候補にもなった『すきやばし次郎』がハリウッドスターだとしたら、『㐂寿司』のご主人の油井隆一さんは英国王立シェイクスピア劇団の主演舞台俳優である、てなことを書きました。その感想はいまでも間違うてへんと信じてます。
 ああ、そうか。自分で書いてて気ぃがつきましたけど、英国で食べた寿司がどんなに美味くてもリピーターになりたいとまでは思わへんのは、それらがオペラやバレエ、ミュージカルやからや。儂は劇場芸術全般すべてを愛してまっけど、こと寿司屋に求めるのは生粋の舞台役者がみせてくれる物語の感動なんやな。
 そうゆうたら『あら輝』さんのお寿司をご馳走になったとき(そのときは銀座のお店でしたけど)なんやオペラを観劇してるみたいな心持ちになったんを覚えてます。名代のチョモランマ寿司は、まるでナタリー・デセイのコロラチュラソプラ

ノのようやった。
 もう一軒、日本に帰ったら必ず食べさせてもろてんのが京都の『鮨 やぶ内』さん。お世話になってる開化堂ご一家が連れてってくれはるんです。さいぜんの芝居の喩えでゆうたら、photoさしずめスタジオ・シアターちゅうとこですやろか。英国のシェイクスピア役者は格式高い老舗の劇場こやだけやのうて、前衛的な演出で知られる小劇場にも積極的に出演しはりますが、そういう小態で質の高い舞台に似てる気がします。
 ちょっとご縁が途切れてしもうてご無沙汰してるんですが、かつて会社員時代は東京に出張するたんびに寄せてもろてた浅草の『鮨松波』とかにも、ちょっと近い感じがあります。そーゆーたら松波さんと薮内さんは店の佇まいだけやのうて、超正統派高級店で修行された経歴やお洒落でダンディなとこなんかも共通してまんな。けど一番のひとしさは握られるお寿司がそらもー【はんなり】してるとこやろか。

 この京言葉は誤った認識をされて全国区になったコトバの第一位やないかと儂はいっつも忸怩じくじたる思いをしてるんでっけど、これはね、基本的には「華やか」ゆう意味なんでっせ。人目は惹くけど決して悪目立ちしていない、ぱーっと派手なんやけど趣味がええ、そういうのんが【はんなり】です。ほんで、こちらのお寿司はまさにこの京言葉が相応しい江戸前のお寿司です。

 なんか書いてて気分が高揚してまいりましたけど儂が楽しみにしてる寿司は、そういう特別なお店ばっかりやおへん。『いづ重』さんの鯖寿司は絶対に食べたいし、冬場にしか戴けへん隠れた名物「ねぎ稲荷」に間に合ってほしいと心から願ってるし、うまいこと巻き寿司の端切れ集めたパックに当りますよう仏さんに手ぇ合わせる毎日でもあります。
 あと、『神田志乃多寿司』さんの、あの、甘い甘いお稲荷さん。あれ、サイコー。神田のお店はカウンターがあるんで、どこぞの出版社に寄った帰りにはちょこっと足を延ばして助六します。もう、これで最後になるやろし築地市場の『岩佐寿し』で貝づくしも摘まんできたいなあ。アホみたいな利権まみれの世界大運動会のせいであっこがなくなるなんて、ほんま哀しいなあ。
 もちろん回転寿司かて行きまっせ。『寿しのむさし 三条本店』とかは英国人のツレも気にいってるんで、あのへんでランチ難民になったらひょこっと入ったりします。そら職人さんが握らはるもんとは別モンですわ。同じ「寿司喰いねェ」でも広

沢虎造とシブがき隊くらい違う。けど、ロンドンにあったらええなあと思わいではいられんのは、こういう寿司屋やったりします。
 どーでもよろしおすけどシブがき隊の『スシ食いねェ!』の編曲したんは『エヴァンゲリオン』や『シン・ゴジラ』でいまをときめく鷺巣詩郎さぎすしろう。これマメな。
 しかしこうして思いつくままに日本で食べたい寿司を並べてゆくと、なんとまあ幅の広い、度量の広い喰いもんよなあと感嘆します。値段も百倍くらい差があるし。そやけどどれもが日本の食シーンに欠かせへんもんやないでしょうか。儂、それこそセブンイレブンの納豆巻きとかも大好物やもん。あれを齧んのかて寿司の悦びには違いあらへんと本気で思ってますもん。

 なんかアレやね、そやけど寿司というとなんか日本人はこだわりがあるというか、ちょっとムキになってまうとこがありまんな。食文化を代表する料理やからでしょうか。スキヤキゆうてもあれは肉料理で明治以降のもんやし、天婦羅は元を糾せばポルトガル料理やしね。世界に誇る伝統食ゆうたらどうしても寿司になる。
 そんな思い入れがあるせいやろか、なんや毎年えらいぐちゃぐちゃ文句いうたはる人がいて気色悪いゆうかやかましいこっちゃと眉を顰めてるんが節分の【恵方巻き】問題ですわ。なんで、みんなあないにかんかんになったはんの? いったいなにが気にいらんのか儂のような阿呆に

はさっぱり理解ができまへん。
 バレンタインデーのチョコレートとどこが違いますのや? 少なくとも恵方巻のほうが長い歴史があるし、チョコの方が商売もよほどエゲツないのに。残りもんが出るのなんのと倫理的な話を持ち出す方もおいでのようですが、ハート形のチョコかて214日過ぎたらどこにも売れまへんで。材料かて寿司は国内の経済を潤すけどチョコレートの原材料はほとんどが輸入品や。どないです?
 起源を辿ったらそないに変わらへん【土用の鰻】に文句ゆう人は聞いたことないのに、なんでです? みんな楽しんだらええやん。大晦日に蕎麦を啜ったり55日に柏餅や粽を食べるみたいに、美味しいねえゆうて笑いおうてなにがあかんの? 誰も強制してるやなし。

 あんね、京都にはね、「毎月この日には何を食べる」「何日には何を作る」ゆうキマリゆうか習慣がいっぱいあって、それらには土用の鰻よろしくなんやかやと理由がついてはいるんやけど根本的なところには当日はおかずに頭を悩ませんでええし楽チンやゆうのがあります。巻寿司の丸かぶりかて一緒よ。丸かぶりが厭やったら切って食べてもええんよ。
 ほんでなにより、やりとない人はやらんでええのよ。なんで人様のお愉しみや習慣に文句つけなあかんのや。たぶんブー垂れたはる人らにも明確な答はないんやろ。そんだけゆーてもまだ口先をとんがらかさはるご仁には森の石松やないけど「馬鹿は死ななきゃ直らねぇ!」て言わせてもらうしかあ

らしませんな。
 自宅で作る寿司といえば鯖寿司とばら(ちらし)寿司ばかりなんやけど、うちも節分ばかりは巻寿司をこさえます。今年はかんぴょう巻きにしました。根城カフェでその話をしたら他の常連客の子供さんたち(通称「カフェ孫」)が興味津々だったので頑張って細巻きも制作。こっちの芯はピンク色の桜でんぶ。好評さくさくでした。楽しかったな。ケチつけられる謂れはおへんわ。

photo

『THE ARAKI(あら輝)』
Unit 4, 12 New Burlington St, London W1S 3BF
『NOBU』
19 Old Park Lane London W1K 1LB
『sosharu』
64 Turnmill St London EC1M 5RR
『SUSHISAMBA』
Floors 38 & 39 Heron Tower 110 Bishopsgate London EC2N 4AY
『㐂寿司』
東京都中央区日本橋人形町2713
『鮨 やぶ内』
京都市中京区御幸町通蛸薬師下ル船屋町399
『鮨松波』
東京都台東区駒形195
『いづ重』
京都市東山区東大路四条祇園町北側292-1
『神田志乃多寿司』
東京都千代田区神田淡路町22
『岩佐寿し』
東京都中央区築地521 1号館
『寿しのむさし 三条本店』
京都市中京区河原町三条上ル恵比須町440

03
「スシ喰いねェ!」




 帰国します。二年ぶり。また春でっか? ゆう声もございまっけど、筍はこの季節にしかおまへんよって。山椒さんしょの木の芽もこの季節に吹きまっさかい。桜もこの季節しか咲きまへんし。「老い先短い」とまではいいまへんけど歳を喰うて人生のゴールが見えてくると、日本に顔出すタイミングも自ずといろいろ考えるようになります。毎年帰れるだけの体力もあらしませんしな。いっぺんいっぺんが貴重なもんになってきよる。
 帰って楽しみなんは、もちろん友達に会えること、馴染みのお店で食べさしてもらえること、大好きな味にまた舌鼓を打てることです。ご機嫌伺いするとちょくちょくご馳走になることもあって、これもまたお愉しみのひとつ。なんや申し訳ないなあとか、情けないなあとか思わいでもおへんけど、まあ、ええかと考えられるようになったんも加齢のご功徳やもしれません。
 歳喰うても『鈍感力』だけは蓄えんようにせなと自戒してまっけど、冥土ツアーはもう始まってるのやと自覚したら、ちょっとええもん喰わせて戴けんのは旅のお駄賃かお餞別みたいなもんかなと気楽になったんです。ただなんぼ「呑みねえ食いねえ」ゆわれても物理的に難しゅうなってまっさかい満漢全席にさそてもろても、すんませんて言わせてもらわなあきません。

 奢ってもろて嬉しいもんの代表格ゆうたら、やっぱり寿司ですやろか。いまやロンドンには日本を代表する三ツ星寿司店『THE ARAKI(あら輝)』を頂点に、『NOBU』とか『sosharu』、『SUSHISAMBA』など日本で喰うても上等やなーと感嘆するようなお寿司を出してくれはる店があります。このあたりは、たまーにやったら自腹で奮発してもええかもゆうくらいには美味いです。
 けどねえ、なかなか実際には足が向きよらへんのよ。どうしても「寿司は日本で食べたい」という潜在意識の【刷り込みインプリンティング】から逃れられへん。よしんば太っ腹の森の石松に「あんた日本人だってね、食いねぇ、寿司を食いねぇ」と勧められても、なんか気が乗らへん。どうやらクオリティの問題やなさそうです。
 まず、どこよりも日本で楽しみにしている寿司はといえば、photoこれは東京・人形町の『㐂寿司きずし』さん。もう、いまから浮足立っているくらい。〝心地よい緊張感〟という表現がありまっけど、ほんまに心地よさと緊張が同居してる空間なんてそないあるもんやおへん。ここにはそれがあります。ロンドンの寿司屋にはないもんのひとつやね。作り手が矜恃を以て差し出す。食べ手は敬意を以て戴く。そ

んなから生まれるアンビアンス。
 青柳、ヒラマサ、蝦蛄しゃこ、煮蛤、蒸し穴子、青背は何でも。わしの好きな握りのネタは、とことん江戸前。魚偏に旨いと書いてスシと読ませる日本語の素晴らしさに感じ入る味覚が『㐂寿司』さんの真骨頂や。
photo 以前、英国こちらのメディアで日本の料理店を紹介する機会があって、そのときに映画がアカデミー賞候補にもなった『すきやばし次郎』がハリウッドスターだとしたら、『㐂寿司』のご主人の油井隆一さんは英国王立シェイクスピア劇団の主演舞台俳優である、てなことを書きました。その感想はいまでも間違うてへんと信じてます。
 ああ、そうか。自分で書いてて気ぃがつきましたけど、英国で食べた寿司がどんなに美味くてもリピーターになりたいとまでは思わへんのは、それらがオペラやバレエ、ミュージカルやからや。儂は劇場芸術全般すべてを愛してまっけど、こと寿司屋に求めるのは生粋の舞台役者がみせてくれる物語の感動なんやな。
 そうゆうたら『あら輝』さんのお寿司をご馳走になったとき(そのときは銀座のお店でしたけど)なんやオペラを観劇してるみたいな心持ちになったんを覚えてます。名代のチョモランマ寿司は、まるでナタリー・デセイのコロラチュラソプラノの

ようやった。
 もう一軒、日本に帰ったら必ず食べさせてもろてんのが京都の『鮨 やぶ内』さん。お世話になってる開化堂ご一家が連れてってくれはるんです。さいぜんの芝居の喩えでゆうたら、photoさしずめスタジオ・シアターちゅうとこですやろか。英国のシェイクスピア役者は格式高い老舗の劇場こやだけやのうて、前衛的な演出で知られる小劇場にも積極的に出演しはりますが、そういう小態で質の高い舞台に似てる気がします。
 ちょっとご縁が途切れてしもうてご無沙汰してるんですが、かつて会社員時代は東京に出張するたんびに寄せてもろてた浅草の『鮨松波』とかにも、ちょっと近い感じがあります。そーゆーたら松波さんと薮内さんは店の佇まいだけやのうて、超正統派高級店で修行された経歴やお洒落でダンディなとこなんかも共通してまんな。けど一番のひとしさは握られるお寿司がそらもー【はんなり】してるとこやろか。

 この京言葉は誤った認識をされて全国区になったコトバの第一位やないかと儂はいっつも忸怩じくじたる思いをしてるんでっけど、これはね、基本的には「華やか」ゆう意味なんでっせ。人目は惹くけど決して悪目立ちしていない、ぱーっと派手なんやけど趣味がええ、そういうのんが【はんなり】です。ほんで、こちらのお寿司はまさにこの京言葉が相応しい江戸前のお寿司です。

 なんか書いてて気分が高揚してまいりましたけど儂が楽しみにしてる寿司は、そういう特別なお店ばっかりやおへん。『いづ重』さんの鯖寿司は絶対に食べたいし、冬場にしか戴けへん隠れた名物「ねぎ稲荷」に間に合ってほしいと心から願ってるし、うまいこと巻き寿司の端切れ集めたパックに当りますよう仏さんに手ぇ合わせる毎日でもあります。
 あと、『神田志乃多寿司』さんの、あの、甘い甘いお稲荷さん。あれ、サイコー。神田のお店はカウンターがあるんで、どこぞの出版社に寄った帰りにはちょこっと足を延ばして助六します。もう、これで最後になるやろし築地市場の『岩佐寿し』で貝づくしも摘まんできたいなあ。アホみたいな利権まみれの世界大運動会のせいであっこがなくなるなんて、ほんま哀しいなあ。
 もちろん回転寿司かて行きまっせ。『寿しのむさし 三条本店』とかは英国人のツレも気にいってるんで、あのへんでランチ難民になったらひょこっと入ったりします。そら職人さんが

握らはるもんとは別モンですわ。同じ「寿司喰いねェ」でも広沢虎造とシブがき隊くらい違う。けど、ロンドンにあったらええなあと思わいではいられんのは、こういう寿司屋やったりします。
 どーでもよろしおすけどシブがき隊の『スシ食いねェ!』の編曲したんは『エヴァンゲリオン』や『シン・ゴジラ』でいまをときめく鷺巣詩郎さぎすしろう。これマメな。
 しかしこうして思いつくままに日本で食べたい寿司を並べてゆくと、なんとまあ幅の広い、度量の広い喰いもんよなあと感嘆します。値段も百倍くらい差があるし。そやけどどれもが日本の食シーンに欠かせへんもんやないでしょうか。儂、それこそセブンイレブンの納豆巻きとかも大好物やもん。あれを齧んのかて寿司の悦びには違いあらへんと本気で思ってますもん。

 なんかアレやね、そやけど寿司というとなんか日本人はこだわりがあるというか、ちょっとムキになってまうとこがありまんな。食文化を代表する料理やからでしょうか。スキヤキゆうてもあれは肉料理で明治以降のもんやし、天婦羅は元を糾せばポルトガル料理やしね。世界に誇る伝統食ゆうたらどうしても寿司になる。
 そんな思い入れがあるせいやろか、なんや毎年えらいぐちゃぐちゃ文句いうたはる人がいて気色悪いゆうかやかましいこっちゃと眉を顰めてるんが節分の【恵方巻き】問題ですわ。

なんで、みんなあないにかんかんになったはんの? いったいなにが気にいらんのか儂のような阿呆にはさっぱり理解ができまへん。
 バレンタインデーのチョコレートとどこが違いますのや? 少なくとも恵方巻のほうが長い歴史があるし、チョコの方が商売もよほどエゲツないのに。残りもんが出るのなんのと倫理的な話を持ち出す方もおいでのようですが、ハート形のチョコかて214日過ぎたらどこにも売れまへんで。材料かて寿司は国内の経済を潤すけどチョコレートの原材料はほとんどが輸入品や。どないです?
 起源を辿ったらそないに変わらへん【土用の鰻】に文句ゆう人は聞いたことないのに、なんでです? みんな楽しんだらええやん。大晦日に蕎麦を啜ったり55日に柏餅や粽を食べるみたいに、美味しいねえゆうて笑いおうてなにがあかんの? 誰も強制してるやなし。

 あんね、京都にはね、「毎月この日には何を食べる」「何日には何を作る」ゆうキマリゆうか習慣がいっぱいあって、それらには土用の鰻よろしくなんやかやと理由がついてはいるんやけど根本的なところには当日はおかずに頭を悩ませんでええし楽チンやゆうのがあります。巻寿司の丸かぶりかて一緒よ。丸かぶりが厭やったら切って食べてもええんよ。
 ほんでなにより、やりとない人はやらんでええのよ。なんで人様のお愉しみや習慣に文句つけなあかんのや。たぶんブー

垂れたはる人らにも明確な答はないんやろ。そんだけゆーてもまだ口先をとんがらかさはるご仁には森の石松やないけど「馬鹿は死ななきゃ直らねぇ!」て言わせてもらうしかあらしませんな。
 自宅で作る寿司といえば鯖寿司とばら(ちらし)寿司ばかりなんやけど、うちも節分ばかりは巻寿司をこさえます。今年はかんぴょう巻きにしました。根城カフェでその話をしたら他の常連客の子供さんたち(通称「カフェ孫」)が興味津々だったので頑張って細巻きも制作。こっちの芯はピンク色の桜でんぶ。好評さくさくでした。楽しかったな。ケチつけられる謂れはおへんわ。

photo

『THE ARAKI(あら輝)』
Unit 4, 12 New Burlington St, London W1S 3BF
『NOBU』
19 Old Park Lane London W1K 1LB
『sosharu』
64 Turnmill St London EC1M 5RR
『SUSHISAMBA』
Floors 38 & 39 Heron Tower 110 Bishopsgate London EC2N 4AY
『㐂寿司』
東京都中央区日本橋人形町2713
『鮨 やぶ内』
京都市中京区御幸町通蛸薬師下ル船屋町399
『鮨松波』
東京都台東区駒形195
『いづ重』
京都市東山区東大路四条祇園町北側292-1
『神田志乃多寿司』
東京都千代田区神田淡路町22
『岩佐寿し』
東京都中央区築地521 1号館
『寿しのむさし 三条本店』
京都市中京区河原町三条上ル恵比須町440

入江敦彦(いりえ・あつひこ)
1961年京都市上京区の西陣に生まれる。多摩美術大学染織デザイン科卒業。ロンドン在住。エッセイスト。『イケズの構造』『怖いこわい京都』(ともに新潮文庫)、『英国のOFF』(新潮社)、『テ・鉄輪』(光文社文庫)、「京都人だけが」シリーズ、など京都、英国に関する著作が多数ある。近年は『ベストセラーなんかこわくない』『読む京都』(ともに本の雑誌社)など書評集も執筆。2018年に『京都喰らい』(140B)を刊行。2020年1月に『京都でお買いもの』(新潮社)を上梓。