05
「初物喰い」




 だいたい二年に一度の周期で日本に帰ります。いんのは二ヶ月ちょい。コロナとオリンピックがうまいこと避けられたら2020年は帰国予定なんですが、さて、どないなりますことやら。これを書いてる三月の段階では五里霧中でございますわ。

 そやけど、もう二年になるんやね。こないだの帰国から。2018年の京都はほんまにたくさんの大切な店とお別れせなあきませんでした。立ち会えたとこもあるし、こっちに戻ってきてから思わぬお別れやったと知って呆然とした店もあります。そしてまた数多くの初物とのご縁にも恵まれた滞在でもありました。感謝。
photo  まず別れの筆頭は『パティスリー・オ・グルニエ・ドール』。ほんまによう通わせてもろた。はっきりゆうて帰国のタイミングはこちらが仕舞しまはるのに合わせて決めたようなとこがあります。
 わしは糖尿持ちやので、あんまり甘いもんはアカンのですけど、こないだの日本ではあらかじめ「儂の血糖値は今回

みんな西原金蔵シェフに捧げるし!」と宣言してました。おかげさんで週に一度は食べさしてもらえましたが後半はそらそら行列がえらいことになっててねえ。
 儂は基本的に知り合い特権を発動すんのが嫌い。特別扱いが苦手です。ただ名店が幕を下ろさはるときて禿鷹が死臭を嗅ぎつけるように、これまで縁もゆかりもなかった人らがイベント感覚で集ってくんのを見てきました。ましてやグルニエ・ドールから漂ってくるんは死臭やのうて甘い甘い誘惑の香り。此度だけは許してもらいました。これまで何度もあったように遠慮した挙句、最後のチャンスを逃しとうなかった。
 グルニエ・ドールさんとのご縁は『京都でお買いもん』(新潮社)ゆう本の中でたっぷり書かせてもらいましたんで読んでいただけると嬉しいです。
 しかしすべてを捧げるとは言うてもお休みの日ぃもありますし、ちょろちょろ寄らせてもろた洋菓子の店も他にございました。『ASSEMBLAGES KAKIMOTO』はハッとするほど端正な味覚と、photoその味覚がそのまま立体に結晶したみたいなきらきらしいケーキが並んでて感激やった。
 もともとここは、やはり辛いお別れをせなならなんだ『吉田屋料理店』の女将、裕子さんのお誕生日パーティにんでもろたときのバースデーケーキが子供じみた比喩やけど死ぬほど

旨うて「これ、どこのどこの」と訊きだしたのが出会い。美味しいもんのご縁ってね、こないなふうに繋がっていきまんねん。photo
 そない気難しいつもりはないしシャイでもないんやけど友人はさほど多くはありません。見た目がごっつうて怖いしやろか。文章がキツいしやゆう意見もお聞きしましたが、それはしゃあないね。仕事で嘘はつけへんさかいね。逆にそやからこそ読者の方がお友達にまでなってしまうケースが儂にはちょくちょくあります。

 新しい出会いは、新しい店との出会いが伴うのも楽しいもんですね。でもって気が合う人とはたいがい好きやな、美味しいなてなる食べもん屋も不思議と似てる。ご新規さんにはまず「どっか知らん店連れてってーさ」とお願いして食事してから付き合いを判断してもええ気がするくらい。どんな相性占いよりも正確でっせ。
 できたてほやほやの若い(ゆうてもオッサンやけど。儂がじいさんやからな)友達ふたりにおせてもろた北野白梅町『洋食の店 ITADAKI』とか典型。絶対に仲ようなれるてお

会計のときには確信したもん。あんね、ここはね、早い話が定食屋なんやけど〝京都人にとって〟めちゃくちゃ京都的な店やねん。お昼どきは近所の人でえらい行列になってる。限りなく観光客率低し。photo
 まあ、見てくださいこの「お造りランチ」。すべてがごはんのために整えられてるという幸福感。鮪のお造り、切り干し大根のマヨネーズ和えサラダ、だしまき、タルタルに浮かんだエビフライ(天麩羅やのうてフライなんがエライ。これぞ京都的選択)、白身魚の南蛮、ドミグラのハンバーグ、茄子天、おつけもんに和風ミニサラダ、ほんでスープ(味噌汁にもできる)。大盛りを頼んだら、ご飯がこのまま倍量上に積み重なってくる。喰う歓びを歌いだしとうなるような店や。  このふたりには右京区グルメをいろいろ紹介してもろてごっつお世話になりました。photoしかもどれもはずれなし。全部開陳したいけどそうもいかんのでもういっこだけ。『キキダウンステアーズベーカリー』のししゃもパン。見た目のインパクトもさることながら全体のバランスがとてもいい。もちろん朝ごはんとかに最適やけど、これを肴にウイスキとか舐めんのもよさそう。

 ちょっとくらいは年上の威信を示さなあかんので儂も何軒か引っ張ってったんやけど、この子らえらい詳しいてねえ。大成功やったんが中華の『大鵬』。以前食べたことあるけど、そんな特別な印象ないですーとゆうてたとこ「まあまあ騙されたと思て」と拉致した。
 なんでそないに自信があったかというと、そのほんの一週間ほど前に『麩嘉』の小堀社長と『中村軒』の若主人である亮太くんに誘われて舌鼓だの腹鼓だの打ちまくったとこやったから。以来、寝ても覚めても大鵬大鵬。そうですー。儂はその子らを利用したんですー。すんまへんなあ。けど後悔してまへん。photo
 こちらを本格的な四川料理と説明するんは簡単やけど、大鵬さんの旨さに紋切り型は相応しゅうない。たとえば口水鶏よだれどりはきっと現地で戴く最高の店と比べても引けはとらんやろと言い切ってしまえるくらいシュッとしてる。ほんでその残り汁を名物の「てりどんきんし」にぶっかけて掻っこめば漏れる笑いを留めるのに四苦八苦。大盛の上を行く地獄盛りを数人でシェアすんのがお勧め。
 なんちゅうか儂はここにきてはるお客さんらも好きです

ねん。修学旅行生を誇らしげに連れてくるタクシーの運転手さんも好き。てきぱきかっこよう働いたはる店員さんらも好きやし、調理場でがーって働いたはる料理人さんらも好き。そやし好きな人らを連れてきとなる。ほんで連れてきた人らをもっと好きになる。そういう店。
 麩嘉さんといえば、こちらの麩まんじゅうを久々に食べさしてもらいました。いや、大好物でっさかい毎回帰るたびに喰い忘れたことはありません。が、本店の軒先で出来立てをその場で頬ばるんが久しぶりやったんです。この経験をしはったことがまだない人はぜひお試しを。予約のひと手間はいりますが、そんだけの値打ちあります。縁台に座るたび贅沢てこういうもんやんなと思う。photo
 このときは四月末やったんで季節もんの柏餅麩もいただくことができました。青々とした若葉(お家の庭の木から採ってきはるそうです)をめくってかぶりつくと、あ、こしあんと味噌餡が両方はいってる! 毎年この仕様なのかはわかりませんが薫風に味蕾が洗われるような心持ちでございました。

 口のご縁というのは、ふいにどっかのお店で結んでいただけることもあります。『柏屋光貞』の「おおきに」には『オオヤコーヒ』さんのカウンターで邂逅させてもらいました。祇園祭の宵山に一日限定で売りだされる「行者餅」

が有名ですが、とてもコンサバphotoな印象でした。それもそのはず「おおきに」はこちらの五十年ぶりの新作なんやそうです。ヒエー!山延暦寺!(←五十年くらい前に京都で流行した駄洒落)photo
 和菓子の分類に従えば蜜琥珀てゆうことになりますが極薄の糖衣が口中で雲母めいて崩れ、あえかな風味といっしょに四散する幻想的なお菓子。オオヤさん曰く「この世のものではないような」お菓子でした。儂が思った言葉は【幽玄】。オオヤさんとこの深煎りに添えられていただくと、この世の憂さが融けてゆくよう。
 後半は青息吐息になってはったグルニエ・ドールの西原金蔵さんのために何度か差し入れをさせていただいたんですが、一番喜んで下さったのがこの「おおきに」やったということを書き添えておきましょう。生菓子に比べると日保ちもするんでお土産にも使わせてもらいました。プレゼンテーションもこれぞ京都な美やかさやし、嵩張らへんし壊れへんし最高え。
 かにかくに、ぎょうさんの別れとご縁に胸を痛め、また

ときめかせた京都の日々。最後にどうしても触れておきたいのが『魚棚』とのサヨナラです。店主やった山本くんとは、ものすご深い、深こうてやにこいとこで繋がってるようなご縁を感じてたんで、彼の砦であった料理屋がのうなるのは儂にとっての砦も失ってしまうみたいな不安がありました。
 救いやったんは当の山本くん(いつも渾名でjunjun と呼んでるし変な感じ)が解き放たれたように自由な時間を謳歌してはるのが見て取れたこと。儂に限らず大勢の常連たちの砦を守り続けるうち、たぶん彼にとって店は砦であると同時に牢でもあったんやろな。心からご苦労さん。いつもは桜の季節なんか絶対一緒に外出でけへんかったのに丸山公園の夜桜を漫ろ歩いたり、原谷苑の観桜宴会で卓を囲んだり、それこそグルニエ・ドールでケーキを突いたり。楽しいおしたな。

 ご縁というのは怪体な構造をしています。ただの直線的な結んで開いてやおへんのえ。
photo 納まるとこに納まるべくして納まる。途切れてしもたようでも、そこは天の采配。算段せいでもあんじょうまとまったりします。今回もそういう懐かしい味覚との再会がたんとございました。何年もご無沙汰やった『泉仙』さんの仕出し弁当もそのひとつ。

よう間違ごうて使われる京言葉に「はんなり」がありますが、こういうのこそが「はんなり」でっせ。覚えといてな。
 ファンクラブの皆さんが開いてくれはった宴席と原谷の花見。偶然二度も。有り難いことでした。とりわけ鉄鉢料理と呼ばれる僧侶が門付けに用いた托鉢の金碗を模した塗りの器に精進を盛り込んだ仕出しは懐古を越えてphoto〝いまを生きる〟味わいが横溢していて感激でした。大徳寺さんの大慈院に屋形を持ったはるんでその場でも食べられるし、こんど帰ったらまたよばれにいきまひょ。
 鉄鉢はね、入れ子構造です。箱根細工の達磨さんとかマトリョーシカ人形みたいにサイズ違いが重なってってひとつにまとまります。さいぜんご縁のストラクチャーは線と線の括り目なんかやなくもっと三次元的やて書きましたが、こないに造りが似たもんも珍しいかもしれません。いちばん大きい鉢は碁盤の目を底に敷いた山城盆地。いちばん小さいのんは京都人の頭の鉢。十重に二十重に層をなし、ご縁は続くよどこまでも。

『ASSEMBLAGES KAKIMOTO』
京都市中京区竹屋町通寺町西入る松本町5875
『洋食の店 ITADAKI』
京都市北区北野下白梅町442 ヤマザキビル2F
『大鵬』
京都市中京区西ノ京星池町149
『麩嘉』
京都市上京区東裏辻町413
『中村軒』
京都市西京区桂浅原町61
『柏屋光貞』
京都市東山区毘沙門町332
『オオヤコーヒ』(FACTORY KAFE工船)
京都市上京区河原町通今出川下ル梶井町448 清和テナントハウス2F G号室
『泉仙』
京都市下京区 東洞院通五条下る和泉町531

05
「初物喰い」






 だいたい二年に一度の周期で日本に帰ります。いんのは二ヶ月ちょい。コロナとオリンピックがうまいこと避けられたら2020年は帰国予定なんですが、さて、どないなりますことやら。これを書いてる三月の段階では五里霧中でございますわ。

 そやけど、もう二年になるんやね。こないだの帰国から。2018年の京都はほんまにたくさんの大切な店とお別れせなあきませんでした。立ち会えたとこもあるし、こっちに戻ってきてから思わぬお別れやったと知って呆然とした店もあります。そしてまた数多くの初物とのご縁にも恵まれた滞在でもありました。感謝。
photo  まず別れの筆頭は『パティスリー・オ・グルニエ・ドール』。ほんまによう通わせてもろた。はっきりゆうて帰国のタイミングはこちらが仕舞しまはるのに合わせて決めたようなとこがあります。
 わしは糖尿持ちやので、あんまり甘いもんはアカンのです

けど、こないだの日本ではあらかじめ「儂の血糖値は今回みんな西原金蔵シェフに捧げるし!」と宣言してました。おかげさんで週に一度は食べさしてもらえましたが後半はそらそら行列がえらいことになっててねえ。
 儂は基本的に知り合い特権を発動すんのが嫌い。特別扱いが苦手です。ただ名店が幕を下ろさはるときて禿鷹が死臭を嗅ぎつけるように、これまで縁もゆかりもなかった人らがイベント感覚で集ってくんのを見てきました。ましてやグルニエ・ドールから漂ってくるんは死臭やのうて甘い甘い誘惑の香り。此度だけは許してもらいました。これまで何度もあったように遠慮した挙句、最後のチャンスを逃しとうなかった。
 グルニエ・ドールさんとのご縁は『京都でお買いもん』(新潮社)ゆう本の中でたっぷり書かせてもらいましたんで読んでいただけると嬉しいです。
photo  しかしすべてを捧げるとは言うてもお休みの日ぃもありますし、ちょろちょろ寄らせてもろた洋菓子の店も他にございました。『ASSEMBLAGES KAKIMOTO』はハッとするほど端正な味覚と、その味覚がそのまま立体に結晶したみたいなきらきらしいケーキが並んでて感激やった。
 もともとここは、やはり辛いお別れをせなならなんだ『吉田屋料理店』の女将、裕子さんのお誕生日パーティにんで

もろたときのバースデーケーキが子供じみた比喩やけど死ぬほど旨うて「これ、どこのどこの」と訊きだしたのが出会い。美味しいもんのご縁ってね、こないなふうに繋がっていきまんねん。photo
 そない気難しいつもりはないしシャイでもないんやけど友人はさほど多くはありません。見た目がごっつうて怖いしやろか。文章がキツいしやゆう意見もお聞きしましたが、それはしゃあないね。仕事で嘘はつけへんさかいね。逆にそやからこそ読者の方がお友達にまでなってしまうケースが儂にはちょくちょくあります。

 新しい出会いは、新しい店との出会いが伴うのも楽しいもんですね。でもって気が合う人とはたいがい好きやな、美味しいなてなる食べもん屋も不思議と似てる。ご新規さんにはまず「どっか知らん店連れてってーさ」とお願いして食事してから付き合いを判断してもええ気がするくらい。どんな相性占いよりも正確でっせ。
 できたてほやほやの若い(ゆうてもオッサンやけど。儂がじいさんやからな)友達ふたりにおせてもろた北野白梅町

『洋食の店 ITADAKI』とか典型。絶対に仲ようなれるてお会計のときには確信したもん。あんね、ここはね、早い話が定食屋なんやけど〝京都人にとって〟めちゃくちゃ京都的な店やねん。お昼どきは近所の人でえらい行列になってる。限りなく観光客率低し。photo
 まあ、見てくださいこの「お造りランチ」。すべてがごはんのために整えられてるという幸福感。鮪のお造り、切り干し大根のマヨネーズ和えサラダ、だしまき、タルタルに浮かんだエビフライ(天麩羅やのうてフライなんがエライ。これぞ京都的選択)、白身魚の南蛮、ドミグラのハンバーグ、茄子天、おつけもんに和風ミニサラダ、ほんでスープ(味噌汁にもできる)。大盛りを頼んだら、ご飯がこのまま倍量上に積み重なってくる。喰う歓びを歌いだしとうなるような店や。
photo  このふたりには右京区グルメをいろいろ紹介してもろてごっつお世話になりました。しかもどれもはずれなし。全部開陳したいけどそうもいかんのでもういっこだけ。『キキダウンステアーズベーカリー』のししゃもパン。見た目のインパクトもさることながら全体のバランスがとてもいい。もちろん朝ごはんとかに最適やけど、こ

れを肴にウイスキとか舐めんのもよさそう。
 ちょっとくらいは年上の威信を示さなあかんので儂も何軒か引っ張ってったんやけど、この子らえらい詳しいてねえ。大成功やったんが中華の『大鵬』。以前食べたことあるけど、そんな特別な印象ないですーとゆうてたとこ「まあまあ騙されたと思て」と拉致した。
photo  なんでそないに自信があったかというと、そのほんの一週間ほど前に『麩嘉』の小堀社長と『中村軒』の若主人である亮太くんに誘われて舌鼓だの腹鼓だの打ちまくったとこやったから。以来、寝ても覚めても大鵬大鵬。そうですー。儂はその子らを利用したんですー。すんまへんなあ。けど後悔してまへん。
 こちらを本格的な四川料理と説明するんは簡単やけど、大鵬さんの旨さに紋切り型は相応しゅうない。たとえば口水鶏よだれどりはきっと現地で戴く最高の店と比べても引けはとらんやろと言い切ってしまえるくらいシュッとしてる。ほんでその残り汁を名物の「てりどんきんし」にぶっかけて掻っこめば漏れる笑いを留めるのに四苦八苦。大盛の上を行く地獄盛りを数人でシェアすんのがお勧め。

 なんちゅうか儂はここにきてはるお客さんらも好きですねん。修学旅行生を誇らしげに連れてくるタクシーの運転手さんも好き。てきぱきかっこよう働いたはる店員さんらも好きやし、調理場でがーって働いたはる料理人さんらも好き。そやし好きな人らを連れてきとなる。ほんで連れてきた人らをもっと好きになる。そういう店。
 麩嘉さんといえば、こちらの麩まんじゅうを久々に食べさしてもらいました。いや、大好物でっさかい毎回帰るたびに喰い忘れたことはありません。が、本店の軒先で出来立てをその場で頬ばるんが久しぶりやったんです。この経験をしはったことがまだない人はぜひお試しを。予約のひと手間はいりますが、そんだけの値打ちあります。縁台に座るたび贅沢てこういうもんやんなと思う。photo
 このときは四月末やったんで季節もんの柏餅麩もいただくことができました。青々とした若葉(お家の庭の木から採ってきはるそうです)をめくってかぶりつくと、あ、こしあんと味噌餡が両方はいってる! 毎年この仕様なのかはわかりませんが薫風に味蕾が洗われるような心持ちでございました。

 口のご縁というのは、ふいにどっかのお店で結んでいただけることもあります。『柏屋光貞』の「おおきに」には『オオヤコーヒ』さんのカウンターで邂逅させてもらいました。

祇園祭の宵山に一日限定で売りだされる「行者餅」が有名ですが、とてもコンサバphotoな印象でした。それもそのはず「おおきに」はこちらの五十年ぶりの新作なんやそうです。photoヒエー!山延暦寺!(←五十年くらい前に京都で流行した駄洒落)
 和菓子の分類に従えば蜜琥珀てゆうことになりますが極薄の糖衣が口中で雲母めいて崩れ、あえかな風味といっしょに四散する幻想的なお菓子。オオヤさん曰く「この世のものではないような」お菓子でした。儂が思った言葉は【幽玄】。オオヤさんとこの深煎りに添えられていただくと、この世の憂さが融けてゆくよう。
 後半は青息吐息になってはったグルニエ・ドールの西原金蔵さんのために何度か差し入れをさせていただいたんですが、一番喜んで下さったのがこの「おおきに」やったということを書き添えておきましょう。生菓子に比べると日保ちもするんでお土産にも使わせてもらいました。プレゼンテーションもこれぞ京都な美やかさやし、嵩張らへんし壊れへんし最高え。
 かにかくに、ぎょうさんの別れとご縁に胸を痛め、またと

きめかせた京都の日々。最後にどうしても触れておきたいのが『魚棚』とのサヨナラです。店主やった山本くんとは、ものすご深い、深こうてやにこいとこで繋がってるようなご縁を感じてたんで、彼の砦であった料理屋がのうなるのは儂にとっての砦も失ってしまうみたいな不安がありました。
 救いやったんは当の山本くん(いつも渾名でjunjun と呼んでるし変な感じ)が解き放たれたように自由な時間を謳歌してはるのが見て取れたこと。儂に限らず大勢の常連たちの砦を守り続けるうち、たぶん彼にとって店は砦であると同時に牢でもあったんやろな。心からご苦労さん。いつもは桜の季節なんか絶対一緒に外出でけへんかったのに丸山公園の夜桜を漫ろ歩いたり、原谷苑の観桜宴会で卓を囲んだり、それこそグルニエ・ドールでケーキを突いたり。楽しいおしたな。

 ご縁というのは怪体な構造をしています。ただの直線的な結んで開いてやおへんのえ。
 納まるとこに納まるべくして納まる。途切れてしもたようでも、そこは天の采配。算段せいでもあんじょうまとまったりします。photo今回もそういう懐かしい味覚との再会がたんとございました。何年もご無沙汰やった『泉仙』さんの仕出し弁当もそのひとつ。よう間違ごうて使われる京言葉に「はんなり」がありますが、

こういうのこそが「はんなり」でっせ。覚えといてな。  ファンクラブの皆さんが開いてくれはった宴席と原谷の花見。偶然二度も。有り難いことでした。とりわけ鉄鉢料理と呼ばれる僧侶が門付けに用いた托鉢の金碗を模した塗りの器に精進を盛り込んだ仕出しはphoto懐古を越えて〝いまを生きる〟味わいが横溢していて感激でした。大徳寺さんの大慈院に屋形を持ったはるんでその場でも食べられるし、こんど帰ったらまたよばれにいきまひょ。
 鉄鉢はね、入れ子構造です。箱根細工の達磨さんとかマトリョーシカ人形みたいにサイズ違いが重なってってひとつにまとまります。さいぜんご縁のストラクチャーは線と線の括り目なんかやなくもっと三次元的やて書きましたが、こないに造りが似たもんも珍しいかもしれません。いちばん大きい鉢は碁盤の目を底に敷いた山城盆地。いちばん小さいのんは京都人の頭の鉢。十重に二十重に層をなし、ご縁は続くよどこまでも。


『ASSEMBLAGES KAKIMOTO』
京都市中京区竹屋町通寺町西入る松本町5875
『洋食の店 ITADAKI』
京都市北区北野下白梅町442 ヤマザキビル2F
『大鵬』
京都市中京区西ノ京星池町149
『麩嘉』
京都市上京区東裏辻町413
『中村軒』
京都市西京区桂浅原町61
『柏屋光貞』
京都市東山区毘沙門町332
『オオヤコーヒ』(FACTORY KAFE工船)
京都市上京区河原町通今出川下ル梶井町448 清和テナントハウス2F G号室
『泉仙』
京都市下京区 東洞院通五条下る和泉町531

05
「初物喰い」





 だいたい二年に一度の周期で日本に帰ります。いんのは二ヶ月ちょい。コロナとオリンピックがうまいこと避けられたら2020年は帰国予定なんですが、さて、どないなりますことやら。これを書いてる三月の段階では五里霧中でございますわ。

 そやけど、もう二年になるんやね。こないだの帰国から。2018年の京都はほんまにたくさんの大切な店とお別れせなあきませんでした。立ち会えたとこもあるし、こっちに戻ってきてから思わぬお別れやったと知って呆然とした店もあります。そしてまた数多くの初物とのご縁にも恵まれた滞在でもありました。感謝。
photo  まず別れの筆頭は『パティスリー・オ・グルニエ・ドール』。ほんまによう通わせてもろた。はっきりゆうて帰国のタイミングはこちらが仕舞しまはるのに合わせて決めたようなとこがあります。
 わしは糖尿持ちやので、あんまり甘いもんはアカンのですけど、こないだの日本ではあらかじめ「儂の血糖値は今回みん

な西原金蔵シェフに捧げるし!」と宣言してました。おかげさんで週に一度は食べさしてもらえましたが後半はそらそら行列がえらいことになっててねえ。
 儂は基本的に知り合い特権を発動すんのが嫌い。特別扱いが苦手です。ただ名店が幕を下ろさはるときて禿鷹が死臭を嗅ぎつけるように、これまで縁もゆかりもなかった人らがイベント感覚で集ってくんのを見てきました。ましてやグルニエ・ドールから漂ってくるんは死臭やのうて甘い甘い誘惑の香り。此度だけは許してもらいました。これまで何度もあったように遠慮した挙句、最後のチャンスを逃しとうなかった。
 グルニエ・ドールさんとのご縁は『京都でお買いもん』(新潮社)ゆう本の中でたっぷり書かせてもらいましたんで読んでいただけると嬉しいです。
 しかしすべてを捧げるとは言うてもお休みの日ぃもありますし、ちょろちょろ寄らせてもろた洋菓子の店も他にございました。『ASSEMBLAGES KAKIMOTO』はハッとするほど端正な味覚と、photoその味覚がそのまま立体に結晶したみたいなきらきらしいケーキが並んでて感激やった。
 もともとここは、やはり辛いお別れをせなならなんだ『吉田屋料理店』の女将、裕子さんのお誕生日パーティにんでもろたときのバースデーケーキが子供じみた比喩やけど死ぬほど旨うて「これ、どこのどこの」と訊きだ

したのが出会い。美味しいもんのご縁ってね、photoこないなふうに繋がっていきまんねん。
 そない気難しいつもりはないしシャイでもないんやけど友人はさほど多くはありません。見た目がごっつうて怖いしやろか。文章がキツいしやゆう意見もお聞きしましたが、それはしゃあないね。仕事で嘘はつけへんさかいね。逆にそやからこそ読者の方がお友達にまでなってしまうケースが儂にはちょくちょくあります。

 新しい出会いは、新しい店との出会いが伴うのも楽しいもんですね。でもって気が合う人とはたいがい好きやな、美味しいなてなる食べもん屋も不思議と似てる。ご新規さんにはまず「どっか知らん店連れてってーさ」とお願いして食事してから付き合いを判断してもええ気がするくらい。どんな相性占いよりも正確でっせ。
 できたてほやほやの若い(ゆうてもオッサンやけど。儂がじいさんやからな)友達ふたりにおせてもろた北野白梅町『洋食の店 ITADAKI』とか典型。絶対に仲ようなれるてお会計のときには確信したもん。あんね、ここはね、早い話が定食屋

なんやけど〝京都人にとって〟めちゃくちゃ京都的な店やねん。お昼どきは近所の人でえらい行列になってる。限りなく観光客率低し。photo
 まあ、見てくださいこの「お造りランチ」。すべてがごはんのために整えられてるという幸福感。鮪のお造り、切り干し大根のマヨネーズ和えサラダ、だしまき、タルタルに浮かんだエビフライ(天麩羅やのうてフライなんがエライ。これぞ京都的選択)、白身魚の南蛮、ドミグラのハンバーグ、茄子天、おつけもんに和風ミニサラダ、ほんでスープ(味噌汁にもできる)。大盛りを頼んだら、ご飯がこのまま倍量上に積み重なってくる。喰う歓びを歌いだしとうなるような店や。  このふたりには右京区グルメをいろいろ紹介してもろてごっつお世話になりました。photoしかもどれもはずれなし。全部開陳したいけどそうもいかんのでもういっこだけ。『キキダウンステアーズベーカリー』のししゃもパン。見た目のインパクトもさることながら全体のバランスがとてもいい。もちろん朝ごはんとかに最適やけど、これを肴にウイスキとか舐めんのもよさそう。
 ちょっとくらいは年上の威信を示さなあかんので儂も何軒か引っ張ってったんやけど、この子らえらい詳しいてねえ。

大成功やったんが中華の『大鵬』。以前食べたことあるけど、そんな特別な印象ないですーとゆうてたとこ「まあまあ騙されたと思て」と拉致した。
 なんでそないに自信があったかというと、そのほんの一週間ほど前に『麩嘉』の小堀社長と『中村軒』の若主人である亮太くんに誘われて舌鼓だの腹鼓だの打ちまくったとこやったから。以来、寝ても覚めても大鵬大鵬。そうですー。儂はその子らを利用したんですー。すんまへんなあ。けど後悔してまへん。photo
 こちらを本格的な四川料理と説明するんは簡単やけど、大鵬さんの旨さに紋切り型は相応しゅうない。たとえば口水鶏よだれどりはきっと現地で戴く最高の店と比べても引けはとらんやろと言い切ってしまえるくらいシュッとしてる。ほんでその残り汁を名物の「てりどんきんし」にぶっかけて掻っこめば漏れる笑いを留めるのに四苦八苦。大盛の上を行く地獄盛りを数人でシェアすんのがお勧め。
 なんちゅうか儂はここにきてはるお客さんらも好きですねん。修学旅行生を誇らしげに連れてくるタクシーの運転手さんも好き。てきぱきかっこよう働いたはる店員さんらも好き

やし、調理場でがーって働いたはる料理人さんらも好き。そやし好きな人らを連れてきとなる。ほんで連れてきた人らをもっと好きになる。そういう店。
 麩嘉さんといえば、こちらの麩まんじゅうを久々に食べさしてもらいました。いや、大好物でっさかい毎回帰るたびに喰い忘れたことはありません。が、本店の軒先で出来立てをその場で頬ばるんが久しぶりやったんです。この経験をしはったことがまだない人はぜひお試しを。予約のひと手間はいりますが、そんだけの値打ちあります。縁台に座るたび贅沢てこういうもんやんなと思う。photo
 このときは四月末やったんで季節もんの柏餅麩もいただくことができました。青々とした若葉(お家の庭の木から採ってきはるそうです)をめくってかぶりつくと、あ、こしあんと味噌餡が両方はいってる! 毎年この仕様なのかはわかりませんが薫風に味蕾が洗われるような心持ちでございました。

 口のご縁というのは、ふいにどっかのお店で結んでいただけることもあります。『柏屋光貞』の「おおきに」には『オオヤコーヒ』さんのカウンターで邂逅させてもらいました。祇園祭の宵山に一日限定で売りだされる「行者餅」が有名ですが、とてもコンサバな印象でした。それもそのはず「おおきに」はこちらの五十年ぶりの新作なんやそうです。ヒエ

photoー!山延暦寺!(←五十年くらい前に京都で流行した駄洒落)photo
 和菓子の分類に従えば蜜琥珀てゆうことになりますが極薄の糖衣が口中で雲母めいて崩れ、あえかな風味といっしょに四散する幻想的なお菓子。オオヤさん曰く「この世のものではないような」お菓子でした。儂が思った言葉は【幽玄】。オオヤさんとこの深煎りに添えられていただくと、この世の憂さが融けてゆくよう。
 後半は青息吐息になってはったグルニエ・ドールの西原金蔵さんのために何度か差し入れをさせていただいたんですが、一番喜んで下さったのがこの「おおきに」やったということを書き添えておきましょう。生菓子に比べると日保ちもするんでお土産にも使わせてもらいました。プレゼンテーションもこれぞ京都な美やかさやし、嵩張らへんし壊れへんし最高え。
 かにかくに、ぎょうさんの別れとご縁に胸を痛め、またときめかせた京都の日々。最後にどうしても触れておきたいのが『魚棚』とのサヨナラです。店主やった山本くんとは、ものすご深い、深こうてやにこいとこで繋がってるようなご縁

を感じてたんで、彼の砦であった料理屋がのうなるのは儂にとっての砦も失ってしまうみたいな不安がありました。
 救いやったんは当の山本くん(いつも渾名でjunjun と呼んでるし変な感じ)が解き放たれたように自由な時間を謳歌してはるのが見て取れたこと。儂に限らず大勢の常連たちの砦を守り続けるうち、たぶん彼にとって店は砦であると同時に牢でもあったんやろな。心からご苦労さん。いつもは桜の季節なんか絶対一緒に外出でけへんかったのに丸山公園の夜桜を漫ろ歩いたり、原谷苑の観桜宴会で卓を囲んだり、それこそグルニエ・ドールでケーキを突いたり。楽しいおしたな。

 ご縁というのは怪体な構造をしています。ただの直線的な結んで開いてやおへんのえ。
 納まるとこに納まるべくして納まる。途切れてしもたようでも、そこは天の采配。算段せいでもあんじょうまとまったりします。今回もそういう懐かしい味覚との再会がたんとございました。photo何年もご無沙汰やった『泉仙』さんの仕出し弁当もそのひとつ。よう間違ごうて使われる京言葉に「はんなり」がありますが、こういうのこそが「はんなり」でっせ。覚えといてな。
 ファンクラブの皆さんが開いてくれはった宴席と原谷の花見。偶然二度も。有り難いことでした。とりわけ鉄鉢料理と呼ばれる僧侶が門付けに用いた托鉢の金碗を模した塗りの器

photoに精進を盛り込んだ仕出しは懐古を越えて〝いまを生きる〟味わいが横溢していて感激でした。大徳寺さんの大慈院に屋形を持ったはるんでその場でも食べられるし、こんど帰ったらまたよばれにいきまひょ。
 鉄鉢はね、入れ子構造です。箱根細工の達磨さんとかマトリョーシカ人形みたいにサイズ違いが重なってってひとつにまとまります。さいぜんご縁のストラクチャーは線と線の括り目なんかやなくもっと三次元的やて書きましたが、こないに造りが似たもんも珍しいかもしれません。いちばん大きい鉢は碁盤の目を底に敷いた山城盆地。いちばん小さいのんは京都人の頭の鉢。十重に二十重に層をなし、ご縁は続くよどこまでも。

『ASSEMBLAGES KAKIMOTO』
京都市中京区竹屋町通寺町西入る松本町5875
『洋食の店 ITADAKI』
京都市北区北野下白梅町442 ヤマザキビル2F
『大鵬』
京都市中京区西ノ京星池町149
『麩嘉』
京都市上京区東裏辻町413
『中村軒』
京都市西京区桂浅原町61
『柏屋光貞』
京都市東山区毘沙門町332
『オオヤコーヒ』(FACTORY KAFE工船)
京都市上京区河原町通今出川下ル梶井町448 清和テナントハウス2F G号室
『泉仙』
京都市下京区 東洞院通五条下る和泉町531

05
「初物喰い」




 だいたい二年に一度の周期で日本に帰ります。いんのは二ヶ月ちょい。コロナとオリンピックがうまいこと避けられたら2020年は帰国予定なんですが、さて、どないなりますことやら。これを書いてる三月の段階では五里霧中でございますわ。

 そやけど、もう二年になるんやね。こないだの帰国から。2018年の京都はほんまにたくさんの大切な店とお別れせなあきませんでした。立ち会えたとこもあるし、こっちに戻ってきてから思わぬお別れやったと知って呆然とした店もあります。そしてまた数多くの初物とのご縁にも恵まれた滞在でもありました。感謝。
photo  まず別れの筆頭は『パティスリー・オ・グルニエ・ドール』。ほんまによう通わせてもろた。はっきりゆうて帰国のタイミングはこちらが仕舞しまはるのに合わせて決めたようなとこがあります。
 わしは糖尿持ちやので、あんまり甘いもんはアカンのですけど、こないだの日本ではあらかじめ「儂の血糖値は

今回みんな西原金蔵シェフに捧げるし!」と宣言してました。おかげさんで週に一度は食べさしてもらえましたが後半はそらそら行列がえらいことになっててねえ。
 儂は基本的に知り合い特権を発動すんのが嫌い。特別扱いが苦手です。ただ名店が幕を下ろさはるときて禿鷹が死臭を嗅ぎつけるように、これまで縁もゆかりもなかった人らがイベント感覚で集ってくんのを見てきました。ましてやグルニエ・ドールから漂ってくるんは死臭やのうて甘い甘い誘惑の香り。此度だけは許してもらいました。これまで何度もあったように遠慮した挙句、最後のチャンスを逃しとうなかった。
 グルニエ・ドールさんとのご縁は『京都でお買いもん』(新潮社)ゆう本の中でたっぷり書かせてもらいましたんで読んでいただけると嬉しいです。
 しかしすべてを捧げるとは言うてもお休みの日ぃもありますし、ちょろちょろ寄らせてもろた洋菓子の店も他にございました。『ASSEMBLAGES KAKIMOTO』はハッとするほど端正な味覚と、photoその味覚がそのまま立体に結晶したみたいなきらきらしいケーキが並んでて感激やった。
 もともとここは、やはり辛いお別れをせなならなんだ『吉田屋料理店』の女将、裕子さんのお誕生日パーティにんでもろたときのバースデーケーキが子供じみた比喩やけど死

photo ぬほど旨うて「これ、どこのどこの」と訊きだしたのが出会い。美味しいもんのご縁ってね、こないなふうに繋がっていきまんねん。
 そない気難しいつもりはないしシャイでもないんやけど友人はさほど多くはありません。見た目がごっつうて怖いしやろか。文章がキツいしやゆう意見もお聞きしましたが、それはしゃあないね。仕事で嘘はつけへんさかいね。逆にそやからこそ読者の方がお友達にまでなってしまうケースが儂にはちょくちょくあります。

 新しい出会いは、新しい店との出会いが伴うのも楽しいもんですね。でもって気が合う人とはたいがい好きやな、美味しいなてなる食べもん屋も不思議と似てる。ご新規さんにはまず「どっか知らん店連れてってーさ」とお願いして食事してから付き合いを判断してもええ気がするくらい。どんな相性占いよりも正確でっせ。
 できたてほやほやの若い(ゆうてもオッサンやけど。儂がじいさんやからな)友達ふたりにおせてもろた北野白梅町『洋食の店 ITADAKI』とか典型。絶対に仲ような

れるてお会計のときには確信したもん。あんね、ここはね、早い話が定食屋なんやけど〝京都人にとって〟めちゃくちゃ京都的な店やねん。お昼どきは近所の人でえらい行列になってる。限りなく観光客率低し。photo
 まあ、見てくださいこの「お造りランチ」。すべてがごはんのために整えられてるという幸福感。鮪のお造り、切り干し大根のマヨネーズ和えサラダ、だしまき、タルタルに浮かんだエビフライ(天麩羅やのうてフライなんがエライ。これぞ京都的選択)、白身魚の南蛮、ドミグラのハンバーグ、茄子天、おつけもんに和風ミニサラダ、ほんでスープ(味噌汁にもできる)。大盛りを頼んだら、ご飯がこのまま倍量上に積み重なってくる。喰う歓びを歌いだしとうなるような店や。 photo  このふたりには右京区グルメをいろいろ紹介してもろてごっつお世話になりました。しかもどれもはずれなし。全部開陳したいけどそうもいかんのでもういっこだけ。『キキダウンステアーズベーカリー』のししゃもパン。見た目のインパクトもさることながら全体のバランスがとてもいい。もちろん朝ごはんとかに最適やけど、

これを肴にウイスキとか舐めんのもよさそう。
 ちょっとくらいは年上の威信を示さなあかんので儂も何軒か引っ張ってったんやけど、この子らえらい詳しいてねえ。大成功やったんが中華の『大鵬』。以前食べたことあるけど、そんな特別な印象ないですーとゆうてたとこ「まあまあ騙されたと思て」と拉致した。
 なんでそないに自信があったかというと、そのほんの一週間ほど前に『麩嘉』の小堀社長と『中村軒』の若主人である亮太くんに誘われて舌鼓だの腹鼓だの打ちまくったとこやったから。以来、寝ても覚めても大鵬大鵬。そうですー。儂はその子らを利用したんですー。すんまへんなあ。けど後悔してまへん。photo
 こちらを本格的な四川料理と説明するんは簡単やけど、大鵬さんの旨さに紋切り型は相応しゅうない。たとえば口水鶏よだれどりはきっと現地で戴く最高の店と比べても引けはとらんやろと言い切ってしまえるくらいシュッとしてる。ほんでその残り汁を名物の「てりどんきんし」にぶっかけて掻っこめば漏れる笑いを留めるのに四苦八苦。大盛の上を行く地獄盛りを数人でシェアすんの

がお勧め。
 なんちゅうか儂はここにきてはるお客さんらも好きですねん。修学旅行生を誇らしげに連れてくるタクシーの運転手さんも好き。てきぱきかっこよう働いたはる店員さんらも好きやし、調理場でがーって働いたはる料理人さんらも好き。そやし好きな人らを連れてきとなる。ほんで連れてきた人らをもっと好きになる。そういう店。
 麩嘉さんといえば、こちらの麩まんじゅうを久々に食べさしてもらいました。いや、大好物でっさかい毎回帰るたびに喰い忘れたことはありません。が、本店の軒先で出来立てをその場で頬ばるんが久しぶりやったんです。この経験をしはったことがまだない人はぜひお試しを。予約のひと手間はいりますが、そんだけの値打ちあります。photo縁台に座るたび贅沢てこういうもんやんなと思う。
 このときは四月末やったんで季節もんの柏餅麩もいただくことができました。青々とした若葉(お家の庭の木から採ってきはるそうです)をめくってかぶりつくと、あ、こしあんと味噌餡が両方はいってる! 毎年この仕様なのかはわかりませんが薫風に味蕾が洗われるような心持ちでございました。

 口のご縁というのは、ふいにどっかのお店で結んでい

ただけることもあります。『柏屋光貞』の「おおきに」には 『オオヤコーヒ』さんのカウンターで邂逅させてもらいました。祇園祭の宵山に一日限定で売りだされる「行者餅」が有名ですが、とてもコンサバphotoな印象でした。それもそのはず「おおきに」はこちらの五十年ぶりの新作なんやそうです。ヒエー!山延暦寺!(←五十年くらい前に京都で流行した駄洒落)photo
 和菓子の分類に従えば蜜琥珀てゆうことになりますが極薄の糖衣が口中で雲母めいて崩れ、あえかな風味といっしょに四散する幻想的なお菓子。オオヤさん曰く「この世のものではないような」お菓子でした。儂が思った言葉は【幽玄】。オオヤさんとこの深煎りに添えられていただくと、この世の憂さが融けてゆくよう。
 後半は青息吐息になってはったグルニエ・ドールの西原金蔵さんのために何度か差し入れをさせていただいたんですが、一番喜んで下さったのがこの「おおきに」やったということを書き添えておきましょう。生菓子に比べると日保ちもするんでお土産にも使わせてもらいまし

た。プレゼンテーションもこれぞ京都な美やかさやし、嵩張らへんし壊れへんし最高え。
 かにかくに、ぎょうさんの別れとご縁に胸を痛め、またときめかせた京都の日々。最後にどうしても触れておきたいのが『魚棚』とのサヨナラです。店主やった山本くんとは、ものすご深い、深こうてやにこいとこで繋がってるようなご縁を感じてたんで、彼の砦であった料理屋がのうなるのは儂にとっての砦も失ってしまうみたいな不安がありました。
 救いやったんは当の山本くん(いつも渾名でjunjun と呼んでるし変な感じ)が解き放たれたように自由な時間を謳歌してはるのが見て取れたこと。儂に限らず大勢の常連たちの砦を守り続けるうち、たぶん彼にとって店は砦であると同時に牢でもあったんやろな。心からご苦労さん。いつもは桜の季節なんか絶対一緒に外出でけへんかったのに丸山公園の夜桜を漫ろ歩いたり、原谷苑の観桜宴会で卓を囲んだり、それこそグルニエ・ドールでケーキを突いたり。楽しいおしたな。

 ご縁というのは怪体な構造をしています。ただの直線的な結んで開いてやおへんのえ。
 納まるとこに納まるべくして納まる。途切れてしもたようでも、そこは天の采配。算段せいでもあんじょうまとまったりします。今回もそういう懐かしい味覚との再会がたんとございました。何年もご無沙汰やった『泉仙

photo 』さんの仕出し弁当もそのひとつ。よう間違ごうて使われる京言葉に「はんなり」がありますが、こういうのこそが「はんなり」でっせ。覚えといてな。
 ファンクラブの皆さんが開いてくれはった宴席と原谷の花見。偶然二度も。有り難いことでした。とりわけ鉄鉢料理と呼ばれる僧侶がphoto門付けに用いた托鉢の金碗を模した塗りの器に精進を盛り込んだ仕出しは懐古を越えて〝いまを生きる〟味わいが横溢していて感激でした。大徳寺さんの大慈院に屋形を持ったはるんでその場でも食べられるし、こんど帰ったらまたよばれにいきまひょ。
 鉄鉢はね、入れ子構造です。箱根細工の達磨さんとかマトリョーシカ人形みたいにサイズ違いが重なってってひとつにまとまります。さいぜんご縁のストラクチャーは線と線の括り目なんかやなくもっと三次元的や

て書きましたが、こないに造りが似たもんも珍しいかもしれません。いちばん大きい鉢は碁盤の目を底に敷いた山城盆地。いちばん小さいのんは京都人の頭の鉢。十重に二十重に層をなし、ご縁は続くよどこまでも。

『ASSEMBLAGES KAKIMOTO』
京都市中京区竹屋町通寺町西入る松本町5875
『洋食の店 ITADAKI』
京都市北区北野下白梅町442 ヤマザキビル2F
『大鵬』
京都市中京区西ノ京星池町149
『麩嘉』
京都市上京区東裏辻町413
『中村軒』
京都市西京区桂浅原町61
『柏屋光貞』
京都市東山区毘沙門町332
『オオヤコーヒ』(FACTORY KAFE工船)
京都市上京区河原町通今出川下ル梶井町448 清和テナントハウス2F G号室
『泉仙』
京都市下京区 東洞院通五条下る和泉町531

05
「初物喰い」



 だいたい二年に一度の周期で日本に帰ります。いんのは二ヶ月ちょい。コロナとオリンピックがうまいこと避けられたら2020年は帰国予定なんですが、さて、どないなりますことやら。これを書いてる三月の段階では五里霧中でございますわ。

 そやけど、もう二年になるんやね。こないだの帰国から。2018年の京都はほんまにたくさんの大切な店とお別れせなあきませんでした。立ち会えたとこもあるし、こっちに戻ってきてから思わぬお別れやったと知って呆然とした店もあります。そしてまた数多くの初物とのご縁にも恵まれた滞在でもありました。感謝。
photo  まず別れの筆頭は『パティスリー・オ・グルニエ・ドール』。ほんまによう通わせてもろた。はっきりゆうて帰国のタイミングはこちらが仕舞しまはるのに合わせて決めたようなとこがあります。
 わしは糖尿持ちやので、あんまり甘いもんはアカンのですけど、こないだの日本ではあらかじめ「儂の血糖値は

今回みんな西原金蔵シェフに捧げるし!」と宣言してました。おかげさんで週に一度は食べさしてもらえましたが後半はそらそら行列がえらいことになっててねえ。
 儂は基本的に知り合い特権を発動すんのが嫌い。特別扱いが苦手です。ただ名店が幕を下ろさはるときて禿鷹が死臭を嗅ぎつけるように、これまで縁もゆかりもなかった人らがイベント感覚で集ってくんのを見てきました。ましてやグルニエ・ドールから漂ってくるんは死臭やのうて甘い甘い誘惑の香り。此度だけは許してもらいました。これまで何度もあったように遠慮した挙句、最後のチャンスを逃しとうなかった。
 グルニエ・ドールさんとのご縁は『京都でお買いもん』(新潮社)ゆう本の中でたっぷり書かせてもらいましたんで読んでいただけると嬉しいです。
 しかしすべてを捧げるとは言うてもお休みの日ぃもありますし、ちょろちょろ寄らせてもろた洋菓子の店も他にございました。『ASSEMBLAGES KAKIMOTO』はハッとするほど端正な味覚と、photoその味覚がそのまま立体に結晶したみたいなきらきらしいケーキが並んでて感激やった。
 もともとここは、やはり辛いお別れをせなならなんだ『吉田屋料理店』の女将、裕子さんのお誕生日パーティにんでもろたときのバースデーケーキが子供じみた比喩やけど死

photoぬほど旨うて「これ、どこのどこの」と訊きだしたのが出会い。美味しいもんのご縁ってね、こないなふうに繋がっていきまんねん。
 そない気難しいつもりはないしシャイでもないんやけど友人はさほど多くはありません。見た目がごっつうて怖いしやろか。文章がキツいしやゆう意見もお聞きしましたが、それはしゃあないね。仕事で嘘はつけへんさかいね。逆にそやからこそ読者の方がお友達にまでなってしまうケースが儂にはちょくちょくあります。

 新しい出会いは、新しい店との出会いが伴うのも楽しいもんですね。でもって気が合う人とはたいがい好きやな、美味しいなてなる食べもん屋も不思議と似てる。ご新規さんにはまず「どっか知らん店連れてってーさ」とお願いして食事してから付き合いを判断してもええ気がするくらい。どんな相性占いよりも正確でっせ。
 できたてほやほやの若い(ゆうてもオッサンやけど。儂がじいさんやからな)友達ふたりにおせてもろた北野白梅町『洋食の店 ITADAKI』とか典型。絶対に仲ような

れるてお会計のときには確信したもん。あんね、ここはね、早い話が定食屋なんやけど〝京都人にとって〟めちゃくちゃ京都的な店やねん。お昼どきは近所の人でえらい行列になってる。限りなく観光客率低し。photo
 まあ、見てくださいこの「お造りランチ」。すべてがごはんのために整えられてるという幸福感。鮪のお造り、切り干し大根のマヨネーズ和えサラダ、だしまき、タルタルに浮かんだエビフライ(天麩羅やのうてフライなんがエライ。これぞ京都的選択)、白身魚の南蛮、ドミグラのハンバーグ、茄子天、おつけもんに和風ミニサラダ、ほんでスープ(味噌汁にもできる)。大盛りを頼んだら、ご飯がこのまま倍量上に積み重なってくる。喰う歓びを歌いだしとうなるような店や。
photo  このふたりには右京区グルメをいろいろ紹介してもろてごっつお世話になりました。しかもどれもはずれなし。全部開陳したいけどそうもいかんのでもういっこだけ。『キキダウンステアーズベーカリー』のししゃもパン。見た目のインパクトもさることながら全体のバランスがとてもいい。もちろん朝ごは

んとかに最適やけど、これを肴にウイスキとか舐めんのもよさそう。
 ちょっとくらいは年上の威信を示さなあかんので儂も何軒か引っ張ってったんやけど、この子らえらい詳しいてねえ。大成功やったんが中華の『大鵬』。以前食べたことあるけど、そんな特別な印象ないですーとゆうてたとこ「まあまあ騙されたと思て」と拉致した。
 なんでそないに自信があったかというと、そのほんの一週間ほど前に『麩嘉』の小堀社長と『中村軒』の若主人である亮太くんに誘われて舌鼓だの腹鼓だの打ちまくったとこやったから。以来、寝ても覚めても大鵬大鵬。そうですー。儂はその子らを利用したんですー。すんまへんなあ。けど後悔してまへん。photo
 こちらを本格的な四川料理と説明するんは簡単やけど、大鵬さんの旨さに紋切り型は相応しゅうない。たとえば口水鶏よだれどりはきっと現地で戴く最高の店と比べても引けはとらんやろと言い切ってしまえるくらいシュッとしてる。ほんでその残り汁を名物の「てりどんきんし」にぶっかけて掻っこめば漏れる笑いを留めるのに四

苦八苦。大盛の上を行く地獄盛りを数人でシェアすんのがお勧め。
 なんちゅうか儂はここにきてはるお客さんらも好きですねん。修学旅行生を誇らしげに連れてくるタクシーの運転手さんも好き。てきぱきかっこよう働いたはる店員さんらも好きやし、調理場でがーって働いたはる料理人さんらも好き。そやし好きな人らを連れてきとなる。ほんで連れてきた人らをもっと好きになる。そういう店。
 麩嘉さんといえば、こちらの麩まんじゅうを久々に食べさしてもらいました。いや、大好物でっさかい毎回帰るたびに喰い忘れたことはありません。が、本店の軒先で出来立てをその場で頬ばるんが久しぶりやったんです。この経験をしはったことがまだない人はぜひお試しを。予約のひと手間はいりますが、そんだけの値打ちあります。縁台に座るたび贅沢てこういうもんやんなと思う。
photo  このときは四月末やったんで季節もんの柏餅麩もいただくことができました。青々とした若葉(お家の庭の木から採ってきはるそうです)をめくってかぶりつくと、あ、こしあんと味噌餡が両方はいってる! 毎年この仕様なのかはわかりませんが薫風に味蕾が洗われるような心持ちでございました。

 口のご縁というのは、ふいにどっかのお店で結んでいただけることもあります。『柏屋光貞』の「おおきに」には『オオヤコーヒ』さんのカウンターで邂逅させてもらいました。祇園祭の宵山に一日限定で売りだされる「行者餅」が有名ですが、とてもコンサバphotoな印象でした。それもそのはず「おおきに」はこちらの五十年ぶりの新作なんやそうです。ヒエー!山延暦寺!(←五十年くらい前に京都で流行した駄洒落)photo
 和菓子の分類に従えば蜜琥珀てゆうことになりますが極薄の糖衣が口中で雲母めいて崩れ、あえかな風味といっしょに四散する幻想的なお菓子。オオヤさん曰く「この世のものではないような」お菓子でした。儂が思った言葉は【幽玄】。オオヤさんとこの深煎りに添えられていただくと、この世の憂さが融けてゆくよう。
 後半は青息吐息になってはったグルニエ・ドールの西原金蔵さんのために何度か差し入れをさせていただいたんですが、一番喜んで下さったのがこの「おおきに」やったということを書き添えておきましょう。生菓子

に比べると日保ちもするんでお土産にも使わせてもらいました。プレゼンテーションもこれぞ京都な美やかさやし、嵩張らへんし壊れへんし最高え。
 かにかくに、ぎょうさんの別れとご縁に胸を痛め、またときめかせた京都の日々。最後にどうしても触れておきたいのが『魚棚』とのサヨナラです。店主やった山本くんとは、ものすご深い、深こうてやにこいとこで繋がってるようなご縁を感じてたんで、彼の砦であった料理屋がのうなるのは儂にとっての砦も失ってしまうみたいな不安がありました。
 救いやったんは当の山本くん(いつも渾名でjunjun と呼んでるし変な感じ)が解き放たれたように自由な時間を謳歌してはるのが見て取れたこと。儂に限らず大勢の常連たちの砦を守り続けるうち、たぶん彼にとって店は砦であると同時に牢でもあったんやろな。心からご苦労さん。いつもは桜の季節なんか絶対一緒に外出でけへんかったのに丸山公園の夜桜を漫ろ歩いたり、原谷苑の観桜宴会で卓を囲んだり、それこそグルニエ・ドールでケーキを突いたり。楽しいおしたな。

 ご縁というのは怪体な構造をしています。ただの直線的な結んで開いてやおへんのえ。
 納まるとこに納まるべくして納まる。途切れてしもたようでも、そこは天の采配。算段せいでもあんじょうまとまったりします。今回もそういう懐かしい味覚との再

会がたんとございました。何年もご無沙汰やった『泉仙』さんの仕出し弁当もそのひとつ。photoよう間違ごうて使われる京言葉に「はんなり」がありますが、こういうのこそが「はんなり」でっせ。覚えといてな。
 ファンクラブの皆さんが開いてくれはった宴席と原谷の花見。偶然二度も。有り難いことでした。とりわけ鉄鉢料理と呼ばれる僧侶が門付けに用いた托鉢の金碗を模した塗りの器に精進を盛り込んだ仕出しは懐古を越えてphoto〝いまを生きる〟味わいが横溢していて感激でした。大徳寺さんの大慈院に屋形を持ったはるんでその場でも食べられるし、こんど帰ったらまたよばれにいきまひょ。
 鉄鉢はね、入れ子構造です。箱根細工の達磨さんとかマトリョーシカ人形みたいにサイズ違いが重なってってひとつにまとまります。さいぜんご縁のストラクチャーは線

と線の括り目なんかやなくもっと三次元的やて書きましたが、こないに造りが似たもんも珍しいかもしれません。いちばん大きい鉢は碁盤の目を底に敷いた山城盆地。いちばん小さいのんは京都人の頭の鉢。十重に二十重に層をなし、ご縁は続くよどこまでも。

『ASSEMBLAGES KAKIMOTO』
京都市中京区竹屋町通寺町西入る松本町5875
『洋食の店 ITADAKI』
京都市北区北野下白梅町442 ヤマザキビル2F
『大鵬』
京都市中京区西ノ京星池町149
『麩嘉』
京都市上京区東裏辻町413
『中村軒』
京都市西京区桂浅原町61
『柏屋光貞』
京都市東山区毘沙門町332
『オオヤコーヒ』(FACTORY KAFE工船)
京都市上京区河原町通今出川下ル梶井町448 清和テナントハウス2F G号室
『泉仙』
京都市下京区 東洞院通五条下る和泉町531

入江敦彦(いりえ・あつひこ)
1961年京都市上京区の西陣に生まれる。多摩美術大学染織デザイン科卒業。ロンドン在住。エッセイスト。『イケズの構造』『怖いこわい京都』(ともに新潮文庫)、『英国のOFF』(新潮社)、『テ・鉄輪』(光文社文庫)、「京都人だけが」シリーズ、など京都、英国に関する著作が多数ある。近年は『ベストセラーなんかこわくない』『読む京都』(ともに本の雑誌社)など書評集も執筆。2018年に『京都喰らい』(140B)を刊行。2020年1月に『京都でお買いもの』(新潮社)を上梓。