現役で社交倶楽部として利用されている大阪倶楽部会館は、大正ロマンの華やかな趣を残しながら、豪商といわれた鴻池や両替屋が軒を連ねた今橋通にいまも堂々とその姿を輝かせています。
初代会館は大正3年(1914)に竣工しましたが大正11年(1922)出火焼失し、大正13年(1924)に現在の会館が完成しました。
社交倶楽部は会館が活動の中心のため、会館なくして倶楽部はあり得ないという考えの元、社員たちは一日も早い再建を目指しました。
その結果、焼失から僅か22カ月で現在の建物が完成しています。設計は大阪ガスビルでもお馴染みの安井武雄(1884〜1955)ですが、大阪ガスビルと比較するとずいぶん趣が違う建物にも見えます。
大阪倶楽部は南欧風様式に東洋風様式をあちこちに散りばめた、安井武雄の「自由様式」の代表作となりました。
昭和20年(1945)3月の大空襲の翌日、大日本帝国海軍により徴用され、終戦の8月には今度はアメリカ合衆国進駐軍(GHQ)に接収され、サンフランシスコ講和条約が発効した昭和27年(1952)4月に接収解除となりましたが、館内は荒れた状態だったそうです。
その後、大幅な改修工事や耐震補強を経て、登録有形文化財としていまもなお大事に使われています。- 大阪倶楽部会館
- 所在地●大阪市中央区今橋4-4-1
- 竣工年●1924年
- 設計●安井武雄
- 施⼯●⼤林組
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外観は、旧ローマ市街の建築によくみられる石のアーチをあしらった南欧スタイルでまとめられており、細部の彫刻に植物やトーテムポールをあしらった東洋っぽいモチーフが装飾のアクセントになっています。
正面1階部分の窓周りにあしらわれたトーテムポール風の装飾柱
アーチの内側はタイルの貼り方が違うところもデザインのこだわりを感じます
邪鬼の口から水が流れる噴水
玄関ホールに入ってまず目にするのは、邪鬼があしらわれた噴水。
会館を災いから守るという意味が込められていると言われています。
邪鬼のまわりのタイルも素敵。
耐震補強のために柱と柱の間に足された斜め格子状の壁
柱と柱をただ埋めて壁にするのではなく、室内の開放感を損なわないかつインテリアにも馴染む形でつくられた耐震補強壁。
ハンチの装飾もかわいい。全室で意匠の異なるハンチ部分
手すりがとても素敵な階段。ウェディングフォトの撮影スポットとしても人気
階段のステンドグラス
お花の模様があしられたステンドグラスが窓の中央に。 窓の大きさに対して小ぶりなステンドグラスですが、まわりのシンプルなガラスがステンドグラスの存在感をかえって引き立てています。
照明たち
建設当初から使われている照明たち。
各部屋の内装などにあわせたデザインがかわいい。
- 会員制倶楽部として現役の大阪倶楽部は、いまもいろんな大人たちの憩いの場として活躍しています。
「会員制倶楽部」という言葉だけを聞くと、敷居が高いイメージですが現在は定期的な一般向け見学会や貸室なども行っており、会員でない方も比較的親しみやすいというのが大阪倶楽部の特徴だと思っています。
大阪倶楽部は設立からずっと男性のみの社交倶楽部でしたが、2023年から女性も入会可能になりました。
時代にあわせて柔軟に変化しつつ、古き良き部分も残しながら倶楽部を守り続ける、そんな大阪倶楽部の姿勢が建物からも感じることができる空間でした。
