鰻谷の笠屋町筋(今は三休橋筋という人が多い)のセルコヴァビルの6階の頃のこの店は、「お洒落な鰻谷」のまさにど真ん中という感じがした。
実際、自分がやっていたMeets誌でも、「スペインのヴィノ・デ・へレス(シェリー酒)協会から認定されたベネンシアドールがいる最先端のスペイン系のワイン・バー」みたいな紹介の仕方をしていたし、深夜は、言い方はアカンかも知れないが「ちょい悪オヤジ」な客とその仲間たち(含む女性)で賑わっていた。
オーナーでマスターの松野直矢さんの長柄杓を使って頭の上からシェリーを注ぐそのベネンシアドールが、見慣れたいつもの所作と思えるようになったのは、2012年の秋に2ブロック東に逸れて路面店に移った時の頃。
オープンからすでに10年以上経っていた。
今ではこの店は、「昼からやってて、うまいシェリーが飲める店」「コーヒーもビールもあるスペイン・バル」という捉えられ方をしている。
客と一緒にテレビで野球や相撲を見て騒いでいる松野さんを見ると、ほんまはこれやったんなあ、などと妙に納得する。
入口の鮨屋に置いてあるようなガラスケースの中には、いつもイワシの酢漬けとスモークなどのツマミがうまそうだし、テーブルには黒い蹄が特徴のイベリコ豚のハモン・セラーノが無造作極まりなく置かれている。
結局、シェリーの種類が覚えられなかったのは、いつも松野さんに頼りっきりのオーダーしかしなかったからだ。お陰さんでペドロ・ヒメネスもオロロソも、何を指すのか分からんが、シェリーのタイプは飲めば分かるようになった。
あらかじめどこに行くんか店を選んで、そこで何を食うて何を飲むのがイケてて賢いんか、みたいなことを考えるのはやってみれば楽しいこともあるが、この店ではそのとき腹が減ってたらサンドイッチ。ワインはやんぴでビールとかウイスキーとかモヒートとかばっかりのときもありありだ。
この日は3人ともアテを頼むのを忘れていたし、いくら払ったのか、それを割り勘で払ったのかも忘れてしまっている。
カネは「実際はないけど、ある」と思っている。
そんなふうに思えたらしあわせに近い(詞・阿久悠 唄・桂銀淑。おっと、「けいうんすく」で変換したぞ)。